ジャネット、変身する
自分が滞在しているエリアとは別のエリアの部屋に連行されたジャネットは、何故か着せ替え状態にされていた。
部屋を見渡すかぎり、ジャネットの滞在する部屋よりもずっと広い。内装は一面絵画が飾られ、その合間は彫刻と金箔が埋め尽くす豪華なものだった。その豪華な部屋で、これまた豪華なドレスが次々と出てきてはジャネットに合わせられ、また別の物が出てくる。一体これを何回繰り返したことか。
「あのー、お嬢様?」
「フランよ」
ジャネットがおずおずと目の前のご令嬢に声を掛けると、そのご令嬢はそう言った。きっと『フラン』というのは名前だろう。
今夜はクレイン王子の婚約者選びの誕生日パーティーがある。フランはそろそろ湯浴みでもして自分を着飾らせなくてもいいのだろうかと、余計な心配が湧いてきた。
「フラン様はそろそろ準備されなくてもいいのですか?」
「わたくしはちょこっと顔出すだけでいいから、大丈夫」
「わたくし、シルティ様のお付きをしているのでそろそろ戻らないとなのですが……」
「大丈夫。許可は貰ったから」
そう言いながら、フランはテーブルの上に置かれた一枚の紙を差し出した。今さっき、侍女と思しき女性がここに持ってきたものだ。そこには、ジャネットを一時的にお貸ししますとシルティ王女の直筆サイン入りで記されていた。
──な、なにもの!?
ジャネットは恐れおののいた。一国の王女から即座にサインを取り付けるとは、この女、ただものではない。ジャネットの動揺を気にせぬ様子で再び何着かのドレスを見比べていたフランは、その中から紫色の鮮やかなドレスを手に取った。胸周りが大きく開いたデザインだ。
「これがいい気がするわ」
「無理だと思いますわ」
ジャネットは即答した。色々と無理すぎる。このドレスはフランのドレスだ。色がジャネットには華やかすぎるし、サイズも合わない。とくに……
「無理じゃないわ。美しさには妥協は許されないのよ」
スッと目を細めたフランがこれまたどこかで聞いたことがあるような台詞を宣う。それでもやっぱり無理だろうと、ジャネットは自分のせいぜい人並みしかない膨らみとフランの見事な谷間を見比べた。ジャネットの視線の先にあるものに気づいたフランは、ニヤリと口の端を持ち上げる。
「大丈夫よ。わたくしに任せなさい」
そこで出てきたのは見たことのない代物だった。コルセットなのだろうが、胸の部分の形がジャネットが使っているものとだいぶ違う。ぎゅうぎゅうに締め上げられ、胸のカップにジャネットのささやかな胸が収められる。そこからが凄かった。背中からもお腹からもあらゆる部分の肉を寄せに寄せ、カップに無理やり収めてゆく。更に胸のカップの下に大量の詰め物をして嵩増しする。格闘すること十数分。そこには、見事な胸の谷間が出来上がっていた! 白い肌は大きく盛り上がり、魅惑的な曲線を描いている。
「す、凄い!!」
「そうでしょう? これはね、わたくしが考えに考えて編み出したのよ!」
フランは得意気にふふんと笑う。
ジャネットはそこで気付いた。クレイン王子の婚約者選びにちょこっと顔を出すだけでいいという、まるで自分には関係ないと言いたげな発言や、こんなすごいものを自分で編み出したという目の前のご令嬢は……
「もしや、フラン様はシュタイザ王国の美容アドバイザーでいらっしゃいますか?」
「え? まあ、そう言われればそうね」
フランは初めてそれに気づいたかのように目をぱちくりとさせ、朗らかに微笑んだ。
ジャネットはここにきてようやく納得した。どうりであのオネエと言動が似ていると思った。
美容アドバイザーを名乗るものは皆、こんな感じなのかもしれない。シュタイザ王国は美しいものを好むお国柄だ。美容アドバイザーの地位がとても高いのかもしれないと思った。
フランはジャネットの胸の内など知らぬ様子で、今度は化粧の準備を始めた。アマンディーヌが持っているような大きな化粧ボックスが目の前に広げられる。丁寧にファンデーションを塗るところから始まり、次々と色んな色が顔に重ねられ、最後に出てきたのは初めて見る代物だった。
「それはなんですか?」
「これ? これはつけほくろよ。セクシーに見えるの」
フランはそう言うと、ジャネットの口の斜め下のあたりに黒いぽっちをつける。更に、ふさふさした不思議なものを取り出した。
「それはなんですか?」
「これはつけまつ毛よ。長くてふさふさのまつ毛になるわ。糊で付けるの。ちょっと目を瞑っていてね」
付けられた瞬間に瞼の上に違和感を感じたが、それはすぐに慣れた。フランが満足げに頷く。さらに、アイライナーをかなりしっかりめに入れていた。
「出来たわ!」
フランが正面から少し体をずらし、両手を広げて指し示した背面の鏡をジャネットは恐る恐る見つめた。
何色か重ねて陰影をつけた目元、くるりと上がった長い睫毛、ピンク色に紅潮した頬、魅惑的に色付いたプルンとした唇。その唇の斜め少し下に付けほくろが付き、なんだかセクシーに見える。
紫のドレスの腰は細く締め上げられているのに、大きく開いた胸元からは豊かな(ように見える)胸元の谷間が覗いていた。なんだか、自分ではないようだ。というか、完全に自分ではない。
アマンディーヌの化粧も凄いが、あれは素材を生かした化粧の仕方だ。それに対し、フランの化粧の仕方は更に作り込んだものだった。もはや原型が分からないレベルまで変わっている。化粧を落としたら詐欺だと言われそうだ。ちなみに体型も完全なる詐欺状態だが。
「ジャネット様は羨ましいくらいお顔が左右対称だから、絶対に化粧映えすると思ったのよ! どんな化粧でもいけるタイプね」
フランは自分の作品を見つめて満足げだ。
「さあさあ、行ってらっしゃい。わたくしもすぐに追いかけるから。ドレスは似合っているから差し上げるわ」
「でも、これは相当お高いのでは?」
「お近づきの印よ。その騎士様にちょっと惜しいことしたなって思わせてやるのよ?」
親指をぐっと上に持ち上げ、フランは屈託なく笑う。その様子を見て、ジャネットもつられて微笑んだ。どうやら自分は美容アドバイザーという職業の人に縁があるらしい。そして、美容アドバイザーは良い人ばかりだと思った。
「はい。ありがとうございます」
正直、他の女の人に恋焦がれるアランを見るのはとても辛い。けれど、この半年近くの間、ジャネットは彼を振り向かせたい一心で必死で努力してきた。結果がダメだったとしても、一度くらいは『綺麗だ』と思わせてみたい。
「戻り方は分かるわね?」
フランに訊かれ、ジャネットはコクンと頷く。
早く戻らなければシルティ王女が舞踏会会場入りするのに間に合わなくなる。
「フラン様、ありがとうございます。また後で!」
ジャネットは笑顔で手を振ると、その場を後にした。




