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最終話 生きる強さを

「死は人を選ばない。誰もが死に得るし、死なない人は一人もいない」


 夕暮れが空を覆っていた。

 ネットに寄りかかりしゃがみ込んで、同じくネットに背を預けたアケミの言葉を聞いていた。


「生前にどんな偉業を成し遂げていようが人に慕われていようが死ぬときは死ぬ。逆もまた然り。覚えてる? あの事故で死んだ人。あの人医者でね。たくさんの人を助けてたくさんの人に好かれてた。でも死んだ」

「理不尽ですね」

「そう理不尽。不条理で不平等。でも本当にそうかな?」

「え?」


「平等か不平等かなんて見方による。死だって本当はものすごく平等かもしれない」

「でも」

「どんな人でも必ず死ぬ。これ以上の平等なんてある?」


 学は答えられなかった。

 正しいと思ったわけではないが、さりとて間違っているようにも思えなかったからだ。


「良い人は死んじゃいけないのかな。悪い人は生きてちゃいけないのかな。その答えは知らないけど、いろんな人が死んできたことをわたしは知ってる」


 アケミはそう言ってネットから背を離した。


「そろそろ行かなきゃ」

「待ってください」


 立ち上がる。


「香奈を連れていくなら、僕も一緒に連れて行ってください」


 アケミは無言でこちらを見下ろした。

 それから急にふきだした。

 呆気にとられる学の前でひとしきり笑ったあと、彼女は涙を拭いて言った。


「どっちもお断りかなあ。だってどっちも重そうだし」

「え?」

「わたし、カナちゃんを連れてくなんて一言も言ってないよ」

「……?」

「連れてくのはこの子」


 いつの間にか、アケミの肩に青い鳥がとまっていた。

 セキセイインコのように見える。

 いや……


「モモ?」

「今回のわたしの担当はこのインコだったわけよ。テニス部の人だかりも偶然ね。だれか日射病かな」

「は!?」

「でもこの子、死ぬ前に頼みたいことがあるなんて言うんだもん。すっげえ苦労しちった」


 なぜいきなり自分のペットが出てくるのかわからなかった。

 だが混乱する学に構わずアケミは続けた。


「この子に感謝しなよ。こんなことでもなけりゃあんたカナちゃんと一生口利けなかっただろうし」

「いや、でも、ええ?」


 言葉のまとまらない学に、モモが嬉しそうに「ごちゅうもんどうぞー」としゃべった。


「ま、そういうわけ」


 アケミはこちらに背を向けた。


「それじゃこんどこそお別れだよ。バイバイ」


 そのまま歩き始め、いつの間にか降りてきていた夜の闇に黒パーカーの背中は消えた。

 ずいぶんと軽い、彼女らしい去り方だった。




     ◆




「モモちゃんいなくなって寂しいね」


 空になった小さなカゴの前で香奈がつぶやいた。

 学は土を掘る手を休めてそちらを振り返った。


「……そうだね」


 いなくなったインコを見つめながら、彼女は言う。


「なんでいなくなっちゃったのかな」

「僕にもわからない」

「そっか」

「うん」


 泣くかと思ったが、香奈は泣かなかった。

 昔よりずっと強くなった。

 代わりに空を仰いだ。涙がこぼれそうだったのかもしれない。


 本当は香奈には打ち明けようかと思った。

 今回あったいろいろなこと。

 いやまだ迷っている。

 ただ、すぐには打ち明けることはないだろうとも思う。


「できた」


 穴は結構大きかった。

 モモの代わりにカゴを埋めることにしたのでその分だ。

 香奈がカゴを穴の底において、土をかけ始めた。

 五分もしない内に全部が埋まってわずかに盛り上がった地面だけが残った。


「モモちゃんはさ」


 黙とうの後香奈が言った。


「死んじゃう前にわたしたちを仲直りさせてくれたのかもね」


 庭に並んで座ると風が気持ちよかった。

 草が柔らかく手に触れてくる。


「なにしようか」

「何って?」

「何だろうね」


 学はそうだ、時計を見た。

 ちょうど朝の十時。


「迷子になってみるのはどう?」


 香奈は少しだけ考える風にしてから、


「テスト、近いんだけどね」


 と笑った。


 どこまでも伸びる道を一緒に歩きながら思う。

 人はいつか死ぬ。いつか誰もが死んでいく。

 不条理にして条理。

 不平等にして平等。

 だからこんな自分でも、もしかしたら香奈の隣にいることを許されるのかもしれない。


 同じ高さになくていい

 同じものを見なくていい。

 それでも共に生きることはできるのだから。


 香奈の手が、自分の手の隣に揺れていることを意識する。

 まだそれを握る勇気はない。


(もうちょっと僕が強ければなあ)


 その時どこかで「ご注文どうぞー」と声がした。

 気のせいかもしれない。

 気のせいに違いない。

 それでも学は念じてみた。


「僕に死ぬまで生きる強さを」

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