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待ち合わせの場所に向かうと、既にエリが立っていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「あの、どちらへ?」
「お爺ちゃんの所です」
お爺ちゃん? と首を捻る。まったくわけが分からない。
「エリさんのお爺さんですか」
「本当のじゃないですけど。まあ、恩人にあたるのかな」
「はあ……」
エリの足は、街外れに向かっている。昨日散策をしたときは、特に何もなさそうだったので、行かなかった場所だ。途中から、小さな林に入った。
林の路を進む。他に人影はない。木漏れ日が、所々に潅いでいた。
「あそこです」
といって、エリが指差す先に、小さな家があった。小屋と呼んでも良いほど。僕がこの街で見た中でも、最も小さい部類に入るだろう。土地自体は開けているので、もっと大きい家を建てられるはずだ。
僕とエリが建物に近付くと、小屋の扉が開いて、一人の少女が駆け出てきた。この街では珍しく、黒い髪をしている。
「エリおねえちゃん!」
「お爺ちゃんは起きてる?」
「うん! さっき起きた!」
少女はエリの腰に抱きついた。そのままエリを中心として、ぐるぐる回る。
「はいはい。歩きにくいからね」
エリが言って、少女を引き剥がす。二人は手を繋ぎ、また小屋へと歩き出した。自分もそれに続く。
「おにいちゃんは、だれ?」
「リンと申します」
「わたしはね、シロハ!」
「そうですか。初めまして、シロハさん」
シロハはエリの手をぶんぶんと振っている。姉妹だろうか。髪の色は違うが……。
「お爺ちゃん、お邪魔しますよー」
エリが小屋の中に、声をかけた。シロハも真似をして「おじゃまー」と言っている。
「リンさんも入ってください」
「はい。お邪魔します」
小さく見えた小屋も、中に入ると、意外と大きく感じた。何部屋かあるようだが、扉が閉まっていて見えない。
「シロハ、リンさんにお茶淹れてあげて」
「はーい」
エリはそのうち一つの扉を開けて、姿を消してしまった。お爺ちゃんとやらに、会いに行くのだろう。
お茶の準備だろうか、シロハが戸棚の引出を開けたり閉めたりしている。やがて、器になにやら湯気立つ液体を注いで、持ってきた。
「はい、リンサンおにいちゃん。どうぞ」
「ありがとうございます。それと、僕の名前はリンサンではなく、リンです」
「リンデス?」
「リン、です」
「リンデス!」
シロハはくすくすと笑う。わざと間違えているのではないか、と思われた。
二人でお茶を飲む。初めての味だったが、風味は自分の知っているお茶に似ていた。
やがて、エリが消えて行った扉が開いた。エリと、白髪の老人が出てくる。
「お邪魔しています。リンといいます」
立ち上がって挨拶する。
「え? 何といいましたかの?」
「リンといいます」
「これはこれは、お客さんとは、嬉しいですのう」
どうやら彼は耳が遠いらしく、それからの会話でも、何度か同じ言葉を繰り返す羽目になった。
老人はシュリと名乗った。
「いやあ、まさかエリが男を連れてくるとはのう……」
「いやそういうのじゃないから、お爺ちゃん」
「エリがおとこづれー」
「シロハは意味分かってないでしょ! ないよね?」
「あの、失礼かもしれませんが……」
「なんですか、リンさん?」
「御三方の関係は、どのようなものなのでしょうか。家族ですか?」
「いえ、そうじゃないんですが……。どう言ったらいいかな」
エリはお茶を啜って、首を捻る。シュリは聴こえているのかいないのか、笑っているだけだ。
「昔ね、私がこの街に来た時に、世話を焼いてくれたのが、お爺ちゃんなんです。シロハはお爺ちゃんの実孫なんだけど、まあこの子は……、その」
「シロハね、ステラレたんだって!」
シロハが器から顔を上げて、元気良く言った。エリはばつが悪そうに眼を伏せる。
ステラレ――棄てられ、か。しかし実孫ということは、シロハを棄てたのは、シュリの息子、或いは娘夫婦ということになる。
「……まあ、そう。そういう関係。お爺ちゃんは本当、色々してくれたんです。住む場所とか、仕事とか。あと――」
エリは鋭い目つきになって、こちらを睨んだ。
「闘い方、とかね」
「はあ……」
つまり僕と父の関係と、同じようなものか。血が繋がっているかどうかの違いはあるけれど。
「それが今日、リンさんを連れてきた用件なんです」
「それ、とは?」
「……リンさん、ゴブリン三体とフーシュル七頭を、槍で倒したんですよね」
「はい。それぞれは違う日ですが」
「失礼な話ですけど、どうも私には、それを信じられません。魔法と槍を使って、というなら分かりますが……」
「そんなことを言われましても、僕はマホウは使いません」
「ですから、私にそれを信じさせてください」
「信じさせる、とは?」
「お爺ちゃんと戦って欲しいんです」
お爺ちゃん、とはシュリのことか。しかし、
「何か儂に用かの、エリ」
「お爺ちゃんに、リンさんと戦って欲しいの」
「リンさんと痛んだ干し芋?」
「リ・ン・さ・ん・と・戦・っ・て!」
「戦う? なぜじゃ?」
「だから――」
更に何度かのやりとりをして、ようやくエリの意図は伝わったらしい。
「……とにかく、そういうことですから」
「僕とシュリさんとで、ですか……」
一見した限りでは、シュリは明らかな老人だ。それで何が分かるというのだろうか……。
「お爺ちゃんは、私の知る限り、魔法なしの戦いで、最も強い人です」
「最も? ……失礼ですが、それはシュリさんが若い頃の話では」
「昔もそうだけど、今もそう。多分、リンさん。貴方よりも強いですよ」
「はあ……」
それは良いことを聞いた。そうであれば、シュリに殺してもらえる。わざわざシハルを出て捜しに行く必要もないわけだ。
「お爺ちゃんといい勝負をするなら、まあ、槍一本でやってるっていうのを、信じてあげなくもないですからね。……どうです、やります?」
「はい」
「即答って……、ま、まあいいでしょう。なら早速――」
「その前に。一つ、いいじゃろうか?」
シュリは穏やかな口調で、僕に話しかけてきた。
「はい、なんでしょうか」
「リンさん、貴方の得物は何じゃろうかの、剣ですかの」
「いえ、僕は槍を使います」
「そうじゃったか。なら、儂もそうしようかの」
「はい?」
シュリは僕の言葉には応えず、ふらりと立ち上がった。そのまま玄関先へ出ていく。
「あ、待ってよお爺ちゃん!」
「おじいちゃーん」
エリとシロハもそれを追って、外へ駆け出していく。