ジャネット、宿題地獄の刑に処される
世には、とにもかくにも様々なラブロマンスが生まれている。
偶然出会った二人が一瞬で恋に落ちる、プレイボーイが真実の愛を見つけて一途に変わる、犬猿の仲の二人が徐々に距離を縮めて深い絆で結ばれる……
これまで、数々の恋愛小説を読んできた。色々な恋のロマンスの噂話を聞いてきた。けれど、広い世の中で自分ほど手強い相手に恋をした女がいただろうか? いや、いない!
思わず反語で断言してしまいそうになり、ジャネットは目の前の女性をジトッと見た。
金の髪を高く結い上げ、長い睫毛に縁取られた瞳は新緑を思わせるグリーン。整った顔には隙のないメイクが施され、顔だけ見れば文句なしの美女である。そう、顔だけ見れば。
もしも好きになった人がこれまで見聞きしたいずれかのロマンスに似た男性であるならば、恋愛スキルの低いジャネットでもそれと似た方向に真似る努力をすることができる。けれど、どれにも似ていないのだ。どこの世に裏で隠れた女装趣味(?)のある女子力無限大の騎士をヒーローにしたロマンス小説などあろうか。
初恋を拗らせたジャネットは、恋愛に関する駆け引きが壊滅的に苦手だ。口説いたことはもちろん、口説かれたこともない。一体どうすればいいのだろうかとお手上げ状態だった。
「最近の流行りはこの羽を飾りとして使用したものよ。お花ももちろん人気なのだけど、どこかに羽が少し入っているだけで、格段に流行のポイントをおさえたように見えるわ。お洒落に見せるには有効よ」
そう言いながら顔を上げた美人──アマンディーヌは用意していた髪飾りデザインの広告紙を目の前に広げた。広告紙には様々なタイプの髪飾りを付けて微笑む若い女性の姿が描かれていた。どれも個性的で斬新なデザインだが、共通していることは羽がアクセントとして飾られていた。
「わたくしはこれが好きだわ。ふわふわしていて可愛いわ」
「確かにこれはシルティ殿下の可愛らしい雰囲気によく合っています。わたしもいいと思いますわ」
「ありがとう、アマンディーヌ様。ジャネット様はどれかお好きなものはありますか?」
髪飾りの広告紙を目の前に差し出されて、ジャネットはそれをじっと眺めた。大きなリボンのデザイン、お花のデザイン、レース飾りのもの、金彫刻のもの……実に様々なデザイン画が描かれている。
ジャネットはその中の一つに目を留めた。レース飾りで作った飾りの中に控えめに羽が添えられたデザインは、シルティ王女が選んだ大きなリボンの髪飾りに比べると大分落ち着いた印象を覚える。ジャネットはそれが好きだと思ったが、世間一般ではどうなのだろう。もしかしたら、少し地味だと思われるデザインかもしれない。
そのとき、ジャネットは閃いた。これはチャンスなのではなかろうか。この手強いおネエから、自身の女性への好みを聞き出す絶好のチャンス!
ジャネットは努めて自然を装ってアマンディーヌに向き直った。
「アマンディーヌ様はどれがお好きですか?」
「わたし? そうねぇ、自分で付けるなら、これかしら」
アマンディーヌは少し迷うように顎に手をあて、広告紙の中のイラストの一つを指差した。
「……これでございますか?」
ジャネットは眉根を寄せた。羽が豪華に盛られたそれは、この広告紙の中でも一際目立つ髪飾りだ。だが、しかしだ。もともと目立つアマンディーヌならば着こなせるかもしれないが、ジャネットが付けたら鳥の仮装をしているのだと本気で勘違いされかねない。よって、却下である。
「ほかには?」
「ほか? そうねぇ、これなんかもいいわ」
アマンディーヌが指差したそれを、ジャネットはどれどれと覗き込む。今度は金彫刻にこれでもかって言うくらいの大量のクリスタルガラスが嵌め込まれたド派手な髪飾りだ。確かに、アマンディーヌの美しい金髪のかつらにはよく似合いそうだ。しかし、地味なジャネットがつけた暁には、頭ばっかりがギラギラしてカラスにでも狙われそうだ。よって、却下!
