欲する
どれほど切羽詰まっていても、私はあの一線を越えたりしない。
それでは有象無象と一緒になってしまう。
違うのだ。私と同じ空気を吸っていても、同じ水たまりから水を飲んでいても、他の者らは別世界に生きている。私は、誰とも知れぬ野良猫の腹から産まれ出でたあの者らとは違う。
血統書付きの高級個体なのだ。
かつては人間のそれと匹敵する広さの個室を与えられ、専属のコックまでつけられていた。そうさ、私は「石油王」と呼ばれる種の人間の屋敷で飼われていた、ふさふさの毛並みが特徴的な猫であった。
――素晴らしく華々しい暮らしが失われたのは突然のことだった。
王の愛娘が猫アレルギーを発生し、私は瞬く間に家から放り出されることとなった。
ああ、だが私の魂は気高いままだ。
真っすぐに歩けないほどに餓えていようと、あのどぶの向こうにある、ゴミ捨て場の領域へは決して踏み入らない。
私は狩りをして命を繋いでいた。
いつしか、獲物が底をついてしまったのである。
――香ばしいぞ、あの醜い塊は香ばしい。
この距離からもわかる。猫缶と呼ばれるものなのか、半ばまで食べられてはいるが、何故かそこで捨てられてしまった。
原材料は魚か。
魚なんて、久しく喰らっていない。ドブネズミの味に飽きてしまった私には、とても魅力的に思えた。
否、味なんて知ったことではない。
――餓えている!
飛び越えるだけだ。
越えたくなどないのに!
他者の、野良猫の影が視界を横切った。
抜け駆けなど許すものか――!
私はとんだ。
お題:気高い境界




