オネエと共闘する××日間
「どっちから言い寄ったの?」
「どういうふうに距離を縮めたの?」
「いつの間にそんな関係になったの?」
まるで事情聴取をするかの如くの質問の嵐に、ジャネットは肩を竦めた。ここはラリエット伯爵邸で、今は友人のマチルダの主催したお茶会に参加している。
「それで? いったい何がどうなってアラン様を射止めたの?」
「いやー、話せば長くなるのよ」
また繰り返される同じ質問を、ジャネットは笑ってかわした。
話せば本当に長くなる。まずどこから話せばいいのか、皆目見当がつかない。
王宮舞踏会で元婚約者に放置されて、オネエに声を掛けられたところから?
それとも、ルイーザ侯爵邸で男の子に髪の毛を直してもらったところから?
どちらにせよ、アランがアマンディーヌであることを隠しながら話すことはとても難しい。困ったように笑うジャネットを見て、友人達は顔を見合わせた。
「まあ、何となく想像は付いていたけれどね」
「え? いつから?」
予想外の言葉に、ジャネットは目を丸くする。もしかして、友人達はあの正体不明のオネエがアランだと気付いていたのだろうか?
「うーん。最初にあれって思ったのは、ジャネットが初めてアラン様にエスコートされてへーベル公爵家の舞踏会に参加したときかなあ。アラン様、ジャネットとは踊るのに他のご令嬢には一切声掛けないし、見向きもしなかったもの」
「そうなの?」
「そうよ。それに、前回の王宮舞踏会のときも、突然現れてジャネットだけと踊ってたでしょ? アラン様って殆ど表情を崩さないのに、ジャネットといるときは楽しそうだし」
「ふーん……」
それは思わぬ新情報。今度アランに会ったら真相を究明しなければ。
実は、ジャネットとアランは現在婚約している。
ジャネットはあのシュタイザ王国の誕生日パーティーの日に想いを馳せた。
あの日、アランに想いを告げると、アランは意表を突かれたように目を丸くした。そして、そのあとにジャネットが続けた台詞に呆気に取られていた。
「わたくしはもうアラン様の前から消え去りますので、どうかフラン様とお幸せに」
「は?」
「わたくし、今後一切ご迷惑はお掛けしませんわ。公に出来ぬ恋とは言え、二人の幸せを陰ながら応援させて頂きます」
「…………」
涙ながらに語るジャネットを見下ろし、アランはぐりぐりとこめかみを押さえた。
「どうりで様子がおかしいと思った。相変わらず考えが斜め上過ぎる……」
そして、はぁっとため息をつくとジャネットを見下ろした。
「俺とフランソワーズ殿下は恋仲じゃないし、お互いにそんな感情は一切ない。共通の趣味をもつ友人だ。ただ、俺にとってフランソワーズ殿下は特別だ。その……アマンディーヌになることを勧めてきたのはフランソワーズ殿下だから」
「……そうなのですか?」
ジャネットは初めて聞く話に目を丸くした。
「ああ。実はそうなんだ。前回殿下がルロワンヌ王国に来た際に、どうせやるならそれくらい気合いが入っているとその本気具合を見せつけてやればいいって……」
そこまで言うとアランは言葉を止め、ジャネットを見下ろして微笑んだ。
「さっきの台詞、ジャネット嬢が起きてる状態でアランの姿のときに初めて言ってくれたね」
「ええ」
起きてる状態っていう意味がわからないが、ジャネットはとりあえず頷いた。
「シルティ殿下はこのままいけば、恐らくこちらに嫁がれる。つまり、シルティ殿下付きの美容アドバイザー、アマンディーヌはいなくなる」
「ええ」
ジャネットは眉尻を下げて頷いた。それはとても嬉しいけれど、同時にとてもさみしいことだ。
「でも……、ジャネット嬢の美容アドバイザーはずっと俺がやるよ」
ジャネットは目を見開いてアランの顔をみた。
いったいどういう意味だろうか。プロポーズのようにもとれるし、これからも美容アドバイザーとしてご贔屓下さいと言っているようにもとれる。
意図がよくわからずに困惑していると、アランは首を横に傾げ、しょうがないなぁとでも言いたげな顔をした。
「ジャネット嬢は考えることが斜め上過ぎて正直相手するのは大変だ。でも、相手を否定しないで受け入れる懐の広さも、真っ直ぐで純粋なところも、頑張り屋なところも好ましいと思っている」
そして、アランは少し屈んでジャネットの耳元に顔を寄せた。
