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「命を救って戴いたこと、ここに感謝を述べます」


 横からカーラの手が伸びてきて、頭を押さえつけられた。

 

「そのように、頭を下げなくても結構です」


「は、ヒルデ様……」


 カーラが頭を上げるのに倣って、僕も前を見る。


 豪華な机と椅子。そこに座っている、薄い金色の髪を伸ばした女性。カーラの髪も似た色だが、こちらはより明るい。街を歩いて気づいたが、ここに住んでいるらしき人々の髪色は多種多様だ。


「貴方、お名前は?」


「はい、リンといいます」


「そうですか。既にお聞きかと思いますが、私はヒルデ。このシハルの、領主を務めています」


「はあ、そうなんですか」


「おや、何か気になることがありますか?」


「はい。これは、私が住んでいた地域での話なのですが、貴方のように若い方、況して女性が領主を務めるというのは、聞いたことがありません」


 ヒルデは若い。僕と同じか、それより下だろう。


「そうなのですか? しかしそれは……、妙ですね。私の知る限り、年齢や性別で領主が決まるようなことは、ないのですけれど」


「ヒルデ様、リンが住んでいたのは、かなりの田舎だったようですから」


 カーラが、言い訳なのか分からないことを言う。


 部屋は広い。ヒルデの座っている机のほかにも、様々な家具が整然と並んでいる。決まりということで、槍は持ち込めなかったが、この部屋ならば槍の練習もできるだろう。


「それで、あの男は何だったんですか?」


 カーラが尋ねる。


「まだ拷問の最中ですので、確かなことは言えませんが……。恐らく、以前からこの領地を狙っている、どこかの貴族の仕業かと」


「白昼堂々乗り込んでおいて、誘拐でもするつもりだったんですかね?」


「誘拐ではなく、殺害でしょう。私を殺してしまえば、混乱に乗じて自分の手の者を、新領主に仕立てることも可能ですから」


「そんなことをする得が、あるのですか?」


 思わず、二人の会話に口をはさむ。


「ええ、リンさん。貴方は、この街に来て、何か気づいたことはありませんか?」


「気づいたこと……」


 そう言われても、何から何まで気づいたことだらけで、どれを挙げれば良いか分からない。人の多さか、露店の多さか、髪色の多様さか。服装や靴だって、僕が知っているものと大分違う。


「木造の建築物が多いのに、気づかれませんでした?」


「木造?」


「はい。他の街の建物は、石造りばかりなのに対し、シハルは木造建築を、潤沢に建てることができるのです。それも、この街のすぐ傍にある大森林のお蔭」


 そんなことを言われても、以前住んでいた町の建築物も、ほとんどみな木造だったのだが。


「つまり、シハルの持つ、豊富な木材を求めて、複数の存在から狙われていると?」


「その通りですが、何も木材に限りません。森というのは、それはもう沢山の恵みを与えてくれるものですからね。そもそも、この『シハル』というのは、旧い言葉で『森』という意味なのです。貴方達冒険者の仕事も、住民の日々の生活も、そしてこのシハルの運営も、あの森なくして有り得ません。逆に言えば、それだけの利益をあの森は生んでいる、ということです」


「ヒルデ様はすごいのよ。隙あらばシハルの利権を貪ろうとする、阿漕な商人連中や、冒険者、果てはシハルそのものを奪おうとする貴族相手に一歩も退かず、見事にここを興隆させてるんだから。だっていうのに本人は甘い汁ひとつ啜らないの。この館の修繕よりも先に路の整備だー、なんて言っちゃってさ」


 カーラが胸を張る。本来胸を張るべきは、ヒルデの方だと思うのだが、彼女は微笑んでカーラを見守っているだけだ。


「リンさんには、お礼として出来る限りのことはさせて戴くつもりです。何か、欲しいもの、して欲しいことはございますか?」


「そうですね……」


 僕を殺せる人間を用意して欲しいところだが、恐らくヒルデが言っているのは、そういうものではないだろう。


「あ、それなら、リンの級を中級に上げてくれません? 何か初級になっちゃいまして、こいつ」


「まあ、それは……。でも申し訳ありません。その権利は、私にはありませんの」


「え、どうしてです? 冒険者組合の報酬には、少なからず公費が使われているんでしょう? ヒルデ様が一言いえば、上手いこと取り成してくれるんじゃないんで?」


「確かにお金は出しています。森で働く方々の安全を守るためですからね。ですが、だからといって組合の独立性を保たなければ、級分けの信頼が失われてしまいます」


「ええ? ちょっとぐらい良いでしょう」


「こればかりは認められません。それに、リンさんほどの実力であれば、すぐに中級に上がれるのではないですか?」



 ね、とヒルデに見つめられる。級を上がる難易度も意義も分からないため、ひとまず曖昧に頷いておいた。そもそも、冒険者以外で何か職はないのだろうか。自分がこなせるかどうかは、別としても。


