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隕石と指揮棒

作者: 改訂木魚

短編です。

ある夜のこと、私が自分の部屋の窓辺で、今後の人生について絶望していた時のことです。

一人の美しい少年が夜空を飛んできました。


彼は輝くように美しい人でした。

私は、くすんだ毎日をおくっていたので、彼のまぶしさに思わず目をそむけました。


「あなたはピーターパンですか?だとしたら、ここに来るのは間違いですよ。私はウエンディではありません。20歳を過ぎている大人です」


ピーターパンを思わせる彼に、思わずつまらないことを話してしまった私。しかし、彼はおかまいなしに私の部屋の窓を開けてきます。


「不法侵入しないで下さい。いかにピーターパンと言えども空飛ぶ不審者を私の部屋に入れるわけにはいかないのです」


彼は寂しそうなに微笑んで、窓辺によりかかり私を見上げてきます。


「僕はピーターパンではないよ。子供であり、大人である者。君と同じだ。年齢は数字に過ぎない」


そう言う彼は、どう見ても20歳を過ぎているようには見えませんでした。しかも何を言っているのかよく分かりません。しかし、ふわふわと宙に浮いている姿を見ると、思わず彼の言うことに耳をかたむけたくなってくるのです。


「では子供でもあり大人でもあるあなたは、何をしにこんなところへ来たのでしょうか。帰って下さい」


私は、つまらないことを言ってしまったな、と思いつつ、どうしても彼に迷惑をかけるわけにはいかないという気持ちになり、彼を拒絶してしまいました。何となく彼が私を連れだしたそうなことは感じていたのですが、私のようなつまらない人間に関わって欲しくなかったのです。


「君を連れ出しに来たんだよ。さあ僕の手をとって。一緒に空を飛ぼう」


うわ、本当に手をとって空を飛ぼうとするんだなこの人、と思いました。彼は、あまりに純粋な青い目をしていました。だから、その純粋さにどうしても答えなければならないような、そんな気分になったのです。


私は彼の手をとりました。するとどうでしょう。体がふわっと宙に浮き、空を飛べるようになったのです。しかし、予想以上にコントロールが難しく、部屋の中から窓を通って外に出ることすら苦戦しました。彼は笑ってしましたが、私は恥ずかしかったです。


なんとか、夜空に飛び立ちました。私、黒い服着ていたんですね。ああ、これ誰かに見つかったら空飛ぶ黒い不審者だな、と思いながら、空高く飛んでいきました。


「僕たちの姿は誰にも見えていない。だからもっと自由に飛んでいいんだよ」


彼はそう言って宙がえりしてみせました。そんな空飛ぶテクニックを見せられても。私は、思い通りの方向に泳ぐのに精いっぱいです。


「空を飛んでみたいなと思ってたんですが、結構大変なんですね。寒いし、空気の抵抗はあるし」


「慣れるよ。どうだい夜景を観てごらん!きれいだろう?」


私は眼下に広がる街の夜景を観ました。たしかに夜景は綺麗でした。しかし、私にとってその夜景は悲しい風景でもあったのです。


「夜景を見せてくれて、ありがとう。でも私は街になじめなくて。綺麗な夜景も、私の心には悲しくうつるの」


「そうか。では、もっと自分がやりたいことをイメージしてごらん。さあ、雲の上に立って」


雲の上は思ったよりもしっかりして立つことができました。きちんとした足場でした。私の想像力が足場を必要としたのだと思います。ああ、立ててよかった。いつまでも宙をふわふわしているわけにはいかないから。


「やりたいことなんて何も」


私はそう口走った瞬間、自分のスカートのポケットの中に何かが入っていることに気付きました。ポケットの中から取り出してみた謎の物体は…銃でした。


「その銃で空いっぱいに広がる星を撃ち落としてごらん」


彼はそう言って微笑みました。その笑顔は純粋で可愛かったです。


私は銃で空高く浮かぶ星を撃ってみました。見事命中!星は隕石となって落っこちてきました。危ない!思わず隕石を避けた私。隕石は雲を突っ切って街に落っこちます。街に巨大なクレーターができました。


