4.攻略対象その1。こうぼうせん!
4.攻略対象その1。こうぼうせん!
春から季節は夏に変わろうとしていた。
計画は順調にいっていた。
「まぁ、夏には従兄とカルヴァー湖に旅行に行きますの?」
「そうなんです」
今日も今日とてグランツとデートだ。
「アンドリューお兄様は、いい人なんですが、たまに、その…視線が怖いことがあるんです」
グランツは言いにくそうに告白してくれた。
そりゃそうだろう。グランツの従兄のアンドリューこそが、グランツを強姦した相手なのだから。
「二人っきりで遊びに行くんですの?」
「はい、なので、少し緊張しています。お兄様の持っている馬車でカルヴァー湖まで行くそうなんです」
「まぁ!」
きっと、その時だろう。その時に、アンドリューというショタコンはグランツを手籠めにするのだろう。
そんなところにグランツを一人で行かせるわけにはいかない!
「私もご一緒したいですわ!」
「ナターシャもですか?」
「ええ!カルヴァー湖、私行ったことがないのです。是非ご一緒したいですわ!」
パアアとグランツの表情が明るくなる。
「ぜひ一緒に行きましょう!お兄様にお願いしてみます!」
徹底的に邪魔してやるわ、あのショタコンめ。
グランツとイチャイチャしまくって、邪魔してやる。
「お嬢様、お時間です」
その時、私を引き止める声がした。
「あら、クラウス、もうそんな時間なの?」
「はい」
「残念です。また来てくださいね、ナターシャ」
「ええ、グランツ、またね」
クラウスはこの数カ月の間に大分流暢に言葉が出るようになった。
腕の傷はまだ癒えきってはないが、その他の怪我はだいぶよくなった。
ここ何ヶ月かの執事修行によって、家令としてだいぶ様になってきている。
「夏にカルヴァー湖に行くときはクラウスも一緒に来てね」
「かしこまりました、お嬢様」
優美に一礼して見せるクラウス。やっぱり様になっているわ。
その後きちんと私の「お願い」は聞き届けられたようで、2週間後にカルヴァー湖に一緒に行くことになった。
これで徹底的にじゃますればいいはず!
そう思っていたのだった………が。
「グランツ、遊びに行きましょう」
再びグランツの家を訪ねた時だった。
「あら、お嬢様、申し訳ありません。急遽アンドリュー様がカルヴァー湖の別荘にグランツ様をお連れになって。本日はいらっしゃらないのです」
「なんですって!?」
な、なんということだ!!出し抜かれた!!
あのアンドリューという従兄、許嫁も一緒だと手出しできないと悟って、直前になって予定を変えてきたのか!!
「いつ御出立されたの!?」
「今朝…ちょうど2時間ほどまえにです」
カルヴァー湖まで馬車で4時間……馬に乗っていけば2時間で追いつくけど、間に合うか!?
あわててグランツの家から出ると、送り迎えしてくれている馬車に飛び乗る。
「クラウス!!」
「はい、お嬢様」
私の剣幕に驚いたようなクラウス。
「あなた、馬は乗れて!?」
「多少ですが……騎士様の家で乗らせていただいたことがあります」
「カルヴァー湖まで私を連れて行ってちょうだい!!」
「ですが、お嬢様……」
それはそうだろう。
大切なお嬢様をいきなり馬に乗せていくなどと、彼は思うまい。
だが、馬車では間に合わないのよ!!
「お父様には私からいうわ。これは大事なことなの。私をカルヴァー湖まで連れて行きなさい!!」
「……お嬢様のご命令ですか?」
「ええ、私の命令よ」
「かしこまりました」
クラウスは馬車から一頭馬を外すと、簡易な鞍を乗せる。
そうして、私を自分の前に乗せてくれた。
「速度はいかように」
「急いで頂戴!!」
「かしこまりました」
そうして、彼は急いで馬を走らせてくれるのだった。
2、2時間。お尻が痛いのを我慢して、馬に乗り続けたわ。
クラウスは私がへたっているのを見かねていたけれども、スピードを落とさず走ってくれた。
「あのお別荘の前に停めてある馬車は、カスケード家の紋章。きっとあの屋敷でしょう」
「まぁ、大変!!」
もうついてしまっていたか!!
