表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

10

 翌日は、カーラに誘われて、二人で再び森に入ることにした。受けたのは、ゴブリンの調査と、薬草の採取の依頼。どちらも初級だ。カーラは中級なので、僕に合わせてくれたのだろう。


「この間リンと初めて会った所ね。普通、あんなところでゴブリンの群れとは遭遇しないのよ」


「そうなんですか?」


「ええ。普段はもっと森の奥の方、つまり中級冒険者が行ける辺りに出現するんだけどね。最近は冒険者が級を問わず、森で消息を絶つ例が急増しているらしいし、それで初級にゴブリンの調査依頼なんかが出ていたんでしょう……。あ、そこにも生えてるわね」


 カーラが指差した先に、薬草が群生している。頷いて、採取に向かった。薬草採取には知識が必要、とのことだったが、カーラは随分手慣れているようだ。


「森の中でも旅の途中でも、いざという時に薬草を見つけられるのは大切だからね」


「そういうものですか」


「ええ。リンも知っておいた方がいいわよ。怪我した時、これを磨り潰して患部にあてがうだけで、治りの速度が断然変わるの」


「それは……、何というか。凄いですね」


 手に取った薬草をしげしげと眺める。見たところ、その辺りに生えている雑草と、何ら変わりないように見えるが……。


 陽が中天に昇ったころ、カーラは僕を手招きした。


「はい、これ。リンの分ね」


 手渡されたのは、食事のようだった。例のパンと、調理された木の実が、大きな葉に包まれている。


「どうしたんですか、これは?」


「お弁当よ、お弁当。知らないの? 前日の晩にコフィーに言っておけば、朝には準備しといてくれるわよ」


「そうだったんですか……」


 なるほど、これならば昼食をとりに、シハルへ戻る必要もないわけだ。

 二人で岩の上に座り、弁当を食べる。「警戒だけは切らさないように」とのことなので、気を張っておく。


「この間の、あの男ね」


 先に弁当を食べ終わったカーラが、口を開いた。あの男とは、恐らくヒルデへ差し向けられた刺客のことだろう。


「彼が、どうかしましたか」


「亡くなったそうよ。拷問中に。結局、誰に雇われたかも分からないままだって」


「拷問中に? 一体どうして」


「さあね。拷問官が新人だったとか、そんなところじゃないの」


「はあ、そうですか……」


 拷問については明るくないが、情報を引き出せぬまま、対象を死なせてしまうのが、最も下手な結果であるのは分かる。


「カーラさんは、どう思われますか?」


「え、な、何が? 拷問のこと?」


「いえ、そうではなく。誰がヒルデ様を狙ったか、です」


「ああ、そのことね……」


 僕も弁当を食べ終えた。包むのに使われていた葉っぱは、その辺りに放っておく。この葉も、森で採れるものなのだろう。


「実際、隙あらばこの森を奪ってやろうって奴は、いくらでもいると思うけれど……。勢力的に考えれば、オフェットのドミル伯かなあ」


 唐突に新たな単語が出てきて、頭が追いつかない。


「すみません。何ですか、それは?」


「ええっとね……」


 カーラは少しの間腕を組み、黙る。


「あ、そうそう。前に言ったでしょ。ヒルデ様は、国王の代理の代理だって」


「そうですね。聞きました」


「で、まず国王の代理として、レイレスト公っていう大貴族がいるのよ。この方が、この大森林全体を治めているのね」


「大森林全体を……」


「そ。なんだけど、この大森林、南北に長く伸びているのよ。独りではとても面倒見切れないくらいにね。そこで、レイレスト公は森林中部だけを治めて、北部と南部に、それぞれ代理の領主が置かれているわけ。その北部担当が、ヒルデ様なの」


「なる程。反対側――南部担当が、ドミル伯ということですね?」


「そういうこと」


 頭の中に地図を浮かべる。そのドミル伯とやらが森の北部と南部、両側の支配を目論んでいるのでは、というのがカーラの推論なのだ。更に、両側から挟むようにして、レイレスト公を潰すことすら、視野にいれているのでは、とも考えられた。