「すごい!」


私は嬉しくなって、何発も銃を撃って隕石を落としました。ああ、キラキラした星が隕石となって街を破壊していく様のスリルと美しさ!すさまじい衝撃で街のあらゆる建物が破壊されていきます。楽しそうに私が銃を連射するさまを、彼は微笑みながら眺めていました。


ふと、我にかえり地上を見渡すと、あちこちから火の煙がたち、大惨事となっています。子供の泣き声や悲鳴が聞こえてきます。私は自分がしたことが怖くなってきました。


「ああ、なんてことをしてしまったんでしょう。私はもう生きていけません。死にます」


私は自責の念を感じ、銃を自分に向けて自殺しようと試みました。


「想像して。君が本当にやりたいことを」


彼はそう言って微笑みます。なぜこの状況で微笑むことができるのでしょう。でも、彼の微笑みを見ると、こんな状況ですらどうにかできそうに思えてくるのです。


私は銃を右手に持ち、念じました。どうにかして私がしたことを元に戻したい。そう念じると銃は指揮棒に変わっていました。指揮棒を一振りすると、地上の時間が巻き戻ります。隕石は空へと引っ張られ、崩れ落ちた建物は、瞬く間に元の姿に戻っていきます。


「そうだ、君の指揮で隕石も、時間さえも、思い通りにできる。それが君の想像力だ」


私は必死に指揮棒を振りました。隕石は次々と空に戻っていき、街はみるみるうちに元の姿を取り戻していきます。最終的には、街は元の静かで美しい夜景の姿を取り戻しました。


私は、雲の上で一人汗だくでした。彼はずっと微笑んでいます。


「私になんてことをさせるんですか!」


思わず私は彼に対して声をあげてしまいました。自分がしでかしたことなのに、彼のせいにしようとしてしまったのです。


「良かった。君の心が見えて。おかげで僕は力を使い果たしてしまったよ」


彼の服の袖から見える白い腕が石になっていくのが見えました。


「どういうことなのか説明して下さい」


「僕は君の願いをかなえる者だ。君が持つ潜在的な願いをかなえるには大きな力が必要だった。空を飛んで隕石を落とし、さらに破壊した街を元通りに復活させるような、大きな力がね」


彼の体は石になってボロボロと崩れて落ちていきます。ああ、なんてことでしょう。私の願いが彼の美しい体をボロボロにしてしまったのです。私は涙がこぼれてきました。


「あなたを失ってしまうのは悲しい」


私がさめざめと泣いている最中も、彼は微笑んでいます。


「忘れないで。絶望とは希望と表裏一体であることを。それさえ覚えてくれていたら、僕は君のもとに来たかいがあると感じる。この世に生まれてきてよかったと思うよ」


私は消え行く彼に口づけをしました。その唇は、もう冷たい石になっていました。


彼の体が完全に石となって崩れ落ち、跡形もなく消え去った瞬間、私はの体は雲をつきやぶり、地上に向かって真っ逆さまに落ちていきました。



ああ、私はこうして死んでいくんだ。

そう思いながら落ちていきました。


気がつけば、私は自分の部屋の床に倒れていました。私は起き上がり、夢を見ていたのだと気づきます。窓は開いており、静かな風がカーテンを揺らしています。窓の外にはいつもと同じ夜景が広がっていました。


ふと、窓のへりを見ると、そこには指揮棒が落ちていました。ああ、この指揮棒は私が無我夢中になって隕石を、時間を動かした指揮棒だ。そう気づきました。私はその指揮棒を見て、また泣いてしまいました。私の願いを叶えてくれた彼の顔を、もう思い出すことができなかったからです。



この夜以降、私は自分が住む街の夜景が好きになりました。夜景のひとつひとつに、人の営みを想像できるようになったからです。彼が私に、絶望と希望は表裏一体であると教えてくれたのです。


私は落ち込んだ時、あの夜に手に入れた指揮棒を振ります。指揮棒を振っても、もう時間を戻すことはできません。でも、何でもできそうな、そんな不思議な力がわいてくるのです。


(終)

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