こんな私の家庭
おなしゃす。
…………………………。
『キャハハハ!お前――の子なんだろ?w』
声が…聞こえる。
『お前の親もすげぇよな?ww』
自分を見下して馬鹿にしている、声が。
《もうやめて…!》
自分の頬を涙が伝って流れる。
泣いて、いるのか。
心臓が握りつぶされていそうで、今にも弾けそうで、息苦しい。
壊れてしまいそうだ。
『何が?』
《もう――――って言わないで!》
自分は目の前にいる、黒い『それ』に言った。相手の顔は見たくなくて、ずっと下を向いて。だから、もう覚えてない。ただ言えることは『それ』は黒。希望を見いだせないその色から覗かせるのはただただ私をあざけ笑う心のみ。
しかし自分は願ってしまった。ありのままの自分を見てほしい、と。
『は?w何で?w事実じゃん?』
『事実言って何が悪いの?w』
《お願いだからやめてよぉ…!》
そう何度主張したことか。悔しさと怖さで涙を流す。
それでも黒い『それ』は止めてくれない。
『は?なに泣いてるわけ?w』
『マジでうぜーなw』
体が、鈍い音を発した。
腹部に痛みを感じる。全身、傷だらけで何もかもが痛くて辛い。
(やめて…お願い…!)
それでも自分は思う。
『イダィ…ゴメンナサイ…』
もう開放してほしい、と許しを求める。
しかし答えは分かっている。こんなことで止めてくれる奴等ではないと。
『はぁ…もうくたばるわけ?』
『まぁ、良いじゃん?w明日も学校あるし??』
『wwそれもそうだなw』
(…。)
『じゃー明日なっ』
『瑞樹ちゃん?w』
…………。
明日?
(明日?)
明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?明日?
…明日?
―――明日なんか
ピピッピピッピピッ
―――一生、来なければいいのに。
ピピッピピッピピッ
(あぁ、来た…。)
(あいつらは来る…?)
ピピッピピッピピ
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
「おい、早く起きろ。煩いな」
ガチャっと音がした。ドアが開く音。
そして一人の男性の声が聞こえた。低くて渋い声。
その声が聞こえた瞬間脳が覚醒し、自分は目を覚ました。
急いで頭上のアラームを消す。
「すいませんお父さん、おはようございます」
急いで体を起こし、声に応えた。
声の正体は父親である。
「お前なぞにお父さんとは言われたくない」
「…すいません」
「ふんっ、これだから【浮気の子】は。」
「…すいません。」
いや、正確に言えば父親ではなく父親(仮)だ。
「…ふんっ早く起きろ。全くできが悪いな。一人で起きることも出来んのか」
「…すいません」
つらい。息苦しい。
「…まぁ良い、早く降りてこい。お前の、母さんが食事を用意している」
(お前の…か。)
「あぁ、後、それから今日は家に金をいれるように」
「はい、分かりました」
……………。
この少女の名前は篠原瑞樹という。この子の家庭環境は非常に歪んでいた。
(はぁ…学校行かなきゃ、着替えよう)
今から約20年ほど前のこと。
この家庭の瑞樹の母親、『絵美子』と瑞樹の父親(仮)、『宏和』という二人の男女が居た。
この二人は両親の取り決めで結婚していた。
愛し合ってはいなかったものの、壁というものはなく良好な関係であったといえた。
しかしその関係はある時、崩れた。
ある日、宏和は仕事が忙しくなかなか家に帰って来れなかった時があった。
絵美子は人肌恋しさに駆られる。その心の穴を埋めようと、あるサイトへ向かった。
つまりは【出会い系サイト】
ある時、そのサイトで絵美子は一人の若い男性と出会う。二人は似たような境遇だったこともあり、すぐに意気投合した。
そして、それは体を求めあう関係にも発展した。男と絵美子は行為を何回も重ねた。
そこで出来あがったのが浮気の子、瑞樹であった。
浮気は絵美子と男が知り合ってから約3年ほどで発覚。その頃には瑞樹は下ろせない段階まで成長していた。
当然の事ながら、宏和は離婚を持ちかける。
しかし…。
『ピンポーン』
玄関の外からチャイムがなる。
(おや?こんな朝早くに…ということは…)
「あら、ちょうど良いところに。おはよう瑞樹、ついでにチャイムがなったようだから玄関に行って何なのか確かめて来てちょうだい」
(このクソ女が…。)
「おはよう、お母さん。じゃあ確かめて来るねっ」
くそ女…通称、絵美子は離婚しなかった。
『私はあなたのことが好きなの!だから私はあなたの元を離れない!我儘だとは分かっています!だから私がしたようにあなたも好きな女性といて良いから!私をどうか側に置いてください!!!お願いします!お願いします…!!』
そう絵美子は言い放った。この女の頭は相当なお花畑なのだったのであった。
そして宏和は『親』という存在が在ったため強く断れなかった。
ここから、今の歪んだ生活が始まった。
(よし!来た来た~!)
