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甲姫の即興小説集  作者: 甲姫
SNS編
20/21

出会いは衝撃

 雨から逃れたくてとにかく必死だった。

 自分がどこに向かっているかなんて、顧みることもしない。縦横無尽に跳びはねては着地し、また次に跳ぶ先を探した。

 ついに、到達できた。

 重い雨粒の感触が皮膚を打たなくなったのを確認し、全身の緊張を解いた。ここならば、ひと息付けそうだ――

「ぎゃあああ!」

 やかましい声と共に世界がくるりと反転した。

 反射的に四肢を繰って着地こそしたが。起き上がるより早く、すぐそばで衝撃があった。硬いもの同士の激突に巻き込まれていたならば、我が身が潰れていたことはまず間違いない。

 何が起きたのか理解するまでに数秒かかる。

 ――ようやくみつけた安息の地が、翻されたか。

 こちらを覗き込む黒い双眸を見上げる。己の慣れ親しむそれよりもひとまわりもふたまわりも大きい瞳だ。平たく言えば、まったく異種の生き物に睨まれている。

 その者は雨に濡れた頭髪を苛立たしげにかきあげた。

「びっくりした。どうして町中にカエルがいるのよ。あんたどっから来たワケ?」

「…………」

「首を傾げちゃって、何よ。まさか言ってる意味わかるの? って、お願いだから、答えないでよ。怖いから」

 視線を外し、年若い雌の人間は自身がひっくり返した傘つきのパティオテーブルを一瞥した。

「あたしにこんな腕力があったなんてね……驚きだわ」

 彼女は重たげにテーブルをもとの位置まで引きずり、幅の広い傘を慎重に開いた。折れてはいないようだ。傘が開いていれば、テーブルの周りだけでも雨に打たれずに済むのである。

 さすがにまた卓上に跳び上がるのをやめて、今度はテーブルの真下に滑り込む。

 雌はこちらの動きをすべて訝しげに見ていた。

 ――しかしこんな大雨の中、なぜわざわざ屋外に座っていたのか。普段は人通りの多い港沿いの公園でも、今ばかりはほぼ無人状態である。

「何か言いたげな目をしてるね」

 椅子に腰を落ち着けると、雌は勝手にひとりでしゃべり始める。

「待ってたの」

「…………」

「みんなと遊びに行く約束をしたはずなのに、待ち合わせの時間になっても、過ぎても、いつまで経っても連絡が来なくて。そうしたらいつの間にか本降りになっちゃった。梅雨がよわっちい雨だって認識は、全国共通じゃあないのよ、わかる?」

「…………」

「ねえ。あたし、ハブられたのかな」――いまだ重々しい雨滴を投げかける空を見上げ、嘆息した――「寮に戻るの、やだな」

 年若い人間は、椅子の上で膝を抱え込んだ。頭を膝に埋めると、顎までの長さの短い髪が垂れて顔を覆い隠した。その髪は半ば濡れていて、艶やかな黒だ。

 テーブルの下でじっと動かなかったのは、別段その人間のそばにいたいからではなかった。雨宿りがしたいからである。

 ここは一体どこなのだろう、とふと思う。

 本来の棲家までの方角も距離もわからない。

 ぼんやりと考えていると、やがて雲間から太陽光が差し込み、雨が止んだ。もう雨宿りをする必要はないのに、そこから動かずにいると、まだその場に残っていた雌の人間が口を開いた。

「思い出した。確か女子寮の裏庭に、池があったわ。あんたの家、そっちだったりする?」

「…………」

「連れてくわ。だって放っておいたら、車に轢かれるかもしれないし。あんたの家が違うとこにあっても、ここで迷ってるよりはマシよね? 新居にどうよ」

 語られている言葉の意味はわからない。

 だが、向けられた表情が興味深い。同胞たち両生類の表情のバリエーションに比較して、はるかに複雑な感情が込められているようだ。

「戻るのはユーウツだけど、いいもん。あんな薄情なヤツらよりも目の前の困ってる生き物よ!」

 雌の人間はテーブルの脚を突っつくように蹴ってみせた。テーブルはひっくり返らなかった。

「おいでよ」

 伸ばされてきた手をたっぷりと五秒は凝視した。それから周囲を見回すように首を巡らせる。公園に、人間が少しずつ戻ってきていた。あまり長居しては、そのうち満足に動き回れなくなるだろう。

 視線を正面に戻すと、相変わらず手はそこにあった。

 差し出された手の平に飛び乗る。

「うん。いこっか」

 自分がこれからどこに向かうはまるでわからないが、とりあえずひと息ついたので、大きくあくびした。


ツイッター上で募集した絵・顔文字課題。

カエル

ちゃぶ台返し

衝撃




ちなみに私の中では、ひとりと一匹の目的も意思もまったく疎通してません。

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