Nothing to lose
5級のスピーキングテストを受けていた最中のことである。
――ブブブ
ふと男は、隣の椅子に置いたスマホが振動していることに気付いた。表示を一瞥すると、別居中の妻からメールが届いているのだと知る。
珍しい。内容を確認した方がいいかと思って手を伸ばした。
「Please look at the passage.」
イヤホンから流れてくる指示が、男の手を止めた。
(今は試験中だ、余計なことに気を取られるべきではないな)
ちゃぶ台に立てたタブレットと改めて向き直る。
「What is this man doing?」
「The man is looking for...」
男は全ての問題を解き終えた後に、やっとメールを読んだ。
<離婚しましょう>
件名を見て、男はみなまで察した。
妻は一人娘を連れて実家に帰っている。曰く、仕事ばかりに精を尽くして、互いの顔も忘れそうになっているような夫に、これ以上付き合ってられないそうだ。
男は返事を打ち始める。
<了承した。私はオーストラリアへの単身赴任も決まっている。タイミングがいいようだ、さようなら>
お題:いわゆる喪失