「好きだよ」
小さく囁かれた言葉を聞いた時、これまでのことがまた走馬灯のように駆け巡り、止まっていたものが頬を伝っていくのを感じた。
ついでに、こんなのも聞こえたが。
「あ゛ぁぁ……、くそっ! また化粧が……」
***
「うぅ……」
美しさに妥協は許されない。
頭では分かっていても、苦しいものは苦しい。
「ジャネット嬢、もっとお腹を引っ込めて背筋を伸ばして!」
新しい美容コルセットを持ち込んだ当の本人──アマンディーヌは激励したあと無事にこのコルセットをジャネットの薄着の上から装着し、満足げに頷いている。
本来肌に直接着けるべきものなのに、薄着があるせいで余計苦しい。死ぬ……ちなみにこれは、フランソワーズ殿下おすすめの一品らしい。
アランは婚約後にジャネットに会いに来るとき、なぜか半分はアマンディーヌの格好で現れる。そして、そんな日は容赦なしにビシバシとしごかれるのだ。
「アラン様。別にアマンディーヌ様の格好をしていらっしゃらなくてもいいのですよ?」
一度、そのようなことを言ったことがある。ジャネットはアランがアマンディーヌだと知っているのだから、変装する意味がない。アランのまま美容アドバイザーをすればいいだけだ。
きっと準備も大変だろうとジャネットなりに気を使ったのだが、アランは不満げに眉を寄せた。
「──アマンディーヌにならないと、なんとなくしっくりこないだろ?」
「……はぁ」
もはや、女装が趣味だとしか思えない。まぁ、趣味に貴賤はないから別にそれはいいけれど。
だがしかし、ジャネットは気が遠くなるのを感じた。
一体いつまで、この美を追求する苦しい鍛練は続くのだろうか。
「ジャネット嬢、大丈夫よ。これを使うのはあと一年もないわ」
やっと外したウエスト五十五センチのコルセットを手に、アマンディーヌがそう宣う。なんでこっちが考えることが分かるんだろう。ジャネットは胡乱気な表情で訊ねた。
「なんで一年なんですの?」
「結婚して子どもを授かったら、コルセットなんて付けられないでしょう?」
ジャネットはしばし固まる。
子供、子供、……子供!?
アランと自分の子供!?
「な、な、なっ!」
そんな不埒な姿を想像して真っ赤になるジャネットを見つめ、アマンディーヌはにこりと笑う。
「でも安心して。私、とっておきのエクササイズを調べてきたの! 産後ピラティスに産後ヨガって言うのよ。これで何人産んでも大丈夫ね!」
得意気なアマンディーヌの様子に、ジャネットは表情を引きつらせた。
いつまでやるんですか?
もしかして一生ですか?
ねえ、一生なの!?
「誰がやるかぁぁぁ! ご自分で勝手にやって下さいませ!」
ジャネットの怒号がピカデリー侯爵家に響き渡る。
「ええ! そんな殺生な。だって私、自分じゃ子供産めないわ」
いつぞやのように床に座り込み、ハンカチを咥えてジャネットを潤んだ瞳で見上げるアマンディーヌを前に、ピュアなジャネットは我に返る。
「あら、確かにそうだわ」
確かに生物学的に男であるアマンディーヌに子供は産めない。自分じゃできないなら仕方がなかろう。
「でしょ? だから、私と頑張りましょ!」
「仕方ないですわね。わかりましたわ」
「さすがジャネット嬢! 私のパートナーなだけあるわ」
感激したようにしっかりと手を握られた。
その手を握り返して固い握手を交わしてから、ちょっとした疑問が湧く。
──あれ? なんか、おかしくないか?
ジャネットがオネエと共闘する××日間はこれからも続く!
<<後日談SS>>
「アラン様。なんでわたくしにずっと素っ気ない態度を取っていたのですか?」
「その方が、ジャネットのやる気が出るだろ?」
「鬼畜だわ……」
信じられないと言いたげな、明らかに不満げなジャネットの手に、アランはそっと自分の手を重ねた。
「でも……、その成果もあってジャネットは以前にも増してとても綺麗になったよ」
「え!?」
アランに微笑まれ、ジャネットはみるみる頬を染めた。
(ジャネット、赤くなった頬を両手で包み込んで)
──きゃぁ! 綺麗って言われたわ。うふふふふ……。こらからも頑張っちゃお!
(アラン、にやけ面のジャネットを見下ろして)
──にやけすぎ。相変わらず、単純……。まぁ、それはそれで可愛いけどな。
*これにて第二幕も終演します。




