まっさらに、やり直せる
求めてもいなかったものを、得られたと思った。
私だったものは限りなく広がる。その中に「私だったもの」を形成する断片を拾う。
それは産声を上げた瞬間に見た光景だったり、三十二年の人生の間に辿った軌跡だったりした。
そして最期に拾った情報。
――頬に触れていたアスファルトのでこぼことした触感、焼き付けるような熱さ。
――私を心配する通行人の気配。
――元凶を作ったトラック運転手の、ひたすらに泣きながら謝罪する声……。
つまり私は生と死の境目を越えたのである。
悲しいという感情は無かった。あったのは、微かな驚きだったかもしれない。
今の私を包む感覚が意外だったからだ。この包み込むような暖かな風、明るさ、横たわる私を支える綿菓子のような柔らかさ、これらの意味するところは何か。
起き上がると、すぐ傍に小さな人影がしゃがんでいた。輪郭はぼやけていて、髪型も服装もよくわからないが、笑い声からして女児だと推定した。
よくきたね、と女児は言った。
ここは天国なのか、と私は訊ねた。
そうであって欲しければね、と彼女は答えた。
「意味がわからないが」
私はあるかどうかもわからない眉を寄せた、つもりだった。
「支払い次第だよ」
「何を支払うんだ」
「心がけ、だよ」
理解ができないと私は訴えた。彼女は、私がこれからの時間で何をしたいのか、次の人生に何を望むのか、を今から決めなければならないという。その返答次第で私の行き先が決まるらしい。
「天国は私に全てを与えてくれるのではないのか」
「まさか。生きた人々が思い描いたような、純粋な天国なんてあると思ったのかい? きみは。人は死してなお、人でしかないのだよ。それ即ち、多面性を持った魂が残る。それを裁くのが、天国だよ」
なるほど、と私は慎重に答えを選んだ――
お題:純粋な天国