初恋は実らない?
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今日は友人に誘われてお茶会に参加する。シルティ王女に休暇を貰ったジャネットは、うきうきとした気分で外出の準備をしていた。
いかなるときも、自然に美しく。
アマンディーヌの教えでは、美しい雰囲気とは、常日頃から意識せずとも自然に醸し出されるようになるのが理想だという。
今日は女友達と会うだけだ。ジャネットは時間と場所をわきまえた、控えめだけどしっかりとしたメイクを施した。最後に頬骨の高いところに淡いピンクのチークをのせると、とたんに顔色が明るくなり雰囲気が華やいだ。
メイクを終えたジャネットはタンスを開いた。そして、少し迷ってから、クリーム色のお出掛け用のドレスを取り出した。
黄色味が強い鮮やかな色合いは、自分のことを地味でブスだと思い込んで目立つことを極力避けていた以前のジャネットならば、絶対に選ばなかった。けれど、アマンディーヌから服の明るさはそのまま着ている人の雰囲気を印象づけることが多々あると教えられた。地味で陰気臭い自分とはおさらばしたい。そんな気持ちで新調したこのお出掛け用のドレスを身につけるのは今日が初めてだ。
「似合っているかしら?」
ジャネットは鏡の自分を見つめ、左右に体の向きを変えて交互に眺めた。明るい色合いのお出掛け用のドレスに身を包んでいるのは若い女性。お化粧は自分なりに上手く出来たと思う。薄茶色の髪は自分でなんとか結い上げて、後ろで一つに纏めている。パッと見は、清楚で上品な雰囲気に仕上がっていると思う。
スカートの裾をヒラリと翻して部屋を出ると、王宮で働く人々のための辻馬車乗り場へと向かった。今日はよく晴れており、比較的暖かい。絶好のお茶会日和になりそうだ。
その辻馬車乗り場へ向かう途中、ジャネットは前方から一際存在感のある、いや、むしろ存在感がありすぎる大女が歩いてくるのに気付いた。
「アマンディーヌ様、ご機嫌よう」
ジャネットは立ち止まるとスカートの裾を摘まみ、淑女の礼をする。もちろん、背筋はピンと伸ばして顎はひいて、細心の注意を払いながら。
「あら、ご機嫌よう、ジャネット嬢。これからお出かけかしら?」
ジャネットに気付いたアマンディーヌも口元を綻ばせ、立ち止まった。ここは宮殿の王室用のエリアからパブリックスペースに抜ける通路だ。人通りも少なく、飾り台には今朝侍女により生けられたであろう花が美しく咲いていた。
「はい。ラリエット伯爵家のマチルダ様にご招待されて、お茶会に行って参ります」
「そう。晴れていてよかったわね」
そう言いながら、アマンディーヌの手が自分の方に伸びてくるのを感じ、ジャネットの胸はドキンと跳ねる。アマンディーヌはジャネットの肌に触れることなく、ほつれ落ちた髪を摘まみ上げた。
「ここ、崩れているわ。まだ自分で髪を結うのは苦手ね。後ろを向いて」
促されて反対側を向くと、後ろから髪を引かれる感覚がした。ほつれているところを直してくれているのだろう。暫くすると、髪を引かれる感覚がなくなり、両肩にポンと手が置かれた。
「出来たわよ。楽しんでらっしゃい」
振り返って見上げると視線が絡み合った。新緑の瞳が柔らかく細められる。
「そのドレス、初めて見るわ」
「実は、つい最近新調しました。今日初めて着るのです」
「そう。いいと思うわ。似合ってる」
「! はい、ありがとうございます」
ジャネットは赤らみそうになる頬を隠そうと少し俯く。実はこのドレスを選ぶとき、やっぱり自分には似合わないのではないかと思ってかなり迷った。けれど、アマンディーヌに『似合ってる』と言ってもらえると、勇気を振り絞ってよかったとつくづく思った。いつかアランに『綺麗だ』と言ってほしいけれど、それは高望みしすぎだろう。
「こら、俯いちゃ駄目だって言ってるでしょ。布袋があったら落ちているところよ?」
コツンとおでこを軽く小突かれて顔を上げると、アマンディーヌは悪戯っ子のようにニンマリと口の端を持ち上げる。
「……はい。申し訳ありません」
右手でおさえたおでこが、熱をもったように熱かった。
***
そうして訪れた、ラリエット伯爵家の屋敷の一室。うら若き乙女達がテーブルを囲み、リークしたばかりの最新の噂話に花を咲かせていた。
「──らしいですわ。それで、結局駄目になったらしいの」
「まあ、本当に? 仲睦まじそうに見えたのに、意外だわ」
そう言った少女、今回のお茶会の主催者であるラリエット伯爵令嬢のマチルダは眉をひそめて、信じられないといった様子で大袈裟に首を振った。他のご令嬢達も顔を見合せてはひそひそとなにかを囁き合っている。
彼女達が夢中で話し合っていることは、結婚目前と目されていたとある伯爵家の三男と子爵令嬢が最近破局したらしいという話題だ。幼なじみの二人は誰の目から見ても仲睦まじく、お似合いだった。ジャネットも壁の花として夜会に参加した際に、仲睦まじくダンスを踊る二人を何度か見かけたことがある。
ところがだ。ご令嬢側がつい最近、かなり年上の伯爵に求婚され、ころりと手のひらを返したというのだ。
「わからないものねぇ」
「そうねえ。やはり、爵位を継げないのは痛かったわよね。伯爵と文官では、全く暮らしぶりも違いますし」
「それでも彼女なら彼を選ぶと思っていたわ」
「いざ結婚となると、やっぱり貴族の生活を捨てるのが惜しくなったのではないかしら?」
その場にいる誰もが好き勝手な憶測を語り合う。そして、話は最後にこう締め括られた。
「つまり、『初恋は実らない』ってことですわね」
ガシャン! っと大きな音がして、テーブルにティーカップが落ちる。その場にいた全員が一人の少女──ピカデリー侯爵令嬢、ジャネットに注目した。カップは割れてはいなかったが、落ちた拍子にわずかに残った中身がすっかりとジャネットのソーサーに零れ落ちてしまっている。部屋に控えていたラリエット伯爵家の使用人達が慌てた様子で後始末しようと駆け寄った。
「な、なんですって!!」
「ジャネット、大丈夫? 顔色が悪いわ」
ジャネットの異変にいち早く気付いたマチルダが、心配げにジャネットを覗き込む。ジャネットはその手をスカートの上で握ると、わなわなと震わせた。
「は、初恋は実らないですって!?」




