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【書籍化】ひょんなことからオネエと共闘した180日間【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
第一幕 婚約者は浮気性? 地味女が目覚める魔法のレッスン
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レッスン11 魅力的な表情の作り方

 高く結い上げられた金の髪は少しだけほつれて色気がある。しっかりと施された化粧は隙がなく、顔だけ見ると文句なしの美女だ。ただ唯一、そして絶対的に彼女を『彼女』と呼ぶことに戸惑いを覚えさせる理由があるとすれば、その体形に他ならない。

 身長は平均的な成人男性よりも十センチ程高く、程よく筋肉のついた体は恵まれた体格と言えよう。ただし、男性としては、だ。ドレスを着るとなると話は別だ。


 目の前のアマンディーヌを見つめながら、ジャネットはむぅっと眉根を寄せた。

 この人が友人たちに大人気の、クールでミステリアスとキャーキャー騒がれている、()()アラン=へーベルと同一人物なのだ。黒髪の貴公子と世の貴族令嬢達をうっとりとさせている、()()アラン=へーベルと! 知ってはいても、俄かには信じがたい。


 アマンディーヌは美容アドバイザーとしての一面と、シルティ王女の護衛という二つの任務を兼務しているという。剣はどうしているのかと聞いたらスカートの下に隠し持っていると言われ、ジャネットはその質問をしたことを後悔した。

 どこからどう見ても男体形のオネエがスカートをたくし上げて剣を取り出すシーンなど、シュールすぎる。見たくないし、想像したくもない。そしてその事を知っているのはシルティ王女をはじめとする王族と、一部のごく限られた関係者のみだ。


「なに? どうかしたの?」


 じっとジャネットが自分のことを見つめていることに気付いたアマンディーヌは、怪訝な表情でジャネットを見返した。


「いえ、なんでもありませんわ」

「そう? じゃあ、今の話は理解して頂けたかしら?」

「はい」

「じゃあ、まずは口を閉じたまま、魅惑的な笑顔を」


 アマンディーヌがテーブルに座るシルティ王女とジャネットの前に小さな置き鏡を用意した。

 ジャネットはその鏡を覗きこんだ。中に映っているのは地味な見た目の若い女だ。ここに初めて来たときは痩せすぎなくらい痩せていたが、この四ヶ月でだいぶ太ったせいか、痩けていた頬はふっくらとしている。それに、青白かった肌は少し赤みを帯びて健康的に見えた。


 ジャネットは口を閉じたまま、口の端だけを持ち上げた。鏡に映る女の口が綺麗な弧を描く。たったそれだけなのに、地味な見た目が少し華やいだように見えた。


「そうよ。上手だわ。あまり頑張って口の端を持ち上げ過ぎると顔が強ばって見えるから、今の感覚を忘れないで。じゃあ、次は少しだけ歯を見せてはにかんで」


 アマンディーヌが指示を出す。ジャネットはいったん顔の表情を戻した。そして、少しだけ口を開けて口角を上げる。ただし、上げすぎないような絶妙な具合を探すのだ。その次は朗らかに笑って、最後は楽しくてたまらないように笑って……

  それを何回も何回も何回も繰り返した。表情筋が自然にそれを再現出来るよう、覚え込ませるように。


 初めてこのレッスンを受けたときはぎこちなかった表情は、随分と自然になったと思う。恐らく、鏡がなくてももう大丈夫なくらいになっただろう。


「今日はこんなところね。終わりにしましょう」


 アマンディーヌが終了を報せるようにポンポンと手を叩いた。ジャネットはお礼と了解の意を込めて少しだけ口角を上げ、微笑んで頷く。アマンディーヌはそれを見ると満足げに頬を緩めた。

 ジャネットはその様子を眺めながら、どうしても聞かずにはいられなかった。


「アマンディーヌ様は──」

「何?」

「アマンディーヌ様はどうして女性の格好をするようになったのですか?」


 アマンディーヌの表情から笑顔が消える。ジャネットはしてはいけない質問だったのかもしれないと、その質問をしたことを後悔した。少しの沈黙の後、アマンディーヌはゆっくりと口を開いた。


