10.幕間。お嬢様日記その1
10.幕間。お嬢様日記その1
※執事のクラウス視点のお嬢様の話です。
俺の朝は早い。
日が昇る前に起き出し、まず自身の身を整える。
そうして、家令の朝礼に出て本日の予定・報告事項などを聞くと、お嬢様が起きられる準備をする。
俺がお仕えしているお嬢様はナターシャ・フォン・ヴォルデリック様。
淡い金髪に紫の瞳を持つ類まれなる美貌の少女だ。
彼女が微笑むだけで皆が息が止まりそうになり、彼女が悲しそうな目をするだけで、皆世界の終わりかと思うように哀愁を帯びる。
それほどまでに周りに影響力を持つ主。
だが、本人はあまりその自覚を持っていない。
「お譲様、朝でございます」
「あと……あと10分……」
お嬢様は大変朝が弱い。
ああ、美しいかんばせに、涎が……。
むくりと起きられても、なにやら目を閉じてぼうっとしていらっしゃる。
「お嬢様」
「あと…ちょっと……この惰眠を貪りたいわ……」
目を閉じて座りながら眠っていらっしゃる。器用なことだ。
お嬢様の髪は本当にやわらかで、朝は少々…爆発気味になっておられる。
まだ半分眠っていらっしゃるお嬢様の御髪を研ぐ。
本当ならば、身の回りの世話などはメイドのすることなのだが、お願いして代わってもらった。
お嬢様に関することならば、小さなことでもすべてして差し上げたい。
そう強く願えば家令たちは仕方がないなというように任せてくれた。
俺は奴隷だ。
そのような我儘が聞き届けられるような身分ではない。
だが、家令たちは、俺がこの家に引き取られてから尋常ではない熱量をもって、体の回復と執事としての仕事を覚えることを努力してきたか知っており、買ってくれている。
本当にありがたいことだ。
一秒でも長くお嬢様と一緒にいられるということのなんと喜ばしいことか。
だからそう。
「ぐが……が…」
俺の胸に眠りこけたお嬢様が突進してきて、燕尾服に涎を垂らされたとて、俺にとって仕えるべきお嬢様には変わりはないのだ。
「はぅ」
お嬢様が憂いを帯びた溜息をつかれる。
その長い睫毛に淵とられた瞳がぼぅっと庭のほうに向いていらっしゃる。
「いかがなさいましたか?」
「いえ、なんでもないわ」
今日は庭にて午後のお茶を飲んでいらっしゃるお嬢様。
最初はあまりにも下手すぎるお茶をお出ししてしまっていたが、今は何とか及第点をもらえるほどまでに上達した。
お嬢様の視線の先、庭にいるのは庭師のクリフと執事のカインズ。
仲が良さそうに話している。
「……庭師のクリフと執事のカインズは幼馴染だそうですね」
「なんですって!もっとその話詳しく!!」
……お嬢様が食いついてきた。
どうやら。
どうやら、なのだが。
お嬢様は男性同士の間柄にたいそう興味をお持ちのようだ。
俺の忌むべき過去を聞いてくださったときにも、その部分を非常に興味深そうに聞いていらっしゃった。
「お嬢様、もしかして、ですが。お嬢様は男性同士の恋愛にご興味がおありなんですか?」
少々ストレートに聞きすぎてしまったか。
「ふぁ!」
お嬢様の目が泳ぐ。
「しょ、しょんなことはないでごじゃいますわよおほほほほほほげふげふ」
お茶を噴き出していらっしゃる。
動揺が隠し切れていらっしゃいませんよ。お嬢様。
「いえ、世の中にはそれを嗜む方もいらっしゃいますので」
思い出したくない過去だが、俺が男に犯されるのを楽しそうに見ていたご婦人もいた。
そういうものを嗜むものもいるのだろう。
「なんですって!同士…いえ、腐った人もいるだなんて!!」
「腐る、とは…?」
「えと、その男同士の恋愛をうへぇ、堪らないって思いながら見る人のことを…あ!そうじゃなくて、私は違うわよ!違うわよ!!」
過敏に反応するのはそうなのだろうか。
「違うわよ!違うからね!」
お嬢様がお腐りになられていろうがいまいがどちらでも構わない。
ただただお嬢様のことが知りたい。
…少しでもいい。大したことでなくてもかまわない。
ただ、お嬢様のことが知りたい。
「私は、お嬢様のモノです。お嬢様がそのようなご趣味をお持ちでもお持ちでなくても私の敬愛と忠義は変わりません」
「………………軽蔑しない?」
「いたしませんとも」
「………………気持ち悪がったりしない?」
「いたしません」
「………………この妄想野郎って思ったりしない?」
「思いません」
たまに、お嬢様はどこで覚えてきたのだろうという言葉使いをされることがある。
「あのね。私」
目を伏せ、恥じらうお嬢様は大変お可愛らしい。
「ほんのちょびっとね、男の子同士の恋愛を妄想するのが、好きなの」
「そうなのですか。お嬢様のお好きなものを知ることができて、光栄です」
「誰にも言わないでね!」
「この命ついえるまでの秘密といたしましょう」
お嬢様は安心したように、えへへと微笑む。
「私、こんな話、誰かにできるとは思わなかったわ。私のお話、聞いてくれる?クラウス」
「光栄でございます」
お嬢様の話を聞くことができて、俺はなんという幸運に見舞われたのだろうか。
お嬢様は大変美しい顔で、うっとりと、語りだす。
「やっぱり幼馴染萌えよね!庭師のクリフの方が攻めよね。だって体格いいもの!あ、攻めっていうのは、その、入れるほうね。でね。きっと華奢なカインズの方が受けね!あ、受けっていうのはね、受け入れるほうね。ああ、きっと彼らは幼馴染で同じ職場で働くうちにお互いの瑣末な違いを感じてしまうのだわ!もっと一緒にいたいクリフと仕事も大事だと思っているカインズ。二人は互いを思っているのだけれども、少しすれ違ってしまって。でね、きっとクリフはやきもきするのだわ!執事にはいっぱい素敵な人がいるもの!カインズの心が離れていってしまわないか不安になるのだわ!そんなカインズはカインズでいつも業者と仲よさそうに話をするクリフに不安に思うのだわ!たがいにすれ違う二人!いいわ、ご飯何杯でもいけるわ。そして二人はある日思うのよ!お互いが――」
お嬢様は大変完璧な美少女だ。
だが、少しだけ、ほんの少しだけ残念でもある。
ナターシャはクラウスの前だと少し気を抜いています。
そして、そのために大変残念になっています。