とある知らせ①
ここは、ルロワンヌ王国のきらびやかな宮殿の一室。
国王は、一枚の手紙を手に考えを巡らせていた。手紙は上質の厚紙を使用しており、枠には精緻な模様が描かれている。そして、中央部分には偽造防止のエンボス加工まで施されていた。つまりは、見るからにやんごとなきお方からやんごとなきお方へと送った手紙とわかるものだ。
「これは……つまり、そういうことだな?」
「おそらく、そういうことだと」
国王の小さな呟きに反応して、そばに控えていた男性──宰相のヘーベル公爵が国王の近くに寄った。そして、国王の目を見て、ゆっくりと頷く。
国王が手に持っているこの手紙は、隣国であるシュタイザ王国の王太子、クレイン王子の二十歳の誕生日パーティーの招待状だ。毎年、シュタイザ王国からは王太子の誕生日パーティーに招待状が届く。しかし、例年であれば外交官が一名招待されるだけだ。ところが今回は王族が直接招待された。しかも、王子は二十歳……。
この手紙にははっきりとは書かれていないが、この時期にこの規模のイベントを開くなど、狙いはこちらの推測通りと考えてほぼ間違いないだろう。
「ならば、王族で参加するのはシルティの一択だな。お供に誰をつけるかが問題だな。レイモンドはたしか、別の外遊が既に入っていたな? となると、エリックか」
国王は、ふーむと顎髭を手で撫でる。
「エリック殿下で問題ないかと。護衛の騎士は、僭越ながら、我が息子がかの国の政治・経済に精通している上に近衛騎士をしておりますので、適任かと。万が一の際も守れますし、各国の状況にも聡い。お供に公爵家の人間が付くのは違和感ありません」
「ああ、そうだったな。そなたの次男のアランはシルティ付きの近衛騎士だったか。たしか、クレイン王子やフランソワーズ王女とも交流があったな。では、議会にかけてそのように取り計らえ」
「承知いたしました」
ヘーベル公爵はその手紙を両手で受け取ると、仰々しく頭を垂れた。
***
その知らせを受けたとき、ジャネットはシルティ王女とお茶をしていた。季節はだいぶ春めいてきたが、日によってはまだまだ外は冷たい風が吹いている。昔アマンディーヌに教えてもらった通り、ジャネットは体が冷えないように温かいハーブティーに生姜を加えた。
「アラン様って、どんな女性がお好みなのでしょう?」
ジャネットはナッツのクッキーを摘まみながら呟いた。あのアラン様へ『覚悟してくださいませ』宣言をしてから早二ヶ月。落とすどころか、全く相手にすらされていない。完全なるスルー状態である。
「うーん、アランお兄様からそういう話は聞いたことがないわ。これまで特に仲のよい女性も、わたくし以外には聞いたことがないし。あっ、そういえば……」
シルティ王女がなにかに思い当たったように口元を抑える。
「どうかされました?」
「うーん、ううん。何でもないわ。彼女は外国ですし」
「彼女?」
「えっと、昔外遊でいらした外国のお客様とは気があうようでしたわ。でも、もう会うこともないですし。アランお兄様のお好みが分かったら、すぐにジャネット様にお伝えしますわ」
シルティ王女は慌てたようすで目の前で手を振ると、へらりと笑って見せた。
「そういえば、ジャネット様。ドレスを新調したいとおっしゃっていた件は、その後どうなったのですか?」
「はい、作ってまいりましたわ。迷ったんですけど、思いきって明るい色にしてみましたの」
「まあ、出来上がりがとても楽しみね! 今すぐに見られないのが残念だわ。完成したら、一番に見せてくださいませ」
シルティ王女はこっそりと内緒話をするように顔を寄せてふふっと笑った。
ジャネットはつい最近、ドレスをまた新調した。前回ロペラ座で見たレースと濃い色の組み合わせのデザインを、早速取り入れてみたのだ。
