退職は自己都合にて
僕はもっともっと、うんとたくさん愛されたかった。
僕の力でたくさんの人を幸せにしたかった。望まれたかった。誰にも嫌われたくなかった。必要とされたかった。誰にも迷惑をかけたくなかった。
その主張はまるで、「自分はゴミではない」と喚き散らして駄々をこねることでしか、その存在を証明する術を持たない赤ん坊のようだった。
ただ僕は愛されたかったんだ。
今でも思い出せる。あれは僕が生まれた時のことだ。
新たに生まれ来る命に大勢の人が歓喜した。その存在を祝福した。その活躍を期待した。
僕はたくさんの愛と、期待と共に生まれた。
僕には一緒に生まれた友達と、先に生まれた先輩達がいた。
「優しい人に会いたいね。」
「俺はこの身が擦り切れるまで戦うさ。」
「私はたくさんの人を見てみたい。」
「たくさんの人を幸せにしてやるさ。」
友達との別れ際、こんな会話をしたのを覚えている。この頃僕らは希望に満ち溢れていた。
こうして僕らはこの世に生まれ、自分達の仕事を全うすべくそれぞれ旅立った。
僕が最初に会った人は、とても優しい普通の人だった。
僕に僕の仕事を与え、誇らしげに笑うその人を見て、僕は心の底から生まれてきてよかったと思ったんだ。
僕は喜びと共に仕事を終え、その人と別れた。
次に僕が会ったのは小さな少年だった。
少年は僕を物珍しそうに眺めては笑顔を浮かべてる彼は、僕に仕事を与えるよりもずっと眺めている人だった。
僕は仕事を与えられないことに少しだけ不満を感じていたが、嬉しそうに笑う彼の顔を眺めていると僕も嬉しくなった。
彼とは短くない時間を共に過ごした。悪くない時間だった。
そんな彼は僕に仕事を与えるのを躊躇ったが、最終的に僕に仕事を与え、僕はそれを全うして彼とは別れた。
次に会ったのは、思春を憂う少女。
彼女が僕に与えたかった仕事は僕の能力だけでは足りなかった。
先輩達や、仲間と共に大きな仕事をこなし、彼女は満足そうに笑ってくれた。
彼女の憂いの表情が、どうか幸せな笑顔に変わりますように、と皆で願って彼女とは別れた。
僕が次に会ったのは、先輩達や仲間達をたくさん集めている人だった。
その人は僕らを集めるだけ集めて拘束し、なんの仕事も与えようとしなかった。
僕はただ、そこに「存る」だけになった。
………長い長い時間だった。
仕事を与えられず、ただただ時間を消費していく。
僕はその時間、ずっと同じことを考えていた。
僕は必要とされて生まれたはずだった。
たくさんの人を幸せにするはずだった。
………仕事を与えられない僕には何の価値もなかった。
最後までその人は僕らに仕事を与えなかった。僕はまた次の人に渡る。
次に会ったのは、薄ら寒い笑顔を浮かべる男だった。
その男が言うには、僕の仲間はもうみんな仕事を全うしていて、僕には後輩と言えるもの達は存在しないということだった。
「君は珍しいからね。この平成という時代の産物だよ。是非、私のコレクションにさせてくれ。」
僕には二度と仕事が与えられることはなかった。
ただ珍しいモノとして存在するだけ。
僕は望まれて生まれてきたはずだった。
僕はたくさんの人を幸せにするはずだった。
僕は愛されるはずだった。
「あいつら何のために作られたの?意味不明だったわ」
「あいつら使い所が無いんだよ。」
「あいつら懐かしいな。ま、どうでもいいけど。」
僕の耳に届くのはそんな声だけだった。
僕が生まれて、必要とされて、僕の存在が喜ばれて、僕は嬉しかった。生まれてきてよかったと思った。
仕事を与えられない僕には何の価値も無かった。
僕はもう、ただ過去に存在する懐かしいものでしかなかった。
僕は……ただ愛されたかっただけなのに。