地面が崩れ去った夜
地面が崩れ去った。
比喩などではなく、文字通り足の下のコンクリートが忽然と消えたのである。
会社の忘年会の二次会からの帰り道のことだ。酒の名残の強い俺の思考回路では俄かに信じることができなかった。
落下するしかない。
衝撃に備えて身構えてみたりした。次に、知りうる限りの受け身の取り方を脳内でおさらいする。
しかしいくら待っても「その時」は来ず、空圧がスーツの袖をはためかせ、ネクタイをいたずらに跳ねさせるだけだった。
空気が次第に冷たくなっていく。
最初こそは恐怖のあまり過呼吸になったが、一分も経過すると、現状からは現実味がなくなっていた。
そうだ、きっと夢なのだ。覚めるのを待てばいい。
完全なる闇の中には特筆すべき特徴もなく、一緒に落ちているものすらなく。
――いよいよ、暇だ。
俺は自分の25年の人生をざっと振り返る。
そして、そうする危険性に気付いて、止める。
走馬燈なんてものを脳内に招き入れたら最後、回り切って途切れてしまう。何がって、自分という存在が、だ。
未来を想うことにした。
課の先輩たちに、憧れの女史の笑顔に、想いを馳せる。そうだ、俺はまだ彼女を口説いていない。器量のいい嫁さんをもらって、親を安心させて可愛い孫の顔を拝ませてやるんだ……。
俺が欲しいのは愛する人たちに囲まれて往生する最期だ。
「うおおおおお」
吠えることで、気合を入れた。
気合が入ったところで、この状況を左右する力が自分に芽生えたわけではないが。
この底の見えない穴の先に何が待っていようと、きっと乗り越えてみせるとの意気込みで――
足元で閃光が走った。
一瞬の内で、俺は見た。
まるでエイリアンのホラー映画のような、顔の無い顎を。
無数に歯を煌かせて、俺という肉を待つ怪物を。
その時になって初めて、俺以外に落下する人間の姿を見た。引き裂かれ、食いちぎられる彼らの姿を。
――そうか。
この先で待つのは、そんな結末か……。
お題:暗黒の結末