ジャネットのこれまで好んで着るドレスといえば、ベージュ色、ヘーゼル色などの、とにかく目立たない色合だった。地味で大して美人でもない自分のことを婚約者であったダグラスに相応しくないと思い込み、できるだけ目立たないようにしていたのだ。
けれど、アラン=へーベルという相手に絶賛恋をしている最中のジャネットは、少しでも自分を綺麗に見せたいと思った。地味で暗くてパッとしない自分とはさようならしたい。そのため、思いきって今回新調した色は水色だ。前回のクリーム色もかなり勇気がいったが、まさに王宮のてっぺんから飛び降りる気持ちである。
「完成して届いたら、シルティ様にもお見せしますね。──似合っていればいいのですが」
「絶対似合ってますわ。ジャネット様、最近とてもお綺麗ですもの。きっと、恋しているからですわ」
シルティ王女にふわりと微笑まれ、ジャネットも微笑み返した。
褒められるのは、たとえそれがお世辞であったとしても嬉しいものだ。いつか、アランからのお世辞でない『綺麗だよ』の言葉を聞きたい。そのためなら、今はいくらだって頑張れる気がした。
しばらく二人でお茶をしていると、居室のドアをトントンとノックする音がした。ジャネットとシルティ王女が顔を見合わせていると、部屋の隅に控えていた侍女がシルティ王女に耳打ちする。
「アラン様がお越しです。お通ししても?」
「アランお兄様が? 珍しいわね。お通しして」
シルティ王女はそういいながら、首を傾げる。アランはアマンディーヌの姿ではシルティ王女の元を頻繁に訪れるが、アランの姿で居室を訪れることはそれほど多くはない。いったい何事だろうか。部屋に姿を現したアランはいつになく真剣な表情をしている。
「あの……。わたくし、席を外しましょうか?」
これはもしかすると、なにか重大な話をするのかもしれない。そう感じとったジャネットはおずおずとそう切り出した。しかし、アランは片手をあげて立ち上がろうとするジャネットを制した。
「いや、ジャネット嬢も聞いていてくれ」
「わたくしも?」
ジャネットは困惑気味にアランを見つめてから、浮きかけていたおしりを再び椅子に着けた。アランはジャネットが席に着いたのを見ると、自らも目の前の椅子を引いて腰を下ろした。
「のちほどシルティ殿下には国王陛下より直々にお話があると思いますが、この度のシュタイザ王国の王太子殿下の誕生日パーティーに、シルティ殿下にご参加いただくことになりました」
「シュタイザ王国の王太子殿下の誕生日パーティーに? わたくしが?」
シルティ王女の形のよい眉が僅かに寄る。ジャネットはすぐさま頭の中で世界地図を広げ、ルロワンヌ王国とシュタイザ王国の地理関係を思い浮かべた。シュタイザ王国は我が国の西方に位置しており、国家規模はルロワンヌ王国とほぼ同じ程度の国家だ。古来より貿易が盛んで国交関係は良好、我が国の最も大切な友好国の一つといえる。以前、ライラック男爵の地理の講義で、美術と音楽を愛する芸術の国だと教えられたのが記憶に新しい。
「シュタイザ王国の王太子殿下の誕生日パーティーは、毎年外交官が参加していたのではなかったかしら?」
「その通りです。しかし、今回は王族が招待されました。来年は王太子殿下が二十歳になられるということで、これまでになく大規模に行うようです」
「二十歳……」
その年齢を聞いたとき、ジャネットはすぐにピンときた。二十歳は男性が心身ともに完全に成熟して最も輝き始める年齢、そして、結婚適齢期の真っ只中だ。このタイミングで諸外国の王族を招いた大規模な誕生日パーティー……
「もしや、未来の王妃選びを兼ねている?」
「その通り。さすがはジャネット嬢、察しがいい」
アランはコクりと頷く。一方、シルティ王女の顔には緊張の色が浮かんだ。




