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【書籍化】ひょんなことからオネエと共闘した180日間【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
第二幕 氷の貴公子は難攻不落!? 完璧目指すレディのレッスン

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ジャネット、葱を贈る

 シルティ王女付きの行儀見習いとして過ごすジャネットの元には、定期的に手紙が届く。それは実家であるピカデリー侯爵家だったり、マチルダをはじめとする友人達であったり、行き付けの仕立て屋であったり。

 その日も何通かの手紙を受け取ったジャネットは、部屋でそれらを読んでいた。


「えっと、なになに? 庭の夏みかんの収穫が終わりました。今年も砂糖漬けにします、と。あれ、そのまま食べると酸っぱいけど、砂糖漬けにすると美味しいのよねー」


 まず実家からの手紙を開いたジャネットは、その内容を見て独りごちる。実家のピカデリー侯爵家には、それは見事な夏みかんの木がはえていた。毎年寒い季節になるとそれがたわわに実り、冬を越して暖かくなった頃に収穫の時期を迎える。庭師と一緒に夢中でそれをもぎ取るのがジャネットの恒例行事だった。もぎ取った夏みかんはそのまま食べるにはやや酸っぱい。そのため、屋敷の料理人がいつも砂糖漬けにしてくれた。何十個も取れるので、それはそれはたくさん出来るのだ。


『今年も美味しい夏みかんの砂糖漬けやジャムを食べられるのを楽しみにしています』


 返事には近況と共に、そう書き添えた。


 次に開いたのは友人のマチルダからの手紙だった。


「またお茶会をするのね。行きたいわ。それに、なになに……まぁ、今シーズンの残り期間、エスコートはフランツ様に!? ああ、羨ましいわ!」


 マチルダからの手紙にはお茶会を開くので来て欲しいというお誘いと、今シーズンの残りの社交パーティーは、全てのエスコート役をやらせて欲しいとフランツに申し込まれたという慶びの報告が書かれていた。パートナーが決まっていない未婚女性のエスコート役は特に指定はないが、ワンシーズンのエスコートを一人が務めるのは、婚約者、もしくは婚約間近であることを示している。まだ知り合って数ヶ月だし、途中からなのでワンシーズンまるごとではないが、二人は順調に愛を育んでいるのだろう。


「いいなぁ……」


 前回の社交シーズン、ジャネットのエスコート役は婚約者だったダグラスが務めた。と言っても、往復同伴してダンスも踊らずに放置プレーだったが。そして、社交シーズンも終わりかけにさしかかった時に泣きべそかいているところをアマンディーヌに発見され、王宮の行儀見習いとなって今に至る。


 ふと、アランにエスコートされて参加した、ヘーベル公爵家の舞踏会が脳裏によみがえった。緊張したけれど、とても楽しかった。またアランにエスコートして欲しいと思うけれど、女性から誘うのは一般的にははしたないとされる。前回は事情が事情だっただけに躊躇なくお願いしたが、次のエスコートもお願いするのはさすがに気が引けた。こういう場合は家を通してお願いするのだが、ヘーベル家はピカデリー家より遥かに格上の公爵家。断られる可能性もあり、もしそうなったら立ち直れない。


『お茶会は是非参加したいわ。フランツ様の件はおめでとう、でいいのよね? 正直羨ましいわ。わたくしも頑張ります』


 マチルダにはそのような内容を書き綴った。フランツはちょうど社交シーズンの終わりかけの頃にシルティ王女の護衛としてシュタイザ王国にいく必要がある。それでも、この二人ならその距離と時間の壁を乗り越えて幸せを掴みそうな気がした。


