第一章 蒼硝子の夜
蒼く凝った夜の詩。
昼の光が弱々しく微笑み、最後の光を投げかける。
西の空は茜色に染まり、山際から伸びる黄金のリボンが私の指に絡みついた。大気も雲もすべておれんじ色で、けれど遠くの山々は墨絵のように浮かび上がっていた。
それはあたかも天上界の光景。針金細工の尖塔が、身をよじり背伸びして、星灯を掲げるために乱立する。
東のほうからゆっくりと、しかし確実に宵闇が手を伸ばし、指先のリボンを取り去った。
そして、夜。
蒼い時間が結晶する。
硝子細工の月が朱色に煙っておずおずと顔を出し、夜風に血の香を振り撒いた。黒光りする鋼の翼を大きく広げ、トパーズ色した夜の吐息に私は曝した。
私の中でわたしが目を醒まし、身じろぎする。
目を醒ませ、私の中の獣。黒き翼の優しい悪魔。
紛い物の蒼い硝子を打ち壊し。目を、ひらく。
蒼褪めた唇で、血色月に接吻を。――その、瞬間。
朱い月が黄金の粉をふく。
あれは昔、何百年も昔に失くしたわたしの黄金果実。戻るはずのない過去の夢。
蒼く死の影を落とした夜が、硝子細工の指でそっと触れた。宵闇色の瞳と鮮やかな朱色の口唇、長く玄い乱れ髪が、わたしのこころを絡め捕る。
夜烏が、硝子衛星を叩き壊さんばかりに激しく啼き交わす。
掌のなかには、粒選りの紅玉を集めた柘榴。血の味を覚え始めた舌には禁断の果実だ。
歯にあて齧れば、甘酸っぱい、鮮血にも似た透明な生命が迸り、唇を湿し喉を潤す。
不思議な音色がわたしの耳を掠める。
銀の鈴?
それとも砕け散る間際の硝子の悲鳴か。
振り向けば硝子衛星が天空高く掛かり、蒼い月夜に銀の雨降る。
鏡に映った月を掬い上げたなら、指の隙間から零れ堕ち、色とりどりの真珠と化そう。
緋色。
朱鷺色。
銀鼠。
白藍。
鶸色
青磁色。
そして最後の一粒は。
あれはわたしの片ピアス。闇より玄い黒真珠。戦の惑星の砂嵐、火薬とオイルと硝煙は、遠い未来の過去の影。
夜風よ夜風。熱砂の夢をわたしの胸に吹き込むな。忘れたはずの硝子の涙、青の夢を目醒めさせるな。
おまえ。私の中のおまえ。聖なる魔か、魔なる聖か。魔聖の翼と黄金の瞳、激しい眼をしたわたしの魔。
あ、
夜泣鳥。
儚いゆめが泣いている。
鳴いているのではなく、泣いているのだ。細いほそい、細い、声。毀れてしまった硝子の夢で、指を傷つけ、血を流す。
涙顔の道化師が、針金のごとき影を引きずりながら道を示す。
銀紙細工の月が、銀の砂を零しながら堕ちていく。鈍色の夜が瞼を閉じて、わたしの腕からすり抜けた。
夜が、明ける。
夜泣鳥の声も果てた。朝の気配に溶けたやもしれぬ。
光が、変わる。この一瞬、
今日が昨日に、明日が今日に。
ゆっくりと、時間が身を翻し。
変わっていく。
今迄以上に、美しく輝きながら。
ゆっくりと。やわらかく。――それは時の輪、時間の珠。閉じながら開いている、硝子の螺旋。
息を殺して見守っている、わたし。
身動きもできずに立ち尽くしたまま。
その、ままに。
還っていくのだ、わたしは。
背の黒い翼を閉じて。蒼いあおい、蒼い世界に。
わたしは目を閉じる。
目を、覚ます。
金の夢砂、銀の時砂降り積もる、昔々の未来のこと。
一人称や二人称や三人称がごっちゃになっているけれど。
これは夢です。
夢はすべて繋がり、混じりあい、わたしもあなたも分かつことはできません。