「好きだったの。昔から、人の髪を弄ったり、お化粧したり、可愛らしく着飾らせたりするのが。でも、わたしには姉も妹もいないから、最初は人形にしてた。そのうち父親に人形は取り上げられたわ。だから、今度はよく遊んでいたシルティ王女殿下や、シルティ王女殿下が持っているお人形にし始めた。シルティ王女殿下に会えないときは仕方がないから、自分を練習台にしてたわ。屋敷の侍女は父からこの手のことに協力することを固く禁じられていたから」


 ああ、とジャネットは頷いた。ヘーベル公爵が人形を取り上げたり侍女に協力を禁じたりした理由はよくわかる。名門貴族家の息子がそんな女々しい趣味などと世間に知られたら、一族の恥さらしだと思われたのだろう。


「父はなんとかこういった趣味嗜好からわたしを遠ざけようとしたわ。髪を結えないように短く切られたり、無理やり騎士養成学校に入れられたりしてね。でも、逆効果なのよ。禁止されると余計にやりたい思いが募るの。だから、私も意地になってしまって。初めてこの格好したときは父と取っ組み合いの喧嘩になったわ」


 アマンディーヌはその時のことを思い出したのか、はぁっとため息をついた。


「すでに現役の近衛騎士として勤務し始めていただけあって、わたしの圧勝だったけどね。途中で兄が止めに入ったけど、相手にもならなかった」


 そりゃそうだろう。騎士の中でもエリートである現役近衛騎士の若者と政務官の中年男性では、どちらが強いかなど火を見るより明らかだ。屋敷の当主が女装姿の息子と取っ組み合いの喧嘩になり、挙げ句の果てに嫡男までまとめてぼこぼこにされる。聞いただけでも恐ろしい。きっと名門ヘーベル公爵家ではその日、激震が走ったことだろう。


「シルティ王女殿下だけはいつも私の味方をしてくれていたわ。アランお兄様は凄いんですって何回も言ってくれて。こんな理由を公に出来ないから勘当するわけにもいかなくて最後は父も渋々譲歩したのだけど、その時に約束したの。こういうことをしたいならヘーベル公爵家とは無関係の完全なる別人を装うことと、アラン=ヘーベルとして過ごしているときはあくまでも男性であり立派な近衛騎士であること」


 なるほどな、とジャネットは思った。派手な見た目のオネエである王室付きの美容アドバイザーの姿は、世間の目をくらませるための演出なのだ。まさか派手なオネエが名門公爵家の息子で優秀な近衛騎士であるなどとは、誰も思わない。


「どうしてわたしには隠し通さなかったのですか?」

「──さぁ、どうしてかしらね?」


 ジャネットはアマンディーヌを見つめた。

 少しだけ困ったような表情を浮かべるアマンディーヌは、きっと貴族社会において自分が相当な異端者であることを理解しているのだろう。その上で、本当は理解して受け止めてくれる人が欲しいのだと思った。


「アマンディーヌ様とアラン様はどちらが本当のあなたなのです?」


 アマンディーヌは少しだけ小首を傾げて見せた。


「どちらも本当のわたしだわ。気持ち悪いと思った?」


 ジャネットは少しだけ考えるように沈黙し、首を振った。


「いいえ。近衛騎士としても美容アドバイザーとしても一流であるあなたを尊敬します。そういうの、悪くないと思うわ」


 アマンディーヌは驚いたように目を見開き、そして「ありがとう」と小さく呟くと嬉しそうにはにかんだ。ジャネットもつられて口元をゆるめる。


「その凄腕でダグラス様をギャフンと言わせるいい女に導いて下さいませ」

「当たり前よ。明日からはもっと厳しく行くわ。覚悟しておきなさい」


 満面に笑みを浮かべたアマンディーヌが握りこぶしをつくって胸をドンと叩いたのを見て、ジャネットは表情をひきつらせた。


「え゛!? 今より厳しく!?」

「だって、ジャネット嬢はしごきがいがあるの」

「し、しごきがい!?」


 アマンディーヌが意味ありげにニヤリと笑う。


「まあ、わたくしもやります。抜け駆けはだめですわ!」


 シルティ王女が頬を膨らませて身を乗り出した。

 それから三人は顔を見合わせると、誰ともなく声を上げて笑い合った。

 

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