7.攻略対象その2。かいじゅう!
7.攻略対象その2。かいじゅう!
季節は秋の終わり。
あれからユーリスと私は何度か会う機会があった。
だが、慣れない。慣れてくれない。子どものかわいらしさがない。
「またお前か」
「は、はいユーリス様」
萎えそうですよ。ここまで警戒心が強いと……。
だが、とここで切り口を変えてみる。
「ユーリス様はお母様、お父様どちらに似ていらっしゃるのですか?」
「……この国一の美貌と謳われた母上に似ていると言われている」
「まぁ!お母様に似ていらっしゃるのですね!」
「ああ、私のこの髪も顔もよく似ていると言われる」
お、はじめて得意そうに話してくれた。
これは、ここから切り崩していけば仲良くなれるかも!
「まぁ、そんな素敵なお母様に一度お会いしてみたいですわ」
「…母上は今子を身ごもっていらっしゃる。お会いするのは難しいが」
「まぁ!ユーリス様の弟か妹がお生まれになられるのですね!」
「ああ、私の弟妹だ。きっとかわいいに違いない」
はじめて、照れたように笑うユーリス。
はわわああああ、かわいい!!
いつも無表情だから、余計にかわいい!!
「お生まれになったら、ぜひ会わせてくださいな」
「ああ、仕方がないな。特別だぞ」
はにかんだように笑うユーリス。そうか、彼は家族の話から仲良くなっていけばいいのか。
だが、私は知っている。
彼の妹が、生まれることがないことを……。
ある冬になった寒い朝のこと。
ユーリスの妹の死産の一報が、我が家に届いた。
この世界は、医療はそこそこにしか発達していないみたいだ。
だから、死産の可能性も、もちろんある。
……こればかりは、私にはどうすることもできない。
次にあったとき、ユーリスはとても暗い顔をしていた。
「………」
「……ユーリス様……」
「なぁ、ナターシャ。お前には兄弟がいるのか…?」
「年の離れた兄がおりますわ」
「そうか………私は、兄になりそこなってしまった……」
きゅっとユーリスの手を握る。
「大丈夫。大丈夫ですわ……」
「お前に、お前になにがわかるというんだ!!」
ユーリスは肩を震わせる。
「母上も、嘆き悲しんでおられる……私は、どうしたら……」
私は、彼の小さな体を抱きしめる。
「大丈夫ですわ。きっと……だから…だから……」
私は彼を慰めるように、ぽんぽんと背中をなでることしかできなかった。
「ねえ、ユーリスをどうやって慰めてあげればよかったのかしら」
「お嬢様……」
「私には、何もできなかったわ」
帰りの馬車の中、クラウスに問う。
いや、誰にも答えることのできない問いだ。クラウスの困惑した様子がうかがえる。
「お嬢様、どうしようもできないとき、ただそばにいるというだけでも、人は、慰められるものです」
「…そうかしら」
「ええ、きっと、ユーリス様もそう思われるでしょう」
「だと、よいのだけれど……」
私は無力だ。
そう、強く感じたのだった。
次に会ったとき、彼は思いつめた表情をしていた。
母に、会ってほしい。と、酷く苦しそうな表情で言われた。
「はじめまして、お義母さま。ナターシャ・フォン・ヴォルデリックですわ」
暗く閉ざされた部屋の中。ベッドに横たわる女性に向けて挨拶をする。
「………」
そこには、美しいがげっそりとやつれた女性がいた。
輝くような美貌、けれども、その目は正気を失っていた。
「私には、反応してくれないんだ……ただ、うわごとのように、妹のユリアの名前を呼ぶだけで…」
「そうなのですか……」
同じ女性なら、なにか反応するかもしれない。
そう藁をもすがる思いで私をここに連れてきてくれただろう。
私は女性に近寄ると、ぎゅっと抱きしめた。
「………ゆりあ?」
「いいえ、お義母様。私はナターシャですわ」
「ゆりあ……こんなに大きく……」
「大丈夫ですわ。大丈夫」
ユーリスの母親が私を抱きしめる。
それからどれだけの時間が経っただろう。
母親の目に、少し正気が戻る。
「まぁ、わたくしったら……ごめんなさい……わたくしのユリアは、まだ小さいものね」
「ねぇ、お義母さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「あなたは……そう……ユーリスの許嫁の、ナターシャさんね。ええ、いいわ。嬉しいわ」
「お義母さま」
「まぁ……」
虚ろな目が、少しだけ、嬉しそうに見開かれる。
それから、ぎゅっと、ただただ抱きしめられていた。
帰り際、ユーリスはありがとう。と言ってくれた。
「ユリアが死んで以来、母上は父上の話も私の話も聞いてくださらなかったのだ。また、来てくれるか」
「ええ、もちろんですわ」
ユーリスを女装好きにしないためには、母親のほうをどうにかすればいい。
そう、なんとか彼女を立ち直らせるのだ!
それから、私は頻繁にユーリスの家を訪れることにした。
そして、ユーリスの母親と話をするのだ。
食が細っているという情報があれば、一緒に食事を取り。
体を動かさなくて痩せ衰えているという情報があれば、一緒に庭を散歩し。
はっきりといって、ユーリスほっておいて、彼女のことばかりかまっていた。
そして、少し後悔している。
「ナターシャ、こちらも着てくれないかしら」
「こ、これも、ですか?」
屋敷に衣装商人を呼ぶほどに回復した彼女。
ええ、私、今ユーリスの代わりに着せ替え人形になっています。