真なる隔たりは、こころの中に
小屋の中の「あのひと」に、想いを馳せなかった日はない。ない、はずだった。
庭の片隅にぽつねんと建てられたそれは、一見まるで倉庫のようにも見えるが、この地域では「姑小屋」と呼ばれている代物だ。
己が生まれる以前からずっとあった。建築家である父がこの土地を買い取った時に、メインの家と揃って設計したらしい。
当時から、身重な母と祖母は、まったくと言っていいほど仲が良くなかった。同じ空間にいれば喧嘩が絶えず、ひどい時は手当たり次第に物を投げ合ったりもしたそうだ。
妊婦に余計なストレスを与えてどうする――見かねた父が、独りでは生活できないという祖母の為に庭に小屋を建てた。
はじめの頃は、双方ともにお互いの住処を行き来することはあった。己もまた、共働きの両親が特に忙しかった秋は、毎年のように庭の落ち葉を掃き終えた後に祖母の元に行ったものだ。
仲が良くなくとも、共存はできていたのだ。
そんな交流が途絶えたのはいつからだったか。ハイスクールに入り、部活に明け暮れる内に、祖母ともだんだん会わなくなった。
食事は両親が持って行っているというので、大丈夫だろう。
祖母は今では足が悪くなっているとも聞いたが、学校の友達と遊ぶことに夢中になっている内に、心配する気持ちも薄れていった。
しかしこのままではいけない。
ある水曜、祖母に合わねばならないという猛烈な衝動を抱えて跳ね起きた。
時計は朝の六時半を回ったところだ。家に両親の気配はなく、もう出勤したのだと思われる。
冷蔵庫から昨夜の残り物のスープを取り出し、電子レンジでさっと温めてから、庭先へと続く扉を開けた。
さく、さく、と小屋への道のりは静かで、異様に肌寒かった。
祖母に呼びかけながら、扉をノックする。何度も繰り返したが、三分経っても、反応はない。
何かがおかしい。
スープを玄関におろして、窓の前へと回る。中は暗い。祖母は早起きだったはずだから、これもおかしい。
窓を叩いて、それも無駄だとわかると、叩き割ることにした。
「グランマ!」
だが祖母は、すでに、そこには「いなかった」――。
お題:かたい扉




