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 僕は槍を構えた。


 体力は残っていない。出血は多い。足の傷は辛い。視界が霞む。

 それは、間違いないこと。


 気づいた時には、カーラの斬撃が襲う。


 大きく左後ろへ下がる。敵は間合いを保つため、前進。

 相手の踏み出した足を睨む。

 彼女は踏み込みを止める。


「……いきなりどうしたの、リン」


「いえ、特には」


 彼女の踏み込みに合わせ、足を狙い牽制。


 カーラはこの戦闘に時間をかけたくないはず。

 時間をかければ、必ず焦る。その時が勝機。それまで僕が保つかの、勝負でもある。

 そんなことに、今やっと気がついた。


 じっくりと、八合を交わす。


 彼女の顔から、笑みが消える。


「そう、もういいわ。余り好きではないのだけれど……。私も見せてあげる、奥の手を」


 カーラは何故か、剣を放棄。


 絶好の機会。踏み込もうとして。


 彼女は左手を、自らの額に当てた。


 それは――まさか。


 発光。眼を開けたまま、景影になったカーラの姿が、変わっていく様子を見る。

 光の中で、彼女の影は肥大する。縦横共に、二倍以上に膨れる。


 光が消えた。


 異形の化物が残った。


 人型であるのに変わりはない。ただし、恐るべき巨体。手と足だけが全身の比率から外れて、異様に大きい。荒い息が聞こえる。黒目だけの、小さな眼。大きく裂けた口。全身の肌は赤黒く、各部から濛々と白い湯気を立てている。

 化物は――カーラは、背を曲げ、僕を見つめた。


 閉まらない口から、涎がぼたりと垂れる。

 地面に溜まる血と、粘性の液体が奇妙に雑ざる。


 怪物が、なにやら咆える。何かを喋ろうとしている。

「絶対に殺す」――か。ゴブリンと違い、姿を変じても理性は残るらしい。


 既に化物は剣など持っていない。その腕を振るうだけで、充分な凶器となろう。


 僕は槍を構える。


 化物は、大きく身を逸らし。

 右腕をしならせ、振り下ろす。

 前進して躱す。同時に、敵の太腿を斬る。

 厚い肉と皮。血管に達していない。僅かな流血のみ。


 背後へ回り込む。

 瞬間、轟音。


 今まで立っていた地面が陥没する。

 圧倒的な破壊力。風圧が伝わってくる。


 相手の踵の上。踵骨腱を切断――できない。

 硬すぎる。無理して斬れば、刃毀れは必至。


 再度移動。敵は僕の位置を見失っている。


 こうなれば、急所へ一撃を与えるほかない。


 首より上は不可能。位置が高すぎる。

 必然、心臓を狙うことになるが……。

 カーラだってそれは警戒しているはず。


 軽く斬撃を与えつつ、常に移動を続ける。


 敵の攻撃は遅いが、当たればひとたまりもない。加えて、まだ僕も有効打を見つけられない。

 足は痛い。だが、今止まるわけにはいかない。


 化物が動く度、粉塵が舞い上がる。


 振るわれる腕。その肉を抉るように斬る。


 化物の咆哮に、地が震える。

 眼が光ったようにも見える。


 少し後退し場所を調整。敵は咆えて走るが、接近は遅い。


 魔法を――あの火球を使えれば。そんな思考を打ち消す。


 呼吸を無理やり整える。


 脳が急速に冷める感覚。

 白い空間が僕を包む。

 この、一瞬だけは。

 ほんの一刹那は。

 脚が動くよう。

 接近する化物。


 瓦礫と死体の地面。

 足場は悪い。

 僅かに体勢を崩す。

 今。


 踏み込む。

 敵の腕を躱しなお前進。

 槍の切っ先のみを見よ。

 心臓へ、渾身の力を籠め。

 突く。


 肉を突き進む感覚もない。

 空を突く如き感覚、速度で。 

 互いの身体が停まる。


 僕は槍を手放す。


 化物は突進の姿勢のまま、固まったように動かない。

 深々と刺さった槍を抜くことはもう、できない。

 舞い上がった風塵が、やがて墜ちてゆく。


 そして、


「――殺してあげる」


 人間の声が聴こえる。僕の耳元。


 カーラの声を出す怪物は、行動を再開する。

 突進の前屈みの姿勢から、身体を起こすと、その口角を釣り上げる。


「リン、やっぱり貴方強いわ。……でもね、残念」


 頭上、その巨体に、太陽が隠れる。


 振り上げられたのは両手。

 絶叫と共に、振り下ろされる。


 ――軽く弾く。


 怪物の両手は、しかし。

 僕の頭上で、停止した。


「え?」


 僕は懐から手を出す。


 衣の中に、青く発光する石を感じる。


 雨避け石。あの日の、エリの忘れ物。


 ――軽く弾くと、水分だけに反応する防護魔法が起動します。


 化物とはいえ、血が流れている。血が水分である以上、上空から迫るそれは、必ず防がれる。便利な魔法だ。


「使ったなぁ、魔法を!」


 しかし何故か、カーラは嬉しそうに叫んだ。


「はい?」


「魔法対策もせず、この巨体になるとでも思ったわけ?」


 言われてみれば、その通り。これほど火球の攻撃が有効な敵も、そうはいまい。カーラが馬鹿でなければ、当然何かしら手を打っておいて然るべき。


 失策だったか。

 無駄な動き、意想外の動きを目指して、これか。

 しかし最善は尽くさねば。一応、場所は調整しておいたのだし。


「魔方陣を描き替えてあげる。体内魔力の逆流で内側から破裂するの、それはもう苦しいそうよ?」


 怪物の腕が迫る。

 足許の槍を拾う。

 僕の身長の二倍はある槍。シュリの槍を。

 敵の脇の下へ。

 突き刺す。


 同時、化物の掌が僕の身体を覆い、何も見えなくなる。


 暗闇の世界。限界まで、槍を突き込む。


 肉の中を進む手応え。

 肋骨の間を抜ける感覚。


 敵の掌の中に、奇妙な紋様が浮かび上がる。恐らくこれが、魔方陣。


 いったい、槍はどこまで進むのか。

 正中線へ至っているのでは。

 長い槍。分厚い化物の身体が、それを可能にしている。


 だが浮かんだ魔方陣は、白い光を放ち始め――、


 つまり、僕の敗け。


 やっと殺される。


 眼は開けたまま。


 ――僕の懐。小さな石の、割れる音がする。


 その後、何の音もしなくなった。



 頭痛がした。耳鳴りがした。暗闇の中に、白い靄が立ち込める視界。


 手が勝手に槍を離した。脚が立つことを辞めた。

 いつの間にか、地面に倒れた身体。

 痛みすら感じなかった。

 意識が閉じていくのを感じた。


 暗転の間際、取り留めもない思考の泡が浮かんだ。


 例えば、エリの話。雨避け石には、事前に魔力と魔方陣が入っているとか。


 だから魔方陣を描き替えられたところで……。でも、どうして、カーラは……。


 そういえば、と思った。


 僕は魔法を使えないと、カーラには、言っていなかったような。


 そんな気も、するような……。



 しないでも、ないような……。

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