 しかし貴族三人がかりで治めているとは、この森林は想像以上に大きいようだ。


「ま、想像の域を出ない話だけどね。貴族様を疑うなんて、誰かに告げ口されたら処刑されちゃうし」


 カーラは岩から立ち上がった。


 その後も薬草採取とゴブリンの調査を続けた。薬草は袋にいっぱい採れたが、決められた地点を回っても、ゴブリンと遭遇することはなかった。カーラによれば「遭遇しない方が良いの」とのこと。稼ぎはまあまあ。宿に泊まり、食事をするには申し分ない金額。

 カーラは明日も用事があるらしい。そもそも彼女は中級で僕は初級なのだから、僕に付き合わせるのは、申し訳ないことだ。



 槍を構える。静かに呼吸をする。

 一つひとつ、確かめるように、丁寧に。

 ゆっくりと槍を突く。引く。斬る。手元で反す。

 呼吸が乱れる。つまり、無駄な動作があったということ。


 もう一度。


 一通りの確認を終えた後、岩に座ったシュリに向き合う。


「どうでしょうか」


「ふうむ……。なかなか面白い動きではあるの」


 シュリの許に赴き、僕を殺してほしいと、改めてお願いした。すると、僕の技量が彼のお眼鏡に適えば、殺してくれるという。そういう訳で、普段の修行を見てもらったのだ。


 しかしシュリの要求する水準というのが、どの程度なのか分からないから困る。ここで強くなるのと、首都に行くのと、どちらが早くなることか。


「全く、死ぬために修行するとは、妙な男じゃわい。道理で立ち合った時、無謀な特攻を仕掛けようとするはずじゃ」


「それで、僕の腕はどうでしたか」


「話にならんな。まあ発展途上ということじゃが……」


「つまり、まだ駄目ということですね」


 槍を布鞘に納める。

 シュリは白い眉を下げた。


「まだも何も、君。君はまだ、自らの槍術すら理解しておらんではないか。こんなことなら稚児でもできるわい」


「槍術の理解――ですか? これでも、父の動きに倣っているつもりですが……」


「……なる程の」


 シュリは口を開きかけて、途中でやめた。立ち上がり、尻をはたく。そのまま小屋に戻っていく。今日の挑戦は終わり、という合図だ。


「あの」


「君は、自らの槍の法理を考えたことがあるかの?」


「法理?」


「何故その槍をそう動かすのか――。考えてみんしゃい」


「はあ……」


 その法理とやらを考えれば、シュリは僕を殺してくれるのだろうか。


 小屋に入りかけていたシュリが、突然足を止めて、こちらを向いた。


「おう、そうじゃ。聞き忘れておったが、君の槍術、名はなんというのかね」


「はい? 槍術に名前があるのですか?」


 そもそも、槍術は槍術のはず。名前を付ける必要など、特にないのでは。


「聞いておらんか……。別に名前でなくとも良い。君の――お父上か。が槍とは斯くあれとか何とか言うとらんかったか?」


「そうですね……」


 考えてみる。といっても、父と会話をすること自体、あまりなかったので、必然記憶は限られるわけだが。


 しかし名前か……。


「――蟲魚」


 どうして、その言葉が出たのか。


 分からない。そんな記憶、今の今まで忘れていたのに。


「ほう? 蟲魚、とな」


「え? ええ――はい。蟲魚と、父は言っていました」


「……ようやく得心がいったわい。であれば、君。君はまだ、槍を遣ってすらおらんぞ」


「いや、僕は槍を使っていますが」


「そう思うているうちは、まあ一生遣えんじゃろうな。精進せい」


 シュリは今度こそ、小屋に戻ってしまった。


 彼は何を言っているのだろう。


 槍の法理、蟲魚、槍を使うこと。

 全く分からない。意味不明だ。そんなことを考えることに、なんの意義があるのか?