クラウスが馬を停めている間に、私は駆け出す。
間に合え、間に合ってくれ!!
「ひぐっアンドリューお兄様っ」
「大丈夫。かわいいグランツ。怖いことなどなにもないよ」
別荘を開け放つと、そこには縛られて、おびえているグランツとそれに覆いかぶさっているショタコンの姿が!!
あぶない!!ショタコンが、すでにズボンを脱いでいる!!!
「天誅!!!!!」
私は、ショタコンの背中に向かって飛び蹴りを喰らわした。
「ぐっ」
横に吹っ飛ぶショタコン。全力のダッシュ+蹴りが効いたようだ!
「大丈夫ですの!?グランツ!!」
お尻は、お尻は無事!?
あああ、よかった。まだ下着はいている!!
「よかった…」
「ナター…シャ……」
思わず抱きしめる。
怖かっただろう。いきなり従兄が自身を縛りつけて、事に及ぼうとしたのだから。
「クソ餓鬼…いったいどこから湧いて出た!!」
ショタコンが蹴りの衝撃から立ち直ったのだろう。ゆらりと立ち上がる。
「この変態!!グランツに何をなさろうとして……きゃああああああ」
ぽろりしてるよ!!出てるよ!!しまってよ!!!
「なんだ!このクソ餓鬼!!」
「このショタコン!まずは紳士のたしなみとしてズボンをお履きになって!!」
「僕とグランツの仲を邪魔しやがって…!」
「なにが仲よ!無理やり事を運ぼうとしたくせに!!」
恐怖で縛っておいて、なにが仲というのよ!!
こういうことはイチャイチャラブラブな関係になってからでしょうが!!
「殺してやる!!!」
「きゃあああ」
変態が襲いかかろうとする。
あああ、私、奇襲には成功したけど、その他の攻撃方法ないじゃない!!
ぎゅっとグランツを抱きしめる。
この子だけは守らないと!!
ぶるんぶるんしている変態がこちらに近寄ってくる――その時だった。
「貴様、お嬢様に何をするつもりだ」
場が凍りつくような殺気が放たれる。
今にも変態を殺しそうなクラウスがそこに立っていた。
そう、いたいけな少年少女を襲おうとする下半身露出している変態の図、に見える。
クラアアアアウス!!ナイスタイミング!!!
グッジョブよおおおお!!!
「な!?」
「まずは、その汚いものをしまったらどうだ。お嬢様の目が腐る」
ショタコンはあわてたようにズボンを上に上げ、カチャカチャとベルトを締め始める。
「き、貴様らこそ何者だ!ここはカスケード家の別荘、部外者が入ってきていいところではない!!」
「お嬢様はグランツ様の許嫁だ。部外者ではない。それに、幼き少年少女を手篭めにしようとした貴様の罪、許されることではない」
「何を!!」
ショタコンはクラウスに襲いかかる!!
けれども、クラウスは瞬時に身をひるがえすと、ショタコンの手を後ろ手に拘束し、床に叩きつけてしまった。
強い!さすが剣奴!
「く、貴様!!」
「大人しくしろ」
「アンドリュー様!グランツを、いたいけな少年を襲うなんて、卑怯にもほどがありますわ!」
「く、グランツも僕を気に入っているんだ!同意のもとに愛し合おうとしていたのに!邪魔をするな!!」
「そうですの?グランツ」
「ひぐっぼ、僕は僕はそんなこと望んでない!!」
「グランツはこう言っていますわよ。どうせ、こんなことをされたと知ったら、親が悲しむ。だから二人の秘密にしておこうね、とか言って脅そうと思ったのでしょう!?」
「くっ」
図星か、この外道め!