これではダメだ。全然参考にならない!
ジャネットはむうっと口を尖らせた。これはもう、直接聞くに限る。ちょっと恥ずかしいが、致し方ない。
「では、アランさまのお好みは?」
「アンタ、何言ってるの? アランは髪飾りなんて付けないわよ」
アマンディーヌが途端に目をスッと細める。
「知っております。参考にしようかなと思いまして」
つんと澄ました態度でジャネットは平然を装った。なにもやましいことなど聞いておりませんと言う風に。
「そんなこと聞いてどうするのよ。次いくわよ」
「チッ! ダメだったわ!」
「なに?」
「いえ、オホホ。なんでもございません」
ジャネットは扇子を手に口元を隠し、オホホっと愛想笑いをする。極めて自然な流れを装って話題に出せば聞き出せると思ったのに、この作戦は失敗だったようだ。
「アンタ、全然自然な流れじゃなかったわよ」
アマンディーヌが呆れたようにジャネットを見る。なんだ、このおネエ。毎度毎度、エスパーなのか? どうしてこっちの考えていることがわかるのか、謎すぎる。
目をぱちくりとさせたまま二人のやりとりを眺めていたシルティ王女は、頬に手をあてて黙り込んだ。そして、何かを思い付いたようにポンと手を叩いた。
「そうだわ、アマンディーヌ様。いつもの課題がちゃんとできていたら、そのご褒美にアラン様に関する質問に一つ答えてあげるのは如何でしょう? ジャネット様も俄然やる気が出ると思うのです」
課題とは、定期的にアマンディーヌがシルティ王女とジャネットに出す宿題のことだ。例えば、最近流行の香水について調べてくるなどファッションに関わるものから、歴史の本を読んでレポートをまとめる、ヨガのポーズをできるように練習するなど、その内容は多岐にわたる。
いいことを思い付いたとばかりに目を輝かせるシルティ王女に対し、アマンディーヌは明らかに困惑顔をしていた。ジャネットは断られる前にと、慌てて身を乗り出した。
「そうですわ。ぜひお願いします! 凄くやる気が増します! いつもの倍のスピードでこなしちゃいますわ」
拳を握るジャネットを見て、アマンディーヌは迷うようにシルティ王女とジャネットに視線を交互にさせ、最後にハァッとため息をついた。
「わかったわ。仕方ないわね」
「やったー!!」
ハイタッチで喜びを分かち合うジャネットとシルティ王女の脇で、アマンディーヌはがさごそと何かを探し始めた。テーブルの上にドン、ドンッと分厚い本が置かれる
「では、今日の課題です。ジャネット嬢は来週までにこれを読んで、各章ごとに要約と考察を纏めておくように。シルティ殿下はこちらの本を」
それを見たジャネットははたと動きを止めた。ジャネットの本が異様に分厚い。この分厚さなら、いつもであれば対象のページを指定されるはずなのだ。
「これ全部?」
「そうよ」
「……なんだか、いつもより分厚くありませんこと?」
「いつもの倍のスピードでこなせるなら大丈夫。暇になっても困るでしょ?」
「!! い、意地悪!」
「嫌なら途中まででもいいのよ?」
アマンディーヌがニヤリと笑う。ジャネットはひくひくと頬の表情筋を震わせた。
「わざとね?」
「なんのことかしら?」
「! むきー、ムカつくー!」
「じゃあ、やめれば? あと、汚ない言葉使いをしてはなりません。取り乱してもいけません」
「!!」
ジャネットは下をむいて両手を握ると、ふるふると体を震わせた。もちろん、怒りで。
「絶対、落としてやるんだからー!」
「あらまあ、楽しみ」
アマンディーヌがフフンと笑う。このやろう、だいたい『自分の手にかかればどんな男でも虜にする』と宣言したのはどこのどいつだ。絶対に目にもの見せてくれる。
「今に見てなさいよ!」
「まぁまぁ。ジャネット様、落ち着いて……」
ビシッと人差し指をアマンディーヌに突きつけたジャネットを、今日もシルティ王女が宥める。怒り心頭に発したジャネットは、これまで以上に並々ならぬ闘志を燃やしたのだった。




