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第7話:魔物

 翌朝、ガヤガヤと窓の外から聞こえる喧噪で目が覚めました。そして少しばかりの肌寒さを感じつつ布団から這い出て一つ大きな伸びをします。小鳥の囀りもどこからか聞こえ、とても清々しい目覚めとなりました。


 メガネをかけて、ふと窓の外を眺めるともう街の大通りは沢山の人で賑わっており、朝から果実店や八百屋の店主が大声で客寄せをしてのが見えます。


「おーい、ソージー、起きてるかー?飯食いに行くぞー」


 窓を眺めるのを止め、身支度を始めたタイミングでユーラシが僕の部屋のドアをドンドンと強めにノックしながら乱暴なモーニングコールをしにやってきました。

 ふふ、どうやらこの世界では僕はお寝坊さんの様ですねぇ。



 ◇


「今日は何をする予定なのですか?」

「うーんそうだなぁ…」


 朝食を食べ終えた僕たちは、今日の依頼を受けるためにギルドにやってきていました。

 ギルド内は相変わらずガヤガヤととても賑わっており、右を向けばやれ大物を狩っただの、地下迷宮でお宝を発見しただのと自らの武勇を語る者もいるかと思えば、左の方ではやれ防具が壊れただの、珍しい獲物を逃しただのと嘆く声が聞こえてくる。


 そこには威厳が滲み出ているベテランも、一端の冒険者と名乗れるようになった中堅冒険者も、一挙手一投足覚束ない駆け出しの冒険者も、関係ない。ただ思いのままに武勇を語り、苦渋を語り、疑問を語る。そこには身分差など存在しない。

 こんな光景も、悪くありませんね。


「ま、今日も昨日と同じく薬草採取だな。魔物狩りに行くにゃソージの装備が貧弱すぎるしな。とりあえず今は薬草採取で金稼ぐのが先決だ」

「そうですね、魔物と戦うにも武器も防具もないといけませんし」


 話を聞く限り魔物という存在は、他の動植物とは違ってかなり獰猛で凶暴な存在だそうです。これに関しては、昨日遭遇した鱗蛇の異常な姿を思い出すと、確かに納得です。まるでた生物を殺すために生まれてきた様な印象を受けます。もちろん、魔物の中でも弱い強いはありますが、キチンとした武器や防具を持ってないとあっという間に殺されても不思議じゃないとユーラシは言っていました。


 それに、魔力という不思議要素によって生まれる魔物はそもそもどうやって動いてるのかすらわからない程、生物学では考えられない様な存在もいるそうです。僕としては興味が尽きないのですが、命は惜しいのでユーラシに従うこととします。


「じゃ、受注したらさっさと行こうぜぃ。窟兎に早めに命令だせばそれだけ多く集めれるしな。」


 そんなユーラシの言葉にそれもそうですねと返事をしながらステータスを確認のため覗く。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

名前:ソージ・ウチミヤ

種族:人族

LⅤ:1

スキル

【観察*3】


ユニークスキル

【生物操作*1】10/10


称号

【来訪者】【研究者】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 うん、【生物操作】の効果も切れてませんね。

 どうやらこれは時間や距離で切れるような能力ではないようです。操作を切ると意識したりその生物が死ねば切れるのでしょかねぇ?まぁその辺はそのうち分かりますか。


 ◇


「そういえば、魔物の話は聞きましたが、具体的にどんな魔物がいるか教えてくれませんか?」


 森へ入った僕たちは、上下左右あらゆるものを【観察】しながら薬草を次々と発見していきます。

 驚くことに昨日取ったばかりのポイントにも薬草があり、その並々ならぬ生命力には脱帽させられました。聞いていた通り成長速度が尋常じゃないですね。

 あと、スキルのレベルが上がったせいか、昨日に比べて採れた薬草は多いです。すでに銅貨12枚分は集まりました。昨日もふと思ったのですが、袋にこんなにいっぱい薬草を詰め込んでたら袋の中が青臭くなりそうです。


 と、窟兎塚へと向かうまで暫く【観察】→採取がひたすら繰り返されるので、割かし退屈です。ですので気晴らしに魔物の話でも聞いてみましょう。


「んー、そうだなぁ。この森によく出る魔物で言えばフロックウルフとかウィグアジドだな。こいつらは比較的に弱い魔物で、ある程度経験のある冒険者ならまず引けを取らねぇ」


 ウルフの方は何となく狼型の魔物なんだなというのは分かるのですが、ウィグアジドとは一体何でしょう…?名前から全く姿が想像できません。

 っと、そんなことを考えてる内に窟兎塚につきました…て、え?


「こ、これはいったい?」


 目の前に広がるのは体の半ば以上が溶けてドロリとした内容物がこんにちはしている窟兎の死体、死体、死体。

 動物の死体は大学の講義で何度も見ていますが、ここまで無残な死体がいくつも転がっているこの光景はあまりにもショッキングで、思わず吐き気を催してしまいました。

 そこで、ハッと思い出したように【生物操作】のコストを見たら1/10となっていたので、間違いなく窟兎の群れは全滅しています。出発前に見た時は10/10だったので、この惨劇が起きたのは僕らがここに向かってるときでしょう。


 僕が固まっていると、ユーラシはスッと目を細めると窟兎の死体の周辺に近づき、考え込むような仕草をしてからぶつぶつと話し始めた。


「この殺し方は…間違いない、ウィグアジドの仕業だな」

「ウィグアジド…とは一体どんな魔物なんですか?」


 見たところ酸のようなもので獲物を溶かして殺しています。しかし体の半分が無くなっている雄の成体以外はあまり損傷がなく、ただついでに殺されたようにも見えるので、一回の捕食量はそこまで多くないと考えれます。


