第18話:大覇天闘技会・勝利の余韻
丁度、太陽が空の天辺を少し通過した頃、その馬車は第一王都の正面門をくぐった。第二王都からここまで、人を乗せた荷台を力いっぱい引いてきた馬は、御者の手綱の指示通りに停止し、ブルルと嘶く。
「へい、お客さん。第一王都に到着だ。お代は祭り特別料金の銀貨一枚だよ。あと、闘技会の第一予選の講評を広場でやるそうだから行ってみたらどうですかい?」
「はい、ありがとうございました。そうですねぇ、少し行ってみますよ」
メガネをかけた青年は、御者の差し出した掌に銀貨を一枚置き、軽く挨拶を交わした後、荷台を出る。少々長い道のりだったため、節々が痛むがその痛みは無視し、人だかりの中へ入り込む。
青年が一歩歩く度、この世界では物珍しい真っ白の服が風で踊り、些か周囲の目を集めているが、当の本人に気にしている様子は皆無だ。
「えーっと、ビーグルの視界的に……こっちですか」
青年は人通りが多すぎて歩くこともままならない大通りをしっかりとした足取りで歩く。目的地を目指して。
◇
人の流れに流されつつも歩くこと数分。ソージはようやく目的の場所へ辿り着くことが出来た。その場所は数日前に第一予選の概要が発表された広場であり、現在第一予選の講評を学堂長が述べている最中だった。
「ウォッホン!第一予選を突破した子らよ、実に素晴らしい作戦と勇気、そして戦いを見させてもらった。無論、敗退してしまった子らの戦いも実に良く、決して恥ずかしくない大覇天闘技会の幕開けだったと言えよう。大覇天闘技会を主催する王都大学堂教師陣を代表し、このウィルバード・ヴァーミンガム学堂長が勝者敗者区別なく賛辞を贈ろう。皆のもの、健闘を称える」
ヴァーミンガムが言い切り、バッと両手を広げると、大衆の至る所から疎らに拍手が起こり始め、次第に割れんばかりの拍手が広場を彩った。
その様子を満足気に眺めた後、ヴァーミンガムはスッと手を挙げ、再び話し始める。それと同時に拍手も鳴りを潜めた。
「また、二日後の正午に第二予選の概要をこの場で発表したいと思う。第一予選突破者はその日までゆっくり休み、英気を養うがよい。そして、この大覇天祭はまだまだ催し物も多数あるからの、存分に堪能し、闘技会だけでなく祭りとしての思い出も作ってくれい。では、解散じゃ」
ヴァーミンガムはそのまま壇を降り、教師陣の中へ紛れていった。
そして、その場に集まっていたもそれに倣って広場を去り始める。そんな中、ソージへ一直線に走って来る二人の生徒がいた。ルークとミシェットである。
「ソージ先生ー!俺たち第一予選突破したぜ!」
「おぉ、それはおめでとうございます。でも、闘技会はまだまだこれからなので、しっかり気を引き締めて頑張りましょうね」
「おう!言われなくったって、バリバリに気合入ってるぜ!」
ルークは少年の様に曇りのない笑顔でサムズアップし、ソージへの信頼度を垣間見せる。ソージもまた、うんうんと頷き、ニコニコと柔らかな笑顔を見せる。
「ところで、ソージ先生。いつ第一王都へいらっしゃったんですか?」
何気なしにミシェットがソージへ尋ねる。そこに疑念や不信などの感情はもう無く、ただ単に質問を投げかけただけだ。
「えぇ、先ほど到着しました。第一予選が終わって、講評が広場で行われると聞いたので飛んできたところですよ」
「それはそれは、お疲れ様です」
ミシェットもニコニコと淑女らしい笑みを浮かべてソージと言葉を交わす。実に微笑ましい平和なやり取りだ。
「そうだ、第一予選突破のお祝いを兼ねて、どこかカフェにでも行きませんか?お代は僕が払うので」
「え、いいんですか!?」
「よっしゃぁ!ソージ先生ありがとう!」
ソージの提案に二人は食いつく。
余談だが、貴族のお小遣い事情には大別して二種類ある。一つは何の不自由も無いように子供には好きなようにお金を使わせるという、所謂甘やかしタイプ。もう一方は、貴族の一家だが過度に甘やかしたり、お金の大事さを子供の内から理解させないのはダメだという方針の基、あまり大きな金額を与えないという、きっちりタイプだ。
ルークとミシェットの家は後者にあたる方針を取っており、二人とも自由に使えるお金はあまり持っていなかった。それ故に、大人の奢りとは、中々に魅力的なものなのだ。ついでに第一王都の物価は高いというのも理由の一つだ。
「ではそうですねぇ、あそこのカフェはどうでしょう?」
そう言ってソージが指差したのは、素朴な印象を抱かせるカフェだった。煌びやかではないが、決して安っぽくはない店の風貌は、どこか落ち着きを感じさせ、いかにもソージらしいチョイスだった。
ルークとミシェットにも反対意見は無く、三人は早速そのカフェへと向かった。
カフェの席に座った一行の話題は、主に第一予選のことであった。どんな相手と戦い、どのように勝ったか。ルークは戦闘時の興奮を思い出して饒舌に、ミシェットは作戦を読まれ想定外の奇襲を受けたことを思い出し、苦笑いしながら一部始終を語った。
