レッスン4 髪は女の命
アマンディーヌは王室付きの美容アドバイザーという肩書きだが、髪を結うのもとても巧みだ。時々、朝侍女が結ったシルティ王女の髪がほつれると、全部ほどいて見事に結い上げ直している。
この日もヨガレッスンのせいですっかりとほつれてしまったシルティ王女の髪を、アマンディーヌは器用に結い上げていた。
「アマンディーヌ様は流石ですわね」
「小さい頃からやっているからね」
「まあ。そうなのですね」
面白いように結いあがってゆく髪を眺めながら、ジャネットは感心したようにほぅっと息を吐く。そんなジャネットを一瞥すると、アマンディーヌは口の端を少しだけ上げた。褒められて悪い気はしないのだろう。
アマンディーヌがシルティ王女にしていたのは、髪の毛の一部を一括りにまとめ、そのまわりに残った髪を複雑に巻き付けてゆくという、かなり凝った髪型だった。少しずつ髪をまとめ上げ、ほどよい緩やかなシルエットを作り出している。
ジャネットはその様子をじっと見つめた。
時々少し離れて左右から眺めているアマンディーヌは、なにも考えずにただ単に巻き付けているようにみえて、きっと見た目のバランスや崩れにくさなどをきちんと計算しているのだろう。器用に髪をまとめ上げていた。
「なに? どうかしたの?」
見入ったまま彫刻のようにピタリと動かないジャネットを見て、アマンディーヌは怪訝な顔をした。
「アマンディーヌ様は本当に凄いですわね」
「そう?」
「はい。驚きましたわ。とてもお上手ですわ」
「ふふっ、ありがとう。終わったらジャネット嬢の髪もやってあげるわ」
機嫌よさそうに鼻唄をならしていたアマンディーヌは、最後の後れ毛を整えるとポンッと両手をシルティ王女の両肩に置いた。シルティ王女が髪型を確認するように姿見に見入る。
「まあ、素敵だわ。ありがとう」
「いえ、お安いご用ですわ。わたしがこんなことをできているのもシルティ王女のおかげですもの」
「ふふっ、それもそうね」
シルティ王女は扇で口元を隠すとクスクスと笑う。アマンディーヌは、大きな姿見の前に椅子を置いた。
「ほら、ジャネット嬢もどうぞ」
「ありがとうございます」
勧められた椅子に座ると、髪の毛を留めているピンが外されて、ばさりと肩に髪が落ちた。くせの強い髪の毛はひっつめにしていた結び目でしっかりと結び痕がついてしまっている。先ほどシルティ王女が髪を下ろしたときの流れ落ちる滝のようなさらさらした髪とはまるで違う。
元々自分の見た目にあまり自信のないジャネットだが、このくせの強い髪の毛はその中でも一番のコンプレックスに感じている部分だ。
「ジャネット嬢。髪はなにで洗っているの?」
絡まったくせの強い髪を丁寧に櫛でとかしながら、アマンディーヌがそう尋ねてきた。
「一応、毎晩ローズパックを使っているのですが……」
ジャネットは消え入りそうな小さな声で答える。
ローズパックは今、貴族令嬢に大人気の髪の化粧品だ。髪の毛がさらさらになると有名だけれど、くせが強く扱いにくいジャネットの髪は相変わらずライオンのように広がってしまう。
「ローズパックはとてもいい製品だけれども、ジャネット嬢はカメリアオイルに変えた方がいいわ。パサつきやすいみたいだから。カメリアオイルはローズパックよりも髪をしっとりさせる効果が高いの」
「カメリアオイル……ですか?」
「ええ。あまり出回ってないから、わたしが持っているものを明日にでも渡すわ。髪を洗った後、まだ湿っているうちに少量をよく馴染ませるのよ。しっとりして扱いやすくなると思うわ」
アマンディーヌは説明しながらもジャネットのクルクルの髪の毛を器用に結い上げてゆく。ジャネットはその様子を鏡越しにじっと眺めた。
「ライオンみたいでみっともないと思いません?」
「ライオン? ──ああ、昔言われたことを気にしているの?」
「ええ……」
ジャネットはふと違和感を覚えた。
──アマンディーヌ様に、『ライオン』とからかわれたときの話をしたかしら?
パチパチと目をしばたかせてアマンディーヌを見つめたけれど、アマンディーヌはなに事もなかったかのように髪を梳いて、髪の毛を結っている。
ここに来てからアマンディーヌやシルティ王女とは色々な話をした。もしかしたら、ふとしたときに話したのかもしれないとジャネットは思い直した。
「ジャネット嬢みたいな後ろ向きなライオン、見たことがなくてよ。ライオンを気取るならもっと強気でいなさいな。それに、たてがみがあるのはオスよ? たてがみが立派なほど、メスにもてるの」
「まあ、そうなのですか?」
ジャネットは、目をぱちくりとさせた。ライオンたるもの、皆たてがみがあると思っていたのだ。
「知らなかったの?」
「ええ。本の挿絵のライオンは、いつだってたてがみがありますから」
「ばかねぇ」
アマンディーヌはそう言うと、クスクスと笑った。そして、ジャネットの髪を丁寧に結ってゆく。
かなり扱いにいくせ毛であることは明らかなのに、なにも言わずに結ってくれる気遣いが心に染みる。今までで聞いたことのある『ばか』とは違い、なぜかとても優しい印象を受けた。
そうこうするうちに、アマンディーヌはジャネットの顔のまわりだけ三つ編みを作り、残った部分を後ろでお団子状にしてゆく。
「まあ、凄いわ。わたくしがやると上手くいかなくて、ここに来てからはいつもひっつめばかりなのです。屋敷でも、侍女達がいつも大変そうで」
「これは難しいように見えて意外と簡単だから、やり方を教えてあげるわ。こうするの」
ジャネットにも後ろが見えるように、椅子の向きを少しだけ斜めに変えられた。鏡に映るジャネットの髪の毛は、程よくふんわりとまとめ上げられている。アマンディーヌは器用にお団子をまとめると、最後に残っていた三つ編みの髪の毛をクルリとお団子の芯になる髪に巻き付けてピンで留める。そして、花瓶から花を一輪抜いてそのお団子の付け根にさした。
「ほら。可愛くなったわよ」
アマンディーヌが終わりの合図でジャネットの両肩をポンと叩く。
「まぁ、ジャネット様。とてもお綺麗ですわ」
シルティ王女も頬を綻ばせてジャネットを褒める。
ジャネットは鏡に映る自分を見た。顔まわりはすっきりとしていながら、後ろはしっかりとボリュームが出ている。鏡越しに、先ほどアマンディーヌが髪に刺した黄色いお花が僅かに見えた。
「凄いわ、アマンディーヌ様。ありがとうございます」
「どういたしまして」
アマンディーヌが口の端を上げる。
ジャネットはもう一度鏡の中の自分を見た。ただ髪型を変えただけなのに、なんだか自分に可愛くなる魔法を掛けられたような気がした。