 他に欲しいものはありますかと、尋ねられたので、


「では、お金を戴けますか」


「お金……、ですか?」


 ヒルデは不思議そうに、首を傾げた。


「はい。先程組合で貰ったもの以外、持ち合わせがありませんから。……あの、そんなに変な希望でしたか?」


「いえ、ごく普通の希望だと思いますが……。でも、そうですね。リンさんは、そういうものからは、こう、超然としているような気がすると言いますか」


「分かりません。食事を摂らないと、僕は死にます」


「いえ……、ふふ。そうですね」


 ヒルデは口に手を当てて、くすりと笑った。何故彼女が笑うのか分からない。やはり、こういった場では、お金以外の何かを望むのが普通なのか。彼女は従者を呼びつけると、何事かを耳打ちした。ただいま謝礼金の準備をさせております、とのこと。


「あの……、リンさん」


「はい、なんでしょうか」


「私、貴方のことがとても気に入りました。また、こちらにいらしてくれませんか?」


 ヒルデの言うことは今一つ分からないが、特に断る理由もない。


「分かりました」


「そう? 嬉しい……」


 ヒルデはにっこりした表情をつくった。


 先程の従者が部屋に入ってきて、準備ができました、と言った。


「では、今日の所はこれで失礼します」


 カーラと共に、部屋を出る。


「ね、リン……、あなた、どんな魔法を使ったの?」


「何のことですか?」


「ヒルデ様があんなに気を許すなんて、聞いたことがないわ」


 屋敷を出る前に、中身の詰まった袋を手渡された。持つと、ずっしり重い。中からは金属の触れ合う音がするので、これが謝礼金ということだろう。どの程度の金額になるのかは、よく分からない。


 外は夕焼けの朱に染まっていた。


「じゃ、宿に行きましょうか。私と同じところでいいでしょ? それだけ持ってるんだし」


 カーラはこちらの袋を指差した。


 街を歩く。意識してみると、確かに木造の建物ばかりが並んでいた。

 案内されたのは、小さな宿屋だった。小さな、というのは周囲の建物と比較した表現であって、僕が住んでいた家よりは大きい。


「あ、カーラさん、お帰りなさい」


 カーラが宿に踏み込むや、そんな声がかかる。


「ありがと、コフィー。今、一部屋空いている?」


「え? 空いてますけど……。どうしてですか?」


 コフィー、と呼ばれた少女が、小首を傾げた。深い茶色の髪が、動きに従って揺れる。


「この人の分の部屋」


 カーラに指を指されたので、どうも、と頭を下げる。


「あ、お客さんを連れてきて下さったんですね?」


「そういうこと。感謝してね」


「それはもう! あ、お客さん、お名前は……」


「リンといいます」


「リンさんですね、憶えました! 早速部屋にご案内しますから!」


「私はここの食堂で待ってるから、荷物置いたら来てね」


 カーラはそう言って、奥の扉へ消えて行った。その先に食堂があるのか。

 客室は二階にあるらしく、コフィーが階段を昇っていく。


「リンさんは、どれくらい滞在される予定ですか?」


「そう長くはないかと思います」


 自分を殺せる人間が、シハルにいないのであれば、他の街を探すほかない。


「そうですか……。あ、ここがリンさんのお部屋になります」


 それほど広い部屋ではないが、寝られる場所があるのなら、それでいい。料金は先払いとのことだったので、先程受け取った袋から、適当に硬貨を出して渡した。


「あの……、こんなには要らないんですけれど……」


「そうですか?」


「はい。じゃ、これはお返ししますから」


 そういって、支払った大部分が返ってきた。貨幣の価値が分からないので、それが正しいのかどうかも知れない。これは後で、カーラに尋ねる必要があるな、と思う。


 食堂に槍を持っていくか悩んで、結局部屋に置いていくことにした。食事する際に、槍は不要だと思ったからだ。今日の昼のような出来事は、きっと稀だろう。

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