空蝉
『空蝉』
あなたがいない
もう 誰もいない
空蝉の家
それでも 変わらぬ
窓の景色 空の色に
家具の傷 部屋の匂いに
あの熱
振り返ることなく
疑うことなく
細い爪で
懸命によじのぼった
あの熱の残滓が
まだ
こびりついている
黄昏に透きとおる
壁面に向かって
ひとり
目を閉じれば
今も
ずっと長い
夢のなかだ
まばゆい
真夏の季節に揺蕩って
陽炎のように
熱に揺られながら
何も考えず
何ものにも怯えず
声を限りに
響かせて
陰影の生々しさは
たしかな
夏の日のかたち
いつまでも
空蝉の家