遺言状
「楡木さんは、彼女と別れたばかりなんですって?じゃあ、劇団員を雇うと良いですよ。そういうサ―ビスありますよ」
「紅子さんにお願いしたいんです」
楡木は真剣だ。
「無理ですよ、私は……………」
「そのお礼として、月刊札幌ライフに1年契約で広告お願いしますよ」
「じゃ、やります」
1年契約で広告とれるなんて、凄いよ。
よし、やろうか。
楡木と妙な取引をした紅子は、彼に指定された日に、身なりを整えてお見舞いを持って病院へ行った。待合室に楡木が待っていた。
「あの、僕が話しますから、紅子さん、何も話さなくていいですよ。一応、婚約している事にしておいて下さい」
「はい」
病室のドアを入ると、個室内は花だらけ。甘いお花の香りが、病室の薬臭さを消してくれている。
呼吸器を付けた楡木の父親が、かすかに目を開けた。
紅子は楡木の父親に見覚えがあった。
かなり衰弱しているとは言え、額の真ん中にあるホクロ、右頬の大きな火傷の後。
「こんにちは」だけ挨拶した紅子は、病室内の女性達の険しい視線にさらされた。
「博司、その人は?」
と母親らしき黄色いワンピ―ス姿の女性が、楡木に聞いた。
「前に話した、紅子さん。」
紅子は会釈した。
母親は紅子に会釈を返した。
「父さん、結婚相手連れて来たよ。お腹に赤ちゃん
も、居るんだよ。まだ、三ヶ月に入ったばかりだよ」
と楡木は父親の耳元で話した。
ちょっと、私妊娠してるの?
お母さんは、私がサクラだと知ってるの?
椅子の三人の女性達は何なのよ。
それよりも、楡木さんのお父さん、見たことあるわ。
「まぁ、赤ちゃん。お父さん、そしたらアレだわ、遺言状書き換えなくちゃね。何と言っても、孫の父親になる長男に財産のほとんどを残さないと、可哀想よ」
母親がそういうと、父親は小さく頷いた。
とたん、丸椅子に座っていた女達がざわついた。
「ワタシ、社長の子供産ンダヨ。財産権利アルヨ」
フィリピン人ホステスの愛人?
「私も、社長の子供産んでます。貰う権利あります」
これは日本人ホステスかな?
「弁護士に相談しますよ。私の娘だって今度大学受験ですから。社長の娘なんですから」
この中年女は、事務員っぽいな。
何なの?
昼下がりのテレビドラマ観てるみたい。
楡木さんの家、大変ね。
あっ、思い出した。
この社長、『シャクシャイン』っていう北海道土産のベストセラー菓子の会社の社長さんだよ。
そしたら、楡木さんは会社継がないで、ケ―キ屋さん開いて、パティシエやってるのね。
財産ありそう。
「そこで、粘っていても、これはどうしようもないですから、もう、お帰りください。主人も余計に悪くなりますから。でも、婚約者の紅子さんがお見舞いに来てくれたから、おなかの赤ちゃんも。これで、主人も持ちますよ、少しは長く」
母親はドアをあけて、三人の愛人を追い出しにかかった。
フィリピンホステスが
「アンタ、どこの店?」
と紅子に話しかけて、病室を出た。
「失礼よね、紅子さん」
廊下で母親はそう言いながら、のし袋を紅子のバッグの中にねじ込んだ。
「あっ、待ってください。何ですか?これは」
「タクシ―代にもならないわ。お忙しいのにすいませんね」
楡木も病室から出てきた。
「紅子さん、ありがとうございました。メシでも食いましょう」
母親は、病室に戻った。
父親はかすれ声を出した。
「今の女、俺、知ってるぞ。本当に博司の嫁さんなのか?」
続く




