表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

 飛び掛かってくるゴブリンを、身体を捻って躱す。

 攻撃をすかされ、背後に着地したばかりの敵に、刃を叩きつける。

 首筋を捉えた剣は、しかし、わずかばかり切り進んだところで止まる。

 刃毀れ。もう使えない。

 剣を放棄。

 後ろへ跳び、距離をとる。立ち並ぶ草木が邪魔で、これ以上の後退はできない。


 首筋に剣を生やしたまま、ゴブリンはゆっくりと、こちらへ歩み寄る。もはやこちらに余力がないことを、見抜かれている。


 魔方陣を掌に構築。残りわずかの魔力をがむしゃらに注ぐ。

 赤い火球が手元に浮かぶ。威力は充分。

 即座に放つ。

 轟音。

 周囲の空気が、一瞬なくなる。

 狙いを過たず、対象の上体へ吸い込まれる。

 爆発の煙が消えた先には、ゴブリンの下半身のみが、残っていた。高熱に焼かれ、血すら出ていない。辺りに、焦げた臭いが漂う。


 崩れ落ちるように倒れた骸から、剣を拾い上げる。柄は今の熱で黒焦げになり、刃はぼろぼろに毀れている。重石以外に使い道はないだろう。いちおう、腰にさしておく。

 背後から、草の擦れる音。疲労と油断から、反応が遅れる。

 ゴブリンが複数出現。それぞれが両手剣や木の棍棒を持っている。

 既に、囲まれている。

 剣を抜くが、軽く握っただけで、柄は砕け落ちた。

 体内魔力は、欠乏している。魔方陣の構築は不可能。

 にじり寄るゴブリン。

 刃のみになった、剣を構える。

 肚に力が入らず、悲鳴すら出ない。

 膝が震える。本当に自分の足か。

 恐怖に涙が出そうになる。

 ゴブリンの脚筋の、隆起する様子が、やけにくっきりと見える。


 初撃。頭上から振り下ろされる棍棒を、両手で構えた剣で、受け止める。

 受け止めきれず、剣が真っ二つに砕ける。

 刃が、てのひらに喰い込み、血が滲む。

 多少減速した棍棒が、頭を打つ。


 終わっていく実感。視界は闇に。



「僕を、殺してくれますか?」

 