自分は玄関のドアを開ける。
「は〜い」
そこに立っていたのは一人の男性。なにやら箱を待っている。
(ふふん!どうやら自分の考えは当たっていたらしい!!)
「こちら篠原さんのお宅ですね?」
「はい!そうです」
「では、こちらにサインをよろしくお願いします」
名前を書き、アマソンの箱を受け取った。
「ありがとうございましたー。」
自分は渡された箱を大切に抱えた。
(ついに来た!待ちに待った『Soul伝記』!)
Soul伝記とはゲームである。
抽選で二十人にしか当たらないという超プレミアゲームだ。
(これを手に入れるためにコンビニのお菓子を40個買い占めたのち、そのクソ不味いお菓子をかたっぱしから食べて40回家の住所と電話番号を書いて…いやぁ今思うと自分の行動力すごいわ)
「どうだった?瑞樹、何だったの?」
「あぁこれ、自分が頼んどいたやつだよ」
そうしたら、くそ女………母親は明らかにほっとした表情をした。
「そう、嫌がらせじゃなかったのね。安心したわ」
母は外を嫌っている。
浮気の一見以来ご近所から避けられ子供にはからかわれ。今や周りは敵だらけということだ。
自業自得なのだがその火の粉は瑞樹にも襲いかかってくる。
「うん。違かったよ大丈夫」
(外が怖いからって娘を使うなよっ、くそ女)
「それ、何?」
「勉強に使うんだっ。良いのがあったから買っちゃった!」
否、これはゲーム。
この世界から少しでも現実逃避するための道具なのだ。しかもこのゲームは特別それに適している。
「そう、ふふっ瑞樹は頑張り屋さんなのね!さっ!早くご飯にしましょ!今日はお父さんが居るのよ!私、嬉しいわ!」
今日はお父さん(仮)がいるのでテンションが高いのだろう。
(あぁ、鬱陶しい。)
このRPGゲーム、「SOUL伝記」は『自然が綺麗』を取り上げている評判のゲームだ。高度なグラフィックで島は五大陸あってどれもが美しい。
「良かったね!じゃあ食べよっか!あっ!その前にこの荷物置いて来るね!二人は先に食べてて!」
(どんだけ自己中心的なんだよあんたは)
「分かったわっ、早く降りて来なさいね」
「はーい!」
(胸くそ悪りぃ、あの父親(仮)も可哀想だな)
―――はぁ。
(とりあえず久しぶりに飯食って学校行こう。行きたくねぇけどここよりかマシだしな)
瑞樹はもう限界を超えていた、それもそうだ、十六年間この状況なのだから。
―――いっっっつも笑って過ごして、反吐が出そうなほど苦いこの空間に居て、限界はとうに越えてる。
けどまだ、早い。
今は我慢しなくては。
「いってきまーす」
学校にいく準備を終え、玄関で靴を履いていたその時、後ろから声をかけられた。
「おい待て、俺も一緒に行く」
―――うわぁ、父親(仮)じゃん。声を聞いただけで鳥肌と冷や汗が止まらない。
それを表情には出さないが正直に言って、すごく嫌だ。
(しかも一緒に行くって?何でまた…)
「お前がきちんと金をいれるか見らんといかんからな」
(あぁ、なんかそんなこと言ってたな、きちんと入れるのに。)
瑞樹の父親(仮)は二人を家族と認めていない。
『この家にいるためには金を入れろ』
これがこの男の言い分だ。これはまだ良しとする。
しかし金は瑞樹だけの問題ではない。絵美子は外に出ないので稼ぎがないのだ。内職もしていない。
そのため瑞樹がバイトをしてお金を稼ぐしかなかった。二人分。
ほんとに屑な母親である。
―笑顔笑顔。
「はい、じゃあ行きましょうか。母さん行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。あなた、気を付けてね!」
行ってきます、と挨拶をする娘。
娘と一緒に仕事場へ向かう父。
そして、それに笑顔で返事をする母。
こんな関係じゃなかったら普通に良い家庭だったんだろーなぁ。と頭の隅で瑞樹は思うのであった。