「ウィグアジドは体自体が酸で出来た魔物だ。しかも生き物を見つけたら問答無用で捕食中だろうが殺しちまうほど気性が荒い。見ろ、このあたり、昨日生えてた草がほとんどねぇだろ。ウィグアジドがここで暴れた証拠だ。おまけに死臭があんまりしねぇことを考えると、多分まだこの近くに潜んでるぜ?」


 ユーラシはキョロキョロと忙しなく周りに目を向けながら刃の長いナイフを抜刀する。


「ウィグアジドは目も鼻も耳もねぇが生物の体温を感知して襲ってくる魔物だ、奴が生物を見過ごすなんてことはない。ソージ、私から離れんなよ?」

「は、はいぃ」


 いくら称号の効果で思考は冷静になっていても、心はドッキドキです。メンタルが強化されるわけではありませんから。


 そして、それは突如、窟兎塚の中からというあまりにも予想外な場所から襲ってきました。木上や茂みを警戒していたユーラシはその攻撃に当然反応しきることができずにウィグアジドの猛威に……晒されることはありませんでした。


 なぜならユーラシの体は僕に思い切り突き飛ばされ、ウィグアジドの攻撃が当たらなかったからです。

 でもその代わり僕の足が攻撃の間合いに入ってしまい、右足首にウィグアジドのRPGに出てくるスライムのような不定形な体がドチャッとぶち当たりました。


 その瞬間、塩酸を掛けられたような…いえ、それと何ら変わらない焼ける様な痛みが足首を起点に脊髄を駆け抜けました。

 あまりの激痛に声にならない悲鳴を上げますが、一向にウィグアジドは離れず、寧ろさらに溶かす範囲を広げどんどんと僕の足を溶かそうとしてきます。


「ソージ!!」


 ユーラシが悲鳴交じりに僕を呼ぶ。しかし、その言葉に反応するほど僕に余裕はありません。ひたすら痛みに喘ぐことしかできないのですから。


「クソッ…今助けるからな!」


 ユーラシが僕に駆け寄り、足に纏わりつくウィグアジドにナイフを突立てました。その切先は的確にビー玉の様な魔石を真っ二つにすると、先ほどまでグネグネと蠢いていたウィグアジドは形を崩し地面の染みになってしまいました。


「大丈夫かソージ!」

「だ、大丈夫じゃありませんよぉ…」


 ズキズキと痛む右足。とても立てそうにありません。幸い、と言っては何ですが、皮膚がちょっと酷めに爛れているだけで、適切な処置を行えば綺麗に直るでしょう。


「……しょうがねぇ、今日はここまでにして引き返すぞ。どのみちそんな足じゃ探索できねぇしな」

「こ、この足で帰れますでしょうか?」

「心配すんな、私が背負ってやる。…その怪我は私を庇ったせいで負っちまったんだからな」

「ユ、ユーラシ…」


 それは申し訳ないと言おうとしたが、その言葉はぐっと飲み込んだ。

 恐らくそれを言ってもユーラシは断固として意見を曲げないでしょう。彼女はそういう人です。

 背負う背負わないの水掛け論になるくらいならここは大人しくお言葉に甘えましょう。どっちにしろそれでしか帰れないのですから。


「わかりました、ではお言葉に甘えましょう」

「よし、じゃあ帰る前にちょっと足見せろ」

「いつっ…!な、何をするんですか?」


 少し強引に足を引っ張られツキンとした鋭い痛みが走る。しかし、それはユーラシが布の様なを足首に巻き付けた瞬間、それは和らいでいました。


「薬草の汁を染込ませたもんだ。これでちょっとは痛くねぇだろ」


 確かに、痛みは多少ではありますが治まりました。薬草の薬効は意外と即効性なのですね。


「じゃ、ちょっと揺れるかもしんねぇが我慢しろよ?」

「へ?うわぁ!」


 僕を負ぶったユーラシは早口にそう言うと、まるで短距離走をするかの如く風のような速さで駆け始めました。

 景色が後ろへ流れていくとはまさにこのことを言うのでしょうね、グングンと緑のと茶の風景が後ろへスクロールしていき、あっという間に森を抜けると、もう遠くの方にリズナールが見えてきました。

 そしてそのまま速度は落ちることなく駆け続け、気付いたころにはリズナールは目の前でした。


 そして、門番さんも視認できるくらいの距離になると、ようやくユーラシはスピードを落としていき、単身アトラクションは終わりを告げました。正直めちゃくちゃ怖かったです。


「ふー、やっぱ【疾走】は気持ちいいけど疲れるぜー」


 あの速さはスキルによるものだったんですね。そう考えるとスキルって凄まじいですね。使えば人間を超えた何かに簡単になってしまいますし。


「さ、こっからは肩貸してやるからそれで歩け。流石に街の中で背負うのは周りの目がいてぇからな」

「そ、それもそうですね。いてて…」


 ユーラシに肩を借りてひょこひょこと歩く僕、ちょっとカッコ悪いです。

 うーん、どうせならもうちょっとカッコよく助けたかったですねぇ。あ、LⅤが上がれば身体能力も上がるんでしたっけ、これから暫く冒険者として暮らすならLⅤ上げが急務ですねぇ。ユーラシに世話を焼かれっぱなしというのも嫌ですし。


 あ、そういえばラノベなどではスライムの様な酸性生物を剣などで切ると、刃こぼれする……という描写がよく見受けれたのですが、ユーラシのナイフは大丈夫なのでしょうか……?

 まぁ塩酸に鉄を入れても、そうすぐには溶けないので、大丈夫だとは思いますが……。


「はぁ、順調だと思ったのですがねぇ…」


 と、ぽつりと呟く。

 今日は異世界の恐ろしさを噛みしめる日になってしまった。


 そう世の中上手くいきませんよねぇ。



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