謎の男
紅子がストレッチマットでストレッチをしていると、金のネックレスに金の指輪の、気の良い土建屋の社長風のオヤジが来て
「ヨッ、なに、アンタ、店変わったの?」
「えっ」
「最近、見なくなったから」
「は?」
「あそこはママが意地悪だから、女の子皆辞めちゃう」
そう言いながら、腕のストレッチを始めた。
ヤクザな風貌に、似合わないストレッチ風景。
ホステスじゃねぇぞ。
紅子は、先程の阿部寛が気になっていた。
でも、ス―ザンが随分積極的。
今夜、楡木とジャズバ―へ行くのが、憂鬱になっている。
結局、彼とも友達として繋がっていれば、広告が取れる。無下に出来ない。
ス―ザンがやって来た。
「ちょっと、阿部寛と飲まない?お酒好きらしいの。楡木さんと少しジャズ聴いたら合流するか、解散して、私と阿部寛の三人で飲もう」
「会員さんを誘うのアリなの?」
「クラブによってはダブ―のところもあるわ。ここは物凄く自由な会社よ」
「了解。頃合い見計らって連絡するわ」
紅子は一度帰宅した。
グレンは昼夜関係なしにメ―ルをくれる。
「直ぐに返信しないとダメ」という決まりを作り、イタリアへ旅立った。
おまけに、必ず写メールを送らなければいけない。
何かを疑うような感じ。
紅子はそう思われていると感じていた。
『ハイ、グレン。お仕事お疲れ様です。私は今から取材になっちゃいました。忙しいです。』
紅子はカメラ機材のバッグを肩に掛けた写メールをグレンに送り、ジャズバ―へ出掛けた。
本当の事なんて、グレンに言ったら大変。
だから、全部仕事にしておく。
グレンは紅子からの写メールを受け取った。
「紅子サン、日曜日も仕事?ホントウ?」
まだイタリア7日目。
フィレンツェで、常務理事が体調を崩した。
オリーブオイルが合わないのか、五十代後半で、毎日イタリア料理では、体に負担が大きいのだ。
連絡をもらった本社は、助っ人として後藤をフィレンツェへ送る予定だ。
後藤が来てくれるのでグレンは安心した。山田課長とは、性格が合わないどころか、紅子の事を色々言ってくるのが、ストレスになっていたから。
本社も、グレンと山田課長が仲が良くない事を理解していた。
楡木は地下鉄ススキノ駅改札口近くで待っていた。
パティシエだけあって、お洒落のセンスも抜群だ。もうすぐ三月。春らしくベ―ジュのオーバ―コ―トにグリーンのチェック柄のスト―ルを首に巻き、ヘアスタイルは完璧に整えられていた。
素敵だわね。
でも、何だろう、何もシンパシィ感じない。
彼は私に、本当は興味ないかも。
紅子の本能的な部分で無意識に感じる相手のフェロモンを、楡木からは感じ取れない。
ジャズバ―に着いて、ウイスキ―を飲みながら全く会話を交わさずに、ブルーノ―トの調べに身を任せている楡木は、謎だ。
店の客、誰もしゃべらねぇ。
だいっきれぇ、ブルーノ―ト
紅子はイモトアヤコになっていた。
「すいません、私、実はこれから友人と約束しているんです。飲む約束なんですけど、もし、良かったら楡木さんもご一緒しませんか?」
「いいんですか?僕も付いていって」
「勿論ですよ」
二人は、ス―ザン達と合流した。
阿部寛の本名は、大森という。
四人は韓国焼肉屋で呑み始めた。
すでにス―ザンと大森は意気投合している。
ス―ザン、凄いね。
師匠かと思うよ。
気に入った男は逃さないんだね。
手が早
楡木は余り話さず肉を焼いている。
紅子は、楡木の手つきが少し女性的なことに気付いた。
去年、ホモとは知らず3ヶ月アプロ―チしてたけど、この楡木さんも怪しい。
でも、関係ないから知らんぷりしてよう。
大森とス―ザンは二人の世界に入っていた。
入り込めないバリヤ―を張り出した。
楡木が口を開いた。
「紅子さんにお願いがあるんですよ」
「何でしょうか?」
「オヤジが末期癌であと少しなんです。紅子さんに僕の恋人の振りをして、父親を見舞って欲しいんです」
続く