 しかし、シュリが僕より圧倒的に強いことも事実。であれば、やはり意味はあるのだろうか。

 自分の槍をじっと見つめる。一体何がいけないのだろう。


 物音に顔を上げると、小屋から籠を抱えたシロハが出てきた。


「おにいちゃん、ごはん食べよ!」


「はい、ありがとうございます」


 籠の中には、パンと果物らしきものが入っていた。

 二人で一緒に座って食べる。食べ始めてから、自分が空腹であるのに気づく。


「今日も駄目でした」


「そっか、ざんねんだね」


「はい」


 微風が吹いて、樹々を騒めかせていった。シロハの前髪が揺れている。


「でもおじいちゃん、言ってたよ。リン君はつよいって」


「本当ですか? でもさっき、僕は槍を使っていないと、言われたんですよ」


「へんなの! おにいちゃん槍使ってるのにね」


「その通りです。シュリさんの言うことは正しいのかもしれませんが、よく分からないことも多いです」


 シロハはいきなり立ち上がると、林に入って、長い棒を拾ってきた。


「おにいちゃん、わたしと槍あそびしよー」


「槍遊び? つまり、模擬戦ですか」


「槍あそびは槍あそび!」


「構いませんが……」


 シロハには世話になっている手前、断る理由もない。取り敢えず、鞘を付けたままの槍を手に取る。


「じゃ、いくよ!」


 暢気な声とは裏腹に、シロハの槍の持ち方は、どうして様になっている。恐らくシュリが教えたか、シュリの動きを真似しているかだろう。こちらも構える。


 シロハの突きを、柄で軽くいなす。突きは早いが、引きが遅い。子供の筋力では、なかなか難しいだろう。


 こちらの槍を抑えるのが先と見たか、シロハの狙いが変わった。囮の攻撃で誘い、こちらの槍を、上から封じようとしている。悪くない戦法ではあるが、やはり遅い。動きに無駄が多いのだ。


 一旦、シロハが距離をとる。


「おにいちゃんもこうげきしてよー」


「しかし……」


 受けるのはいいが、攻撃時にどう手加減をすればいいか、分からない。怪我をさせるわけにもいかない。


 それから暫く二人で槍を交わした。結局、シロハの体力が先に尽きて、終わった。


「ぜんぜん勝てなかった!」


「少し休みましょう」


 こうしていると、自分も随分この街に馴染んだ気がする。僕が以前住んでいたところとは、街も人も動物も食事も、何もかもが違うけれど。

 ここが何処で、どうして自分がここにいるのか、それは考えないことにしている。考えたところで分かる保証はないし、それよりも優先すべき事柄があるからだ。つまり、殺されること。


「ねえ、なんでわたし、おにいちゃんに勝てないの?」


「え? なんで、ですか……」


 意外な問いだった。だが重要な問いだ。何故僕はシュリに勝てないのか、何故シロハは僕に勝てないのか。考える。


「体格が違うからでしょう。体力も違います」


「じゃあ、わたしがリンおにいちゃんと、おなじくらい大きくなったら、勝てる?」


「どうでしょうか……」


 仮にシロハと僕の体格が同じでも、恐らくは僕が勝つだろう。やはり技術が違う。そう話す。


「じゃあ、わたしの何がおにいちゃんと違うの?」


「動きの無駄――だと思います」


「むだ?」


 シロハがきょとんとした顔で、こちらを見上げる。円い眼だ。


「はい。今のシロハさんは、しばしば必要のない動きをしています。その分隙が生まれますし、手数も減ります。体力だって浪費します」


「どうやったら、むだは減るの?」


「繰り返し練習することです。無駄のある動きであれば、繰り返すうちに気づくことがあります。シュリに見てもらったらどうでしょう」


 風が僕たちの身体を冷やす間、シロハは何事か考えていた。

 やがて彼女は、


「うん、おじいちゃんにたのんでみる!」


「はい、それがいいですね」


 シロハは手を振って、小屋の中に駆けて行った。


 そろそろこの街を出るべきかな、と帰り路に考えた。旅支度は着々と進めていたし、冒険者としての活動も、ある程度こなせるようになってきた。首都を目指しても良いのではないか。

 このままここにいて、シュリに認められるのを待つ、という手もある。しかし今の僕では、シュリの言っていることが分からないし、二週間ここに留まったところで、それは変わらないように思う。


 しかし、槍術の名前か……。

 それがいったい何だというのか。僕は独り、溜息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