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【書籍化】ひょんなことからオネエと共闘した180日間【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
第一幕 婚約者は浮気性? 地味女が目覚める魔法のレッスン

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あり得ない勘違い

 ダグラスと決別したあの舞踏会からは一週間ほど経ったある日のこと。

 ジャネットとシルティ王女、アマンディーヌの三人はテーブルを囲んでお茶会を楽しんでいた。


「今日はね、ジンジャーシナモンティーよ。体がポカポカ温まるからこういう寒い日にはぴったりなの。擦り下ろしたジンジャーとシナモンが入っているわ」


 アマンディーヌは今日の飲み物の説明をしながら、少しスパイシーな香りがするティーカップを二人の前に置いた。擦り下ろしたジンジャーだろうか。ティーカップに注がれた液体にはなにかがふわふわと浮いていた。


「ちょっとピリッとしますわね。美味しいです」

「これは……蜂蜜が入っているのかしら? ほんのりと甘くて飲みやすいですわ」


 ジャネットとシルティ王女はそれを一口飲むと、お互いに感想を言い合って口元を綻ばせた。少しだけ刺激的な味のするそれは、本当に驚くほどに美味しかったのだ。


「寒い日には体を冷やさないようにしなければだめよ。体が冷えると血の巡りが悪くなって、色々と具合が悪いわ。肌の調子も落ちるし、風邪もひきやすくなるの。あとでレシピカードを渡すわね。ジャネット嬢は屋敷に戻ったら、侍女達が作れるように伝えておくといいわ」


 アマンディーヌは目の前の二人の上々の反応に気をよくしたようで、上機嫌でそう言った。


 ジャネットはふと窓の外に目をやった。

 額縁のような窓の外ではすっかりと裸になった樹木の枝が風に揺れている。きっと、冷たい風が吹いているのだろう。空はそんな寒さを表すかのように、少し雲がかかって灰色だ。

 そんな中でも、薪のくべられた暖炉で暖まった部屋でハーブティーを飲むと、体はポカポカと温まった。


「あ、そう言えば」


 ジンジャーティーを楽しんでいたシルティ王女がなにかを思い出したように顔を上げる。


「ジャネット様の婚約取り消しの書面が近日中に発行されますわ。今朝、お父様が言っていましたわ」

「本当ですか? まあ、よかったわ」


 ティーカップを置いたシルティ王女がにっこりと微笑む。それを聞いたジャネットはホッとした表情を浮かべた。


 貴族の結婚とそれに先立つ婚約には、国王の許可がいる。よっぽどの事情がない限り、許可されないということはないのだが、とある一族に権力が集中し過ぎることを防止するために、婚約する際は事前に届出をして許可を得る必要があるのだ。

 そのため、一度許可された婚約は国に記録された公式なものなので、解消する際も再度届け出て承認を得る必要がある。


 ジャネットとダグラスの婚約解消は先日の舞踏会に参加したエリック王子の預かりとなり、すでに国王陛下の口頭の承認も頂いていた。だからジャネットは間違いなく婚約者不在なのだが、書面が発行されれば対外的な証拠も揃うわけである。


「ジャネット様。本当によろしかったの? もちろん、わたくしはジャネット様があんな不誠実な男性に嫁ぐなど大反対ですが、ジャネット様のお気持ちは……」


 シルティ王女が心配そうにジャネットの顔を覗きこんだ。ジャネットはシルティ王女の心配を払拭するように、明るく笑う。


「よいのです。もうふっきれました。──実は、ダグラス様はわたくしの初恋の相手なのです。随分と小さな頃の思い出を、美化し過ぎておりました」

「まあ、初恋? そうなのですか?」


 シルティ王女はこの年頃の少女らしく、恋愛話に目を輝かせて興味津々な様子で身を乗り出してきた。アマンディーヌは我関せずといった風情で特になんの反応を示すこともなく、澄まし顔でティーカップを口に運んでいる。


「ええ。実はわたくし、小さな頃に参加したガーデンパーティーでダグラス様に助けられた事がありまして」

「そのときに恋したのね?」

「ええ、まぁ……。もう九年も前です」


 ジャネットは曖昧な笑顔を浮かべて頷いた。


「ガーデンパーティー?」


 アマンディーヌがピクリと表情を動かし、ジャネットを見つめる。


「はい。ルイーザ侯爵邸で開催されたガーデンパーティーですわ」

「九年前にルイーザ侯爵邸で開催されたガーデンパーティー……」


 ハーブティーを飲んでいたアマンディーヌは、眉間の間に指を当てて考え込むような仕草をした。持っていたティーカップをソーサーに戻すと、窓の外を眺めるように視線を外し、ゆったりとこちらを向いた。


