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【書籍化】ひょんなことからオネエと共闘した180日間【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
第二幕 氷の貴公子は難攻不落!? 完璧目指すレディのレッスン

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訓練場にて

 勉強は好きだ。


 知らなかった世界を知れるから。

 得た知識は自分を裏切らないから。

 地味な自分が、他の人より優れていると思える数少ないことだったから……


 黒板に向かう男性が手を止めたのとほぼ同時に、机に向かっていたジャネットは、ふと外を眺めた。ガラス越しに見えるのは、若葉が萌え始めた木々の姿。アランの瞳のような新緑に彩られたその茶色い細枝で、体を膨らませた小鳥が羽を休めている。


「──さて、ここまででご質問はありますか?」


 穏やかな、けれど眠くなるようなゆったりとした口調でそう問いかけるのはアキュール様。国立科学技術研究所で主任研究員をしている、若手の研究員だ。オベール伯爵家の次男だが、爵位が継げないためにこの職についたという。爵位を継げない貴族の子息は騎士か文官か研究者になることが多い。あとは、医者や法律家……


 部屋の中に独特の気だるい空気が漂う。隣にいるシルティ王女が片手で口元を覆うと、小さく「ふぁ」と声が漏れる。欠伸を噛み殺したのだろう。


 近年、科学技術の進歩は目覚ましい。ジャネットにはまだよく分からないが、その進歩は産業の発展と不正の防止、ひいては人々の生活の利便性向上に役立つのだと言う。

 今日は複雑な図形の面積の求め方を習った。これが分かっていれば、例えば測量は作付面積の正確な割だしなどに応用出来るため、領地の農業生産高の予測がより正確にできるようになる。


「アキュール様。質問しても?」

「もちろんです。どうぞ」

「例えばこういう形だったらどうするのですか?」


 ジャネットは手元の紙にペンを走らせて、変形の図形を描いた。アキュールはそれを横からひょいと覗き込み、顎に手をあてた。


「この場合は、分かりやすくするために、このように線を引きます。こことここを測量するのがいいでしょう」


  アキュールはジャネットからペンを受けとると、図形の中に数本の補助線を引いた。すると、変形な図形が近似の三角形と四角形の組み合わせに変わる。


「まあ、すごいわ! ありがとうございます!!」

「どういたしまして」


  これなら自分でも計算出来るかもしれない。ほくほくの笑顔で見上げるジャネットを見つめ、アキュールはにっこりと微笑んだ。


「アキュール様はすごいですわね。どんな難問もすらすら解けるのかしら?」

「そんなことはありません。わたしにも解けない問題はたくさんありますよ。だから、今も勉強中です」

「そうなのですか?」


  ジャネットはキョトンとした顔でアキュールを見上げる。いつもすらすらと数学を教えてくれるアキュールでも解けない問題があるなんて、世の中にはジャネットの知らない難問がたくさんあるようだ。

  ジャネットは侯爵令嬢として生きてきたので、貴族令嬢として必要な知識はきちんと備わっている。しかし、このような数学はシルティ王女と一緒に勉強を受けるようになってからはじめて知った。男性の通う学校ではある程度習うようだが、女学校では足し算や引き算、それに簡単な積算と除算しか習わなかったのだ。そして、初めて習うそれはジャネットにとって、とても楽しいものであった。


 講義を終えてアキュールを見送った後、ジャネットはもう一度椅子に座った。今度は別の形の図形を描き、しばらく無言でそれを眺める。少し迷うようにペンを走らせると、四角形と三角形の近似形の組み合わせになった。


「……面白いわ!」

「そう? わたくしは苦痛以外の何者でもないわ」


 横でジャネットを眺めていたシルティ王女は理解出来ない様子で呟いた。よく見ると、形のよい眉はひそめられている。


「シルティ様は座学のお勉強があまりお好きではないですものね」

「好きでないというか、嫌いだわ!」


 シルティ王女は拳を握って断言した。毎度のことだけれど、相変わらずのシルティ王女の様子にジャネットは苦笑した。それでも、シルティ王女は決して講義を抜け出したり、受けたくないとだだを捏ねたりはしない。王族としての自覚があるのだろう。立派な事だと思った。


「訓練場に行かれますか?」


 ジャネットから声をかけると、シルティ王女はパッと表情を輝かせた。


「いいかしら? ジャネット様も行くでしょ?」

「はい。ご一緒させていただきます」


 ジャネットは口元に笑みを浮かべてこくりと頷いた。

 今の時期、屋外にある訓練場はとても寒い。寒さが苦手なジャネットとしては本当はこのまま計算でもしていたいところだが、シルティ王女は行きたがっている。ここで、『では、お一人でどうぞ』と言わずに相手に合わせる心配(こころくば)りくらいはジャネットにも備わっていた。 それに、訓練場にいけば()に会えるかもしれない。


 ドレスから動きやすい服装に着替えたシルティ王女とジャネットは、早速騎士団の訓練場へと向かった。



 ──いたわ!


 訓練場の入り口から中の様子を覗きこんだジャネットの胸はどくんと跳ねる。遠目に、黒い髪の長身の男性──騎士服姿のアランが同僚と剣を撃ち合わせているのが見えた。

 ガン、ガンッと野太い金属音があたりに響いている。アランは打ち合いに集中しているようで、遠目にみえる真剣な眼差しが、彼の精悍さを引き立てていた。ぽーっと見惚れるジャネットの後ろから来たシルティ王女が、ひょいと中を覗いた。


「あら、ちょうどいいわ。アランお兄様~!」


 シルティ王女の大きな呼び声に、剣で打ち合っていた二人がピタリと動きを止めてこちらを見る。そして、剣を下ろして顔を見合わせるとこちらに近づいてきた。


「今日も護身術レッスンを?」

「ええ。お願いできる?」

「もちろんです」


 シルティ王女におねだりされたアランは柔らかく目を細めると、訓練場のわきに持っていた剣を置いた。アランと一緒に剣の訓練していたフランツも遅れてこちらにやってくる。


「お二人とも見事な剣の打ち合いでしたわね」

「そう? ありがとう」


 感嘆の声を洩らしたジャネットに、フランツは気をよくしたようでにこりと微笑んだ。


「もうすぐ、シルティ王女の隣国外遊の同伴があるだろ? 何もないとは思うけれど、訓練は欠かせないからね」

「ああ、そうでしたわね」


 フランツが続けた言葉にジャネットは小さく相槌を打った。



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