「観念なさい!もう、グランツには手出しをしないでください!!」
「くそ、覚えていろよ、この小娘!」
「お嬢様になんて口のきき方をするんだ」
「ぐああああ」
クラウスが腕を捩じり上げたみたい。
「クラウス、もういいわ。グランツの縄をほどいて頂戴。それと、おうちに帰りましょう」
クラウスはちらりと変態をみると、手を離した。
その隙に変態はよろよろと去っていく。
「よろしいのですか?」
「これだけ証人がいるもの。手出しはできないでしょう」
クラウスはうなずくと、グランツの縄をほどきに近寄ってくれた。
「ひぐっ」
グランツはクラウスが近寄っただけで顔を青ざめた。
……どうやら、大の大人がトラウマになってしまったようだ。
「申し訳ありません。グランツ様、すぐに外しますゆえ」
クラウスは片手で苦戦しているようだけど、なんとか固く結ばれた縄をほどくことに成功した。
「間に合って、よかった」
まだ震えているグランツの体を抱きしめる。
グランツは、おそるおそるという風に、私の背に手を伸ばしてくれる。
「ナターシャ、ナターシャ……」
ぽろぽろと涙を零すグランツはよほど怖かったのだろう。
「もう、大丈夫ですわ」
変態は去りました。
「ナターシャ…僕は、僕は悔しいです……お兄様に、簡単に手籠にされてしまいそうになった自分の弱さも……あなたを守れない弱さも……自分の弱さが悔しいです……!!」
涙は、恐怖ではなく、悔しさからだった。
「大丈夫です。あなたは強くなれます」
だって、私は知っているのだから。
学園一の剣術使い。
国王の親衛隊にまで入れるほどに強くなるあなたを。
「あなたを、守れるでしょうか……?」
不安そうな瞳に、にこりと笑いかける。
「ええ、きっと、なれますわ。私が保証します」
そうして、変態が残していった馬車でグランツを家まで送り届けたのだった。
「私たちが乗ってきた馬で逃走するなんて…あの変態」
「お嬢様、よろしいのですか?あのままにして」
「私みたいな小娘に反撃されて、少しは反省したでしょう?それに……このことを公にすれば、グランツの名誉が汚されます」
「しかし」
「いいの。グランツが無事だったのだから。それで、いいの」
クラウスは納得できないようだったけど、無理やり納得させた。
そして、うかがうように質問を投げかけてくる。
「お嬢様は、どこまでご存知だったのですか?」
その問いに、微笑みで答えたのだった。
ああ、すがすがしい朝だわ。
ずっと夏の事件が気がかりだった。
その事件が解決して、私はアナニー好きな変態という婚約者の運命を変えることができたのだ!
これでグランツもアンドリューを警戒するだろう。
ああ、よかった。
何も心配することはない――そう、思っていましたとも。
「ナターシャ、ちょっと来なさい」
「なんでしょうか、お父様?」
お父様が険しい顔をしている。
なにかあったかしら。
「ナターシャ、カスケード家から、婚約破棄の申し出があった」
―――は?
婚・約・破・棄?
「ちょっとお待ちください!どうして、そんな」
「アンドリュー・フォン・カスケード殿を蹴り飛ばしたそうだな」
蹴り…した。しましたとも。飛び蹴りを食らわしましたとも。
「カスケード本家が、そんな乱暴な娘、息子の婚約者とは相応しくないと言ってきてだな」
「な、グラ、グランツは何と…?」
「軍学校に入学したとのことで、その知らせは後で聞いているだろう」
軍学校に入ったら、あの変態の手からは逃げられそう…じゃなくて。
え、まじ?
まじなの?
「なんてことをしでかしてくれたのだ、おまえは!」
足元から崩れおちる。
だって、グランツを救うには、あれしか……。
ああ、相手だってわかっている。
私が、グランツのためを思って、あの事件のことを口を閉じたことを。
覚えておけよ、この小娘、とも言われたわ。
私は、口を開けては、閉じるということの繰り返しを何度かした。
ああ、そんな……。
「お前のような娘は謹慎だ!!!!」
父のどなり声が聞こえる。
ああ、そんな………。
グランツは救った。
救えた。でも、かわりに婚約者としての地位を失った。
ああ、神様。
クソすぎるBLゲームに転生したようですが、幸先が悪すぎて萎えまくっています