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 早く食事が運ばれてこないものかと、店の奥に目を遣る。すると、それを見計らったかのように、器用に三枚の皿を持った男が現れた。


 机の上に、一つひとつ配膳される。湯気と共に、芳しい香りが漂ってきた。

 具体的に何かは分からない。とにかく、肉料理と、果実と、パンである。


「……リンさんは、変わりませんね」


 半分ほど平らげた頃、ぽつりと、エリが呟いた。

 僕は食べかけていた肉料理から、顔を上げる。


「何がですか?」


「何もかも、です」


 変わらない――つまり槍の技術が向上していないという意味か。いや、何もかもとは、どういうことだ。


「私の正体を知ってなお、本当に何も変わりません」


「正体?」


 何が何やら分からず、エリの顔を見る。彼女は、あの時と同じ表情をしていた。突然に泣き始めた、あの時と。


 つまり、マホウも使えない劣等エルフ、というのが関係しているに違いない。

 しかし――、


「誤解の可能性があります」


「え?」


 エリが目を丸くする。


「エリさんは今、正体が云々と言いましたよね」


「ええ、だから私は魔法の使えない――」


「エルフ、ということでしたが。でも僕は、実のところ、マホウもエルフも、その二つの関連も、何も知らないのです。ですから僕が変わらないのは当然ですし、それでエリさんが嬉しいのであれば、それは誤解でしょう」


「知ら――ない? 魔法も、エルフも?」


「はい。いえ、こちらに来てから、何度かマホウという言葉は聞きました。ですが具体的にそれが何かは知りませんし、エルフに至っては、聞いたこともありませんでした」


「そう、だったんですか……」


 エリは肩を落とした。燈に照らされた彼女の翳が、後ろの壁に大きく映った。

 しかしすぐ、彼女は顔を上げた。


「え、でも、リンさん、エルフが何か知らなかったんですよね?」


「はい」


「だったら、私のこの耳を見た時、どう思ったんですか?」


 そう言って、前と同じように耳を見せてきた。白くて、長い耳。


「どう、と言われましても……。初めて見る耳の形だなと」


「気持ち悪いとか、変だなとか、思いませんでした?」


「いえ。長い耳だとは思いましたが……」


 それ以外に、何を感じろというのか。


「そうですか。じゃあやっぱり、リンさんはそういう人なんですよ」


 エリはどうしてか微笑を浮かべた。

 彼女が何を嬉しく思い、何を悲しく思うのか。僕にはやっぱり、分からない。


「良ければ、説明しましょうか? 魔法と、エルフについて」


「お願いします。あ、でも、あまり難しい説明は……」


「大丈夫ですよ。私だって、それほど詳しいわけではありませんから」


 エリは皿の隅に残ったパン屑を、指で集めた。


「魔法とは、なんでも生める力のことです」


 わけが分からない。なんでも生める? つまりどういう意味なのか。こういう時は、疑問に思ったことから質問する。


「力? 技術ではなく?」


「いえ、勿論技術がなくては使えませんが、本質的には力ですね」


「しかし、なんでも生める――というのは」


「火、水、風、無――。魔法はあらゆる物の源泉と言われています。まあ、詳しいことは私も知らないんですが……。例えば火を出して攻撃したりとか、無を出して物を消滅させたり、とか。さっき使っていた雨避け石だって、石の上に空気の壁を生むことで、雨を防いでいるそうですし」


「はあ、なる程……」


 分かるような、分からないような。自分の頭では理解しきれないかもしれない。


「それでまあ、何でも生めるんですから、その技術を高めれば、大抵のことはできるんですよね。出した火をまとめて、遠くに飛ばせるようにするとか。勿論、工程が複雑になれば難易度も高く、魔力も多く消費するそうですが」


「あの、魔力というのは?」


「何と言えば良いか……。その、何かになる前の、何にでもなれる力のことです。生物の体内を巡っていて、体力みたいな、その……」


「ああ、何となく分かりました。体内にある魔力とやらを、火や水に換えて、外に出すんですね?」


「そう、そうです! すみません、分かりにくくて……」


「いえ。しかし……」


 しかしそれは、強すぎではないか。槍など全くお呼びでない。敵が間合いを詰めて来たところに火を生めば、余裕で勝てる。いや、無を生めるという話だから、そもそも武器が役に立たない。どんな攻撃が来ようと、当たる瞬間に敵の武器を消滅させれば良い。


 何故あの男は、あんな下手な魔法の使い方をしたのか……。


 それとも、そういった使い方をするのは、かなり難しいのか。


「――その力の変換の為に、魔方陣というものを使うんですね。そこに描かれた式に従って、魔力が変わるわけです」


 なおもエリは説明を続ける。また妙な単語が出てきたが、取り敢えずそれは置いておくとして。


「あの、一つ訊きたいんですが」


「何でしょうか」


「例えばですね。爆発する火球を飛ばす、みたいな魔法を使うには、どれくらいの時間がかかりますか?」


 何となく、店の扉を見る。誰もいない店内に、刺客が来ることはないだろうが。


「え? さあ、そうですね……。そもそもそんな魔法を使うのは、相当熟達した魔法遣いでないと無理でしょうし、それに……。うん、魔方陣を描くのにも時間がかかるでしょうね。でもまあ、一流の魔法遣いなら、一秒弱くらいかな」


 一秒弱――遅い。戦闘時にそんな、悠長なことをしている暇があるのか。やはりあの男は、戦闘慣れしていなかったか、あくまで示威行為として、魔法を使ったのだろうと、想像できる。


「それで、戦闘時には有効なのですか? そんな物をいくら浮かべたところで……」


「いやだ、リンさん。複数浮かべるなんて、そんな滅茶苦茶なことされたら、誰も勝てないでしょう。できるのはせいぜい、大魔法を得意としている上級以上の冒険者くらいで……。まあ、それくらいの方の対人戦になると、そういった魔法の打ち合いや、魔方陣の書き換え合いになるとそうですが」


「上級、というのはあれですか。人間を超える敵を倒す?」


「ええ。超級になると、龍をも倒す実力だと言われています」


 龍――見たことはないが、確か、空を飛ぶ巨大な蛇だったか。

 それなら多少は納得できる。巨体の動物を倒すには、強大な破壊力を用いるのが手っ取り早い。また大きさに比例して動きも鈍いだろうから、魔法を使うのにかかる時間も、あまり問題にはなり得ない。


 つまり、魔法が使えない僕が上級や超級に上がるのは、なかなか難しい。


「で、エルフについてなんですが……」


 エリが遠慮がちに口を開く。


「ああ、はい。お願いします」


「まあ簡単に言ってしまえば、エルフというのは、私みたいに耳が長い種族のことです」


「耳が長い種族?」


「はい。人間とは別の生物種ですね」


「はあ……」


 山犬と狼の違いのようなものか。いや、しかし耳が長いのは、種として区別するほどの差異だろうか。それならば、背が低い人間と高い人間も、区別する必要があるのでは。


「勿論耳が長いだけではありませんよ」


 僕の思考を見透かしたようなことを言う。


「では、他に何が違うのですか」


「体内に宿す、魔力量です」

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