第8話:薬師
今回は短めです。
街へと帰ってくると、ユーラシに知り合いの薬師のとこ行くぞと言われ、歩くこと10分ほど、そこには怪しげな風貌の丸っこい店がありました。看板……?の様なものには『魔薬館』と書かれており、余計に怪しさを底上げしています。
その店のドアをユーラシが乱暴に開け、中に入ると、妙な薬品臭と呪術にでも使うのかと思ってしまうような怪しげな人形や真っ黒なモノが店の壁に沿って円型に展開されており、どこを見ても嫌でも目に入ります。
「いらっしゃい、相変わらず騒々しい娘だねぇ」
そしてその中心。背もたれのついた丸椅子に、真っ黒なローブを身に纏った小柄なおばあちゃんが足を組んで座っていました。
その姿はまさに魔女、といった風貌で、余計に周りに置かれている品々が怪しい儀式に使うものに見えてきます。
事前にユーラシから変わった人だと聞いていたため、そこまでの驚きはありませんが。
「ばあちゃん、患者だ。ウィグアジドにやられちまったんだ、診てくれ」
「はいはい、そっちの坊主だね?見てやるから上に来な」
そう言うと、薬師さんはすくっと立ち上がり奥の壁にある扉の中へと消えていった。
小柄かと思っていましたが、意外と長身な方でした。
「さ、行くぞ」
と、ユーラシは再び僕の肩を支えて歩き出す。
歩くたびにズキズキと右足首が痛みますが、周りの品に目を奪われてあまり気になりませんでした。
……あの目玉の浮き出た藁人形は一体何に使うのでしょうか……?
◇
店の二階の一室へとやってきた僕はいきなりベットに座らされ、診察が始まりました。
「ふん、ずいぶんと派手にやられちまったんだねぇ」
そう、僕の足首を見ながら薬師さんは言葉を漏らした。
隣で立つユーラシは、それを聞いてあちゃーという表情を浮かべています。一体どれくらい酷いのでしょうか……。
そして、一通りの診察が終わったのか、薬師さんは真面目な顔で僕を見据え
「単刀直入に言うよ?この傷は治らない。場所が場所なだけ、もう歩けなくなるかもしれないねぇ……」
と、言いました……って、えええええええ!噓でしょ!?
「え、え、本当に治らないんですか!?嘘だと言ってくださいよぉ!!」
脳裏に浮かぶ”オワタ”の文字。あぁ……まさか異世界生活三日目にて詰むなんて……。
あぁ止めてください薬師さん。そんな悲痛そうな顔をされたら信じるしか……
「ま、嘘だけどねぇ。ひょっひょっひょ!」
先ほどの悲痛そうな顔はくるりと姿を変えて、今度はいたずらに成功したような子供の様な顔をする薬師さん。
だ、騙されました!この人は何も知らない僕をからかったんだ!
ですが、そんなにやけ面も真面目な顔に戻り、再び僕を見据える。
「でも、あながち嘘じゃないんだよ。ウィグアジドの毒は溶かすだけじゃない、浸透性の麻痺毒でもあるのさ。この麻痺毒は進行こそ遅いけど、体を構成してる酸毒とは違って、ウィグアジドが死んでも残り続ける。だから足首みたいな肉の薄いところだとそのうち歩けなくなるのさ。傷だけなら傷薬でいくらでも治せるけどこの麻痺毒はちゃんとした治療をしないと無くならない」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「ま、だからあの娘はあんたをここに連れて来たんだよ。ユーラシ、あれを取ってきな」
「あいよ、わかったぜ!」
そう言うやユーラシは颯爽と部屋を飛び出し、どこかへ行ってしまいました。
「さて、あんた……ソージと言ったかい?」
「は、はい」
ユーラシが部屋から出ていったのを見届けると、薬師さんは真剣な口調で話し始めた。
「……あんたには暫くここで生活してもらう。今、ユーラシが取りに行ってる薬は少し不安定なものでね、言わばまだ実験段階の薬だ。その経過を見なきゃいけないからねぇ。あぁ、別に宿泊代なんてとりゃしないよ。こっちは実験に付き合ってもらうって対価を貰ってるからね」
悪い言い方をすると、泊める代わりに人体実験させろってことですよね。まぁこのまま歩けなくなるよりか薬の希望に縋った方がいいですね。もちろん快諾しました。
そのまま少し待っていると、ユーラシが緑の薬品が入った小瓶を片手に戻ってきました。
「ばあちゃん取ってきたぜ~」
「あぁ、ありがとねぇ。じゃ、早速始めるよ」
「お、お願いします……」
薬師さんは薄い布に小瓶に入っている液体を全体に垂らし、その布を足の傷に宛がいました。そしてその布を包帯の様なもので縛ると、暫くは動かさないように言われ、ユーラシと共に部屋を出て行ってしまいました。
うーん、これでは暫く依頼を受けれそうにありません。この傷が治るのは1週間か2週間ほどかかるとも言われたので、その間何をするか考えないといけませんねぇ……。
◇
雑多に並ぶ品々に文字通り囲まれた『魔薬館』の一階。そこには若い女と、年老いた女が向かい合って話していた。
「じゃ、そろそろ帰るよ。ばあちゃん、ソージの事、頼むぜ?」
「あぁ、わかったよ」
若い女……もといユーラシは、この店の店主である老婆の薬師にそう言うと、くるりと踵を返し、玄関へと向かう。少女のその背中から、薬師は寂寥感の様なものをふと感じ、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あぁ、ユーラシ、昨日ガラシャラの奴から伝言を預かったよ。一週間以内にアジトに来い。話したいことがある、だってさ」
「……親父が、か。分かった、明日行ってくるよ。……明日はここには来れねぇから、ソージには上手く言っといてくれ」
「はいよ。やれやれ、恋する乙女は大変だねぇ」
「なっ……!」
今まさに店を出ようとしていたユーラシは頬を真っ赤に染め、ガバッと振り返った。まさにその顔はなぜ分かったんだと言わんばかりの表情で、羞恥の感情に目が揺れている。
「ひょっひょっひょ、女を80年やってる目は伊達じゃないってことさね」
「~~~~っ!帰る!!」
バタンと乱暴に扉を閉め走り去ってゆくユーラシ。その慌てっぷりを見て、ひょっひょっひょと笑いながら読書を始めるその姿は、意地悪なおばあさんそのものだった。
「……あの小僧の、どこに惚れたのかは知らないけれど、大変な道なことには変わりないねぇ……」
パラりと本のページを捲り、呟く。それは誰に向けたわけでもない、ただの独り言。
されど、その言葉は妙な響きを持って、部屋に消えていった。それはまるで、何か暗いものを暗示するかのように……。