 声が、きこえた。

 次いで、ひゅんひゅんという、風切音。


「え?」


 視界に映ったのは。

 血をどくどく流す、三体のゴブリン。

 その背後に佇む、長い髪の男。 

 黒い細槍。血に赤く染まった穂先。


「貴女は、どうですか? 僕を殺してくれますか」


「い、いえ――、殺すだなんて、そんなことは……」


「そうですか」


 男は地面の草で、穂先についた血を拭う。そのまま、取り出した布鞘に穂先を納めた。


「あの、貴方は――」


「すみませんが、僕を殺してくれそうな人物に、心当たりはありませんか?」


「え?」


 男が何を言っているのか分からず、暫し、茫然とする。


「ないようでしたら、この近辺で、人が多く集まるところでも、構いません」


「人が多く……、ああ、街のこと?」


「そうですね。街があるなら、教えてください」


「えっと、それなら、この森の先にシハルがあるけど……」


「シハル……。そこへは、どうやって行けば?」


 地面から立ち上がる。壊れた剣を、拾い上げる。これを直して使うか、新しい一振りを買うか、どちらが安いだろう、と思う。


「なら、あの、私が案内するよ。一緒に行こう」


 男は、軽く首を傾げた。


「いいのですか? それは助かります」


「それはもう……。あの、私、カーラ。貴方のお名前を、聞かせてもらっても?」


「僕の名前ですか? 僕は……、リンといいます」


 リンは、そう名乗ると、眼を瞑った。


 〇


「いいか、俺の命令には、絶対に従え」


 父はそう言った。

 はい、と頷く。


「そして、俺が死んだときは、我ら主の命令に従え」


 はい、と頷く。


 だから、僕は殺されなくてはいけない。



 恐らく、生まれたときから、僕は槍を持っていたに違いなかった。

 朝目覚めてから、夜寝るまで。寝ている間も、槍の修行を続けた。

 父が見せた槍捌きを、何万回となぞった。

 森に入り、自分より小さな動物たちと、大きな動物たちを狩った。


 そして、幾度も父と殺しあった。


「俺を殺せ」と父が言う。

 はい、と頷いて、槍を突き出す。

 しかし、父は強く、何度戦っても殺せなかった。


「よいか、リン。お前が俺を殺し、俺よりも強くなったとき、その時に『槍』の名は引き継がれる。主の命にのみ従い、主の為だけに生きる存在となる。――槍がぶれている」


 頭を狙い、槍を突き出す。

 すべて、僅かな動きで躱される。


「遅い――。『槍』となったら、お前は俺と同じように子を成し、それを育てよ」


 父が槍を振り下ろす。

 右足を引いて躱す。

 こちらの重心が移動する隙をついて、更に槍が三度突き出される。

 すべて必殺の角度。


 槍を振り上げ、どうにか軌道をそらす。柄がぶつかるたびに、手が痺れる。

 手加減されている、と感じる。

 本来の父の速度ならば、この間に三十は突けるはず。


「その子が、己を殺し、新たな『槍』となるまで。それまで『槍』であることが、お前のすべてだ。――脇が開いている」


 父は手元で槍を反し、石突でこちらの脳天を打った。

 暗転する視界。今日もまた、父の命令に、従えなかった。



 僕は成長し、父よりも身長が高くなった。最近では、殺しあいの最中に、父が指導することもなくなっていた。

 あと少しだ、と自分に言い聞かせる。あと少しで、自分は父の命令に従い、父を殺すことができる。その矢先だった。


 城が燃えた。


 なぜ、お城が燃えているのだろう、と思った。

 不思議な気持で、煙の立ち上がる空を、見上げた。

 父がいつも通りの顔で、家に入ってくる。


「主と――その一族が殺された」


 はい、と頷く。

 頷いたあと、はて、と疑問に思う。

 ならば、父が死んだあと、自分は誰の命令に従えばいいのだろう。


「では父よ、僕はどうすれば良いのですか?」


「主なくして『槍』もなし。――我らも死ぬのだ、息子よ」


 はい、と頷く。


 そして、持っていた槍で、父の咽喉を突いた。


 血を噴き出して、父はあおむけに倒れた。

 肺から昇った息が、泡となって、父の口内に溜まる血に、浮かんだ。

 父がまだ何か言おうと、口を動かしているのが見えたので、胸を突く。

 今度こそ父は、動かなくなった。

 穂先についた血を、父の衣で拭う。

 さて、僕も死ななければならない。


 ――どうやって?


 僕は、どうやって死ねばいいのだろう。自分の殺し方など、教わっていない。

 思案する。外からは、甲冑の擦れ合う音や、叫び声などが、断続的に響いてくる。


 そして、ようやく分かった。

 父はどうやって死んだか?

 父は、自分より強い者に殺された。

 つまり、それが自分を殺す方法だ。

 自らより強い者に殺される。であれば、一刻も早く実行に移さねばならない。


 槍を片手に、外へ出る。

 外では、見たこともない甲冑に身を包んだ兵士が、住民を殺していた。

 良かった、と安心する。兵士ならば、自分より強い者も多くいるだろう。



 いなかった。


 或いは、彼らは油断していたのかもしれない。父も油断していたから、殺せたのだろう。

 とはいえ、一対一で自分より強い兵士はいなかったが、何人ともと戦う内に体力を消耗し、更に敵が四人となれば別だった。

 体中に重りを付けたように、腕も脚も、動きが鈍い。

 四方向からの刺突。

 前方の槍を跳ね上げ、首を斬り裂く。同時に右方の槍を、石突で牽制。

 そこまでだった。背中に鋭い痛みがはしる。


 前方へ走る。槍は抜けたが、血は止まらない。

 今は逃げなければならない。

 逃げて、体力を回復し、再び挑む。


「逃走は、槍術のひとつだ。刺突や斬撃と、同じくらい重要な」


 父の言葉を思い浮かべる。

 自らの槍術のすべてをもって、敵に相対する。

 そして、自分より強い者に殺される。

 そうしなければならない。


 霞む視界。路地に飛び込み、物陰に身を潜める。

 徐々に、意識が白い靄に包み込まれていく。


 命令に従わなければ……。


 殺されなければ……。



 意識が戻ったときには、森にいた。

 樹々に遮られて、斑の陽光が差しこんでいる。


 身体を見る。衣服は先程のままだったが、奇妙なことに、血痕がない。

 刺されたはずの背中に、意識を向けるが、傷もない。

 右手は槍を握っている。穂先に血はついていない。


 立ち上がる。軽く眩暈がするのを、頭を振って追い出す。

 ここは、どこだろうか。

 見たことのない森だ。少なくとも、僕が動物を狩っていた森ではない。

 そして、傷のない身体……。

 長い間、自分は眠っていたらしい。だとすれば、ここへ運んで来た者がいるはずだが。


 微風が髪を揺らす。随分と長く伸びているような気がする。

 音が聞こえた。

 取り敢えず、そちらを目指して歩く。


 少し開けた場所に、太陽のような髪色をした一人の少女と、奇妙な緑色の小さな人間が三人、いるのが見えた。

 緑色の人間は、木の棍棒を構えている。少女は、柄のついていない剣。


 さて、彼らはどうだろうか、と思う。


「僕を、殺してくれますか?」


 言葉をかけると、緑色の人間たちがこちらを向いた。

 即座に棍棒を構え、飛び掛かってくる。

 俊敏な動作だが、あまり賢い戦法ではない、と感じる。

 空中では、方向転換も、素早い回避もできない。

 まして、彼らは、甲冑も身に付けていない。


 飛び掛かってくる一体の首を、逆袈裟に払う。

 そのまま踏み込む。

 背後の二体目を、袈裟に斬る。

 しなる槍を軽く引く。間合いを調整。

 棒立ちする三体目の胸を突く。

 肌の色は緑だが、血は赤かった。


 結局、彼らも僕を殺してくれなかった。いったい、いつになったら、父の命令を守れるのだろう。最後に残った一人に、目をやる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