 そして、最後の手紙を見たとき、ジャネットははたと動きを止めた。封蝋の紋章がウェスタン子爵家だったのだ。


「ウェスタン子爵家……、ダグラス様のご実家?」


 今更、いったいなんの用事だろうか? ジャネットは首をかしげながらもその手紙の封を切った。


『きみに会えなくなってから、食事が喉を通らない。夜もよく眠れず、ただ過ぎた日々を想うばかりだ。胸が苦しく、耐えられない。一目きみに会いたい』


 手紙には、こんなようなことが書かれていた。

 ジャネットは衝撃を受けてガバッと顔を上げた。読み間違えかと思ってもう一度文章をさらったが、やはり同じことが書かれている。


「なんてこと!」


 ジャネットは驚きのあまり口を両手でおおった。


「ちっとも知らなかったわ。ダグラス様、大病に侵されていたなんて……」


 書いてあることは食事が出来ないとか、眠れないとか、胸が苦しいとか、どれも病気を窺わせた。

 決別したとはいえ、元は婚約者。こんな手紙を受け取りながら無視することなど、ジャネットの性格的にはできない。ジャネットは大急ぎで部屋を飛び出した。


 そうして飛び込んだシルティ王女の応接室。目的の人物は予想通り、シルティ王女の近くにいた。


「アマンディーヌ様! 大変ですわ。聞いてください」


 飲んでいたアップルティーのティーカップを置くと、アマンディーヌは訝しげな顔をしてジャネットを見つめた。ソーサーとカップがカタンと小さな音をたてる。


「──ダグラス殿が?」

「ええ。大病を患っているようなのです」

「そんな噂、聞いたことないけど? フランツからも聞いていないし」

「でも、見て下さい。胸が苦しいとか、眠れないとか。きっと、とても酷い病気ですわ。わたくしにまでこんな手紙を送ってくるなんて、よっぽどです。もしかして、瀕死かも」


 アマンディーヌは胡散気な目でジャネットが握り締める手紙をひょいと取りあげると、おもむろに中を確認した。ジャネットは固唾を飲んでその様子を見守る。


「ほらっ、ね? ご飯を食べられないとか、眠れないとか、胸が苦しいって書いてあるでしょ?」

「確かに書いてあるわね」

「きっと、死にそうな病気に違いありません。決別したとはいえ、お見舞いの品くらい贈ろうと思うのですが、何がいいでしょう? 病気に効くハーブはありますか?」


 真剣な表情でジャネットが見つめていると、アマンディーヌは無表情のまま手紙をテーブルに置き、鼻の付け根の目頭部分をほぐすようにぐりぐりと指で押した。そして、しばし頭を抱えるように項垂れると、ゆっくりと顔を上げた。


「これはね。(ねぎ)よ」

「葱、でございますか?」


 ジャネットは訝し気に眉をひそめる。お見舞いの品に葱とは、あまり聞かないが、その心は?


「いいこと? 遠く離れた異国の地では、老若男女問わず病人は首に葱を巻いて寝るのよ。瑞々しい葱を大量に送りつけてやって、おっと、贈って差し上げたらダグラス殿の病気はすぐに全快するわ」

「まあ! そうなのですね? わたくし、知りませんでしたわ」


 ジャネットは基本、真面目で人を疑わないピュアな子である。アマンディーヌの言葉を馬鹿正直に信じてダグラスに葱を贈った。それも、採れたて新鮮なものを馬車に乗せきれないくらいに大量に。ついでに、『胸の痛みと睡眠不足は葱を首に巻いて下されば軽快します。巻いた葱はお鍋でくつくつ煮込めばたっぷりと甘みが増して、喉も通りますわ。ダグラス様の一日も早い回復をお祈りします』と丁寧な手紙もつけて。


「アマンディーヌ様! ダグラス様の体調、回復されたようですわ。追加で贈ろうかとお手紙で聞いたところ、『もう大丈夫だ』と。アマンディーヌ様ってお医者様みたいですわね!」


 後日、アマンディーヌと顔を合わせたジャネットは早速お礼を言った。葱効果は思った以上に高かったようだ。葱を贈った翌々日には、ダグラスから全ての症状が消えたので葱はもう必要ないと手紙がきた。


「そう、それはよかったわ。ところでアンタ、これまで本当にモテなかったのね……」

「なんですか、突然! 失礼な! わたくしにだって恋文の一通や二通──」

「来てないでしょ」


 ジャネットはぐっと言葉に詰まった。

 そんなこと、一度も話したことがないのになんでわかったんだ?

 やっぱりエスパーなのか??

 眉根を寄せるジャネットを見つめ、アマンディーヌはふうっと息を吐く。


「まあ、いいわ。これからは来るんじゃないかしら」

「え? 本当に?」


 ジャネットは嬉しそうに表情を明るくした。男性から恋文。友人から聞いたことや恋愛小説で見たことはあるけれど、ジャネット自身は一度も受け取ったことがない。正直、一度くらい受け取ってみたい。

 どんなことが書かれているのだろうかと期待に胸を膨らませていると、無表情にその様子を眺めていたアマンディーヌが意地悪くニヤリと笑った。


「やっぱり来ないかもね」 

「! なんでですか!」

「さあ、なんででしょう?」

「意地悪! 絶対に配達用の手紙トレーが溢れるくらい恋文が届くいい女になってやるんだから!! 見てて下さいませ!」

「あら、それは楽しみね」


 アマンディーヌは扇で口元を隠すと、声をあげて楽し気に笑った。


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