「そう言えば、わたしもジャネット嬢と初めて会ったのはガーデンパーティーだったわよね」

「? わたくしとアマンディーヌ様がガーデンパーティーで会った、ですか?」


 ジャネットは身に覚えがなく、首をかしげた。

 アマンディーヌはとにかく目立つ見た目なので、舞踏会で何度か見かけてジャネットは一方的にその存在を知ってはいた。しかし、直接話したのはあの廊下で泣いている現場を拘束された舞踏会が最初だ。

 アランに至っては、滅多に舞踏会に姿を現さないので、会ったのはここに行儀見習いに来てからが初めてだ。


「そうよ。そのときにジャネット嬢の髪を直してあげたじゃない」

「わたくしの髪を?」


 ジャネットの眉間に皺が寄る。アマンディーヌにガーデンパーティーで髪を直して貰った? そんなことがあって、忘れるはずがない。


「いつですか?」

「だから、そのルイーザ侯爵邸でガーデンパーティーしたとき。十年くらい前ね」

「ルイーザ侯爵邸でのガーデンパーティー……。十年くらい前……」


 ジャネットは眉根を寄せたまま呟いた。


 十年位前?

 ルイーザ侯爵邸のガーデンパーティーで?

 髪を直してくれた?


 そこから導き出される記憶は一つしかない。元・婚約者のダグラスと出会った、思い出のガーデンパーティーだ。


「………アマンディーヌ様。ひとつ確認しても?」

「なに?」

「ルイーザ邸のガーデンパーティーで鬼ごっこして崩れたわたくしの髪を、アラン様が直した?」 

「だから、そうだって言っているでしょ。覚えているじゃない。アンタったら、『ライオンみたい』って言われて泣きそうな顔しているんだもの。見ていられなかったわ」

「そうですか……」


 これぞ人生最大の衝撃。

 一目惚れして婚約までして、挙げ句のはてに婚約解消した相手がまさかの……。


「うそだ!」


 ジャネットは思わず立ち上がり、大きな声で叫んだ。そんなはずはない。あれは誰が何と言おうとダグラス=ウェスタンだったはずだ。


「こんなこと、うそついてどうするのよ?」


 呆れたような顔をするアマンディーヌを見て、ジャネットはグッと言葉に詰まった。ルイーザ邸で髪を直してくれた? しかし、ジャネットの記憶では、それはダグラスのはずなのだ。


 いや。確かに、違和感はあった。


 にこにこして優しかったあの少年に対し、淡白で冷たい態度のダグラス。

 髪を弄るのが好きと言った少年に対し、小さいときから付き合いのあるフランツですらそんな話は初耳だと言わしめたダグラス。


 ジャネットがあの少年について確信をもって言い切れるのは、黒髪と新緑のような鮮やかな緑眼、それと、年齢がほぼ同じであることだ。逆に言うと、それをもってダグラスを今日の今日まであの少年だと信じて疑わなかった。

 父親にあのガーデンパーティーに参加していた同じ年頃の黒髪緑眼の少年の名を聞いたら『ダグラス』の名が出てきたので、ずっとそうなのだと思い込んでいた。


 ジャネットの脳裏にひとつの単語が思い浮かんだ。


 ひ・と・ち・が・い。


 そう。人違いである。

 いやいや。人違い?

 そう簡単には納得いかない。

 いや、納得したくない。

 自分のこの九年にも亘る片想いはいったいなんだったの? と言いたくなるのも仕方がない話だ。


 そりゃ、ないよ。あんまりだ。


「うそですわ」

「うそじゃないってば」

「うそぉぉ! いやだぁぁぁ!」

「ジャネット嬢。魅惑的な淑女は人前で取り乱してはいけません」

「そうなんですけど。知っているわよ! 知っているけどぉぉ!」


 取り乱したジャネットを見て、シルティ王女は目を丸くする。


「ジャネット様、それってもしかしてアランお兄様じゃ……」

「うそだ!」

「うそじゃないってば」


 アマンディーヌが呆れたような視線を送ってくる。

 もういたたまれない。こんなあり得ないような勘違いをまさか本当の初恋の相手の前でさらすなんて。


「アマンディーヌ様のバカァ!」

「バカはそっちでしょ」

「っ! じゃあ、意地悪!」

「はぁ? 気付かないのが悪いのよ。わたしがなんの意地悪したっていうの」

「!」


 全くもってそのとおりなので、返す言葉もない。


「もおぉぉぁ! うそだわ……。うそよーーー!」


 シルティ王女はアマンディーヌにすがり付いて取り乱すジャネットを見て、慌てた様子で慰めてきた。


「まあ、ジャネット様ったら、大丈夫ですわ! だって、誰にでも間違いはありますもの」


 シルティ王女のこのポジティブシンキングには時々ついていけない。こんな間違い、そうそうないと思う。


「ジャネット様、元気出して!」

「無理!」


 ジャネットはその後、初恋を失った(?)ショックのあまり、一週間ほど部屋で寝込んだとか。


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