それをソージは時に頷き、時に驚いたように声を上げて、会話を楽しんだ。
そんな風に、注文していた仄かに甘いクッキーを咀嚼し、紅茶を飲んで話していると、第一王都大学堂の校章が刺繍されたマントを羽織り、ずいぶんと身長差のある一組の男女が店を訪れた。その者達はルークとミシェットにとって、よく見知った者達だった。
「む、君たちもこの店に来ていたのか」
「この店は隠れ家的存在だったのに、ね。ファトム」
そう、第一予選で死闘を繰り広げたファトムとミエルだ。口振りからすると、二人はこの店の常連らしい。
「あぁ、この方たちがファトムさんとミエルさんですか」
先ほどの会話で二人のことを聞いていたソージが口を挟む。すると、ファトムは訝し気な目を向けて、ソージを見、ルークに何気なしに尋ねた。
「ん?この人は一体?」
「あぁ、第二王都大学堂の教師で、ソージ先生ってんだ」
「どうも、ソージと申します。つい最近第二大学堂の教師になったばかりの新米なので、よろしくお願いします」
ルークの紹介とソージ自身の挨拶に対し、ファトムは「どうもご丁寧」にと言いつつぺこりと頭を下げた。そうして、ついでに俺たちも相席しようかとミエルに尋ねようとした瞬間、人見知りの激しいはずのミエルが、珍しくポツリと口を出した。
「おかしい、ね」
「ん?何がおかしいんだい?」
急に変なことを言い出したミエルに対し、ファトムが柔らかい口調で意を尋ねる。すると、ミエルは真っ直ぐソージを見つめ……否、睨みつけて言葉を紡いだ。
「新任教師はまず初めに第一王都大学堂で紹介を経てから各大学堂へ就任するのが通例。なのに私はこの人のことを知らない。そのことがどれだけおかしなことか分かるよね?ファトム」
「確かに言われてみれば……」
普段喋らないミエルのまくしたてるような口調に少し圧倒されながらも、言われた内容に思う節があり、顎を摩る。そうして、間髪入れずに置き土産の様に一つ言葉を漏らした。
「あなた、本当に教師?」
平和で穏やかだったはずの店内がピリッとした雰囲気に支配される。ルークとミシェットは困惑したような表情でソージとミエルを見る。第二王都大学堂の学生はその様な通例を知らないため、何の違和感も覚えなかったが、第一王都大学堂で優秀な知性を持つミエルにはその事態がとてつもなく大きな違和感に感じたのだ。
主にミエルから威圧感が漏れ出る中、ソージはフッと表情を崩した。まるでかつて奇襲へ現れルークとミシェットを追い詰めていた時のファトムの様に余裕綽々な態度で。
「あぁ、そのことですか。えーっと、僕は『魔物学』を教えていまして、僕が就任した時期とカリキュラムが始まる時期のタイミングの関係で、第一王都大学堂での紹介が成されないまま第二王都大学堂の教師として派遣されたのですよ。ですので、元々この大覇天祭の最終日に、学堂長の挨拶と一緒に紹介される予定なのですよ」
まるで用意されていたかのようにつらつらと並べられる解答。その台詞群に綻びは見受けられず、ミエルは訝し気な目線を外せないままでも、これ以上の反撃は出来なかった。
それに、ソージに懐いているであろうルークとミシェット、そして鈍感でこういう場面では全く使い物にならないファトムがいては、分が悪いとミエルは判断した。
「そう、そういうことだったの、ね。変に疑ってごめんなさい、ね」
口調を平生のものに直し、呟くように謝ると、サッと長身なファトムの後ろに隠れた。
「ふむ、相席でもして少しお話でもしようかと思っていたのだが……ミエルがこの調子では些か厳しいね。今日は出直すとするよ」
ファトムは少し思案顔を作って考え事をした直後、店の席に座ることなく、店を立ち去って行った。ミエルはファトムにくっつくようにして一緒に出ていく。
そんな様子を眺めながら、ルークはハッと思い付いたかのように話し出した。
「ファトムの奴、戦ってる時とはずいぶん話し方違うよな」
「あぁ……確かにそうね」
第一予選で戦った時は妙に悪態をついたり、荒々しい言葉を使ったりしていたファトムだが、今日は終始落ち着いた口調だったことを思い出した。因みにソージは何のことか分かっておらず、ボケッと話を聞いている。
「戦ってるときは口調が変わるタイプって奴か?」
「ミエルちゃんがいると口調が大人しくなるっていう可能性もあるわよ」
そうして、止まっていた会話が再び動き始る。なんてことのない日常を、勝利の余韻を噛みしめながら楽しみ、少年少女の顔には笑顔の花が咲いた。
「ソージは行方不明。ユーラシもガラシャラも死んだ。皆、ワシを残していくのぉ。残され人はいつだって辛いものよ。じゃが、この命尽きるまで、ソージだけでも救って見せよう。生きてるのか死んでいるのかも分らんが、可愛い教え子を諦めるわけにはいかん」
それは全てを捨てて歩き出す。




