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第17話:大覇天闘技会・最強の相棒3

 ファトム・ラージストは焦っていた。こんなはずではなかったと。確実に仕留められるプランを用意し、実際そのプラン通りに事は運んでいたはずなのに、何故こうなったと。完璧だった、余裕だった、最後の詰めの一手すら打たれていた。しかし、それが崩された。最後の最後で想定外の解答を見せつけられ、ファトムの顔から余裕の笑みが消えた。レールから外れた瞬間から頭の中に突如かかった霧は晴れず、意識は散漫としていた。


「おらぁ!ボケッとしてんじゃねぇぞ!」


 その怒鳴り声にハッと意識を浮上させると、爆発を直に浴びてボロボロのはずのルークが炎を纏わせた長剣を刃が霞む様な速度で水平に繰り出しながら迫っていた。咄嗟に防げないとファトムは判断し、足元から小さな土壁をせり出させ、その勢いを利用して後方へ跳んだ。先ほどまでファトムが居た場所を猛烈な加速をしながら斬撃が通過し、ブォンという風の音がその威力を顕著に伝える。


 ファトムは再びルークの間合いまで自分を入らせないために樹を展開するが、その動きはファトムの意識レベルを表すかのようにぎこちないものだった。さらに、体の中に倦怠感も感じ始め、小さく舌打ちする。

 そう、これが戦闘能力に特化した『樹属性魔法』の最大の弱点だった。樹の一つ一つを独立起動させるためには相当な集中力を擁し、一度落ち着きを失ってしまえばとたんにその操作力は著しく落ちてしまう。そして、魔法を起動させるために魔力を使って樹の成長と変質を繰り返しているため、時間を掛ければ掛ける程、凌がれれば凌がれる程、加速度的に魔力の消費量は上がってしまう。

 つまり、『樹属性魔法』は長期戦や持久戦には向かず、満足に戦闘を行うには『極限の集中力』と『絶大な魔力量』を維持し続ける必要があるのだ。その上、ファトムが『樹属性魔法』に覚醒したのはつい最近であり、まだ慣れきっていなか(・・・・・・・・・・)った(・・)。だからこその、戦闘を出来る限り減らし、多少時間は掛かっても確実に取れる作戦だったのだ。


 集中力も切れ、魔力も底をつきかけているため、これ以上の長引きは、勝率を下げるだけとなってしまう。


「ハァ……フゥ……君も、中々しぶといな」

「へっ、こちとら意地でも優勝しなきゃならねぇからな。こんなところ(・・・・・・)で負けるわけにはいかねぇんだよ」


 片や疲労困憊で魔力も底をつきかけており、片やボロボロの体を引きずる満身創痍。だが、闘志だけは己の状態に反比例するかのように熱く燃え上がっている。睨み合えば睨み合う程、目の中の炎は大きさを増し、戦闘に飢えた獣のように獰猛な表情が形作られていく。


「『茨咲き誇る道(ローズロード)』!」


 先に動いたのはファトムだった。細長い円錐状の土の刃がファトムの足元からルークに向けて無数に生え迫る。ファトムにはもう『樹属性魔法』を一発撃てる程度の魔力しか残っておらず、ここぞと言う時の切り札にするためにあえて樹を使わず、消費の少ない『土属性魔法』を使用して魔力の温存をしながら攻めることを選んだのだ。

 しかし、それでは当然決定打にはならず、ルークは一跳びで刃を回避しつつファトムへ迫った。そこからの流れは、ファトムの一手一手をルークが確実に潰しながら、徐々に放つ刃を決定打へ近づけていく作業だった。

 しかし、ファトムも当然考えなしに魔法を放っているわけではない。それは相棒がミシェットを倒し合流するための時間稼ぎと、確実に樹を直撃させるための詰め作業でもあった。

 つまり、お互いが自身の決定打を相手へ確実に当てるために追い詰め合っているのだ。


 そして、攻防の始まりから三分ほど経った頃、洞窟の入口方面……つまりルークの後ろ側の方から人影がよろめきながらも確実にやって来るのをファトムは戦闘中の傍ら視界に収めた。

 そうしてその数秒後岩陰から出てきたのは――――――


 ―――――――小柄な女子生徒……ファトムの相棒であるミエルだった。


 その姿を確認した瞬間、ファトムの口角はグイッと持ち上がる。

 時間稼ぎが功を奏したのだと、これでもう勝ちは揺るがないと、そう確信すると自然と精神的な余裕は戻り、笑みは深まる。君はよく頑張った、しかしこれでもうおしまいだ、と勝利宣言をしようと口を開いた刹那、その余裕は無残に消し飛んだ。


「待たせたわね、ルーク(・・・)


 ミエルが登場してすぐ、そのまま前のめりに倒れ、ミエルを追うかのように次に岩陰から出てきたのは……ミシェットだった。ルークと同様にかなりボロボロな恰好をしているが、しっかりと二本の足で立っており、まだ余力があると窺える。


「ごめん……ね。ファトム」


 ミエルは倒れ伏したまま潤んだ声で謝る。その声はとてもか細く、痛ましい音声だった。ファトムはグッと心が痛むのを感じ、ギシリと奥歯が音を発する。ミエルは普段接している時は無口で、かと思えば口を開けば逐一小憎たらしく、感情の起伏もあまり見せないが、それでも王都大学堂の中等部に入学して以来六年間の付き合いとなる大切な友人だった。

 だからこそ、今晒している痛ましい姿と涙は、ファトムの感情を激しく揺さぶり、『樹属性魔法』の力をもう一歩先の段階へ押し上げるトリガーとなるには十分なものだった。


「うおぉぉぉぉぉあああああ!!!!」


 ファトムの怒号と共に洞窟……いや、大地が鳴動し、地中より地面を引き裂き、先ほどまで使っていた樹を遥かに上回る物量の樹々が姿を現す。本来ファトムの魔力はもうほぼほぼ尽きているはずのだが、魔力とはすなわち精神エネルギーの一種であり、術者の感情が激しく波打ち熱く高鳴れば高鳴る程、その力は限界を超えて倍以上に膨れ上がる!


「『世界樹の子供達(ユグド・レシル)』!!」


 夥しいまでの樹々がお互いを邪魔することもなく空間中に展開し、狙いを定めてルークへ迫り来る。

 それを視認してから、魔法を行使して、少しでも樹の数を減らそうとミシェットが一歩前に出るのを、ルークはスッと手を挙げ制した。


「アンタ、一人でやるつもり?」

「……わりーけど、これは男同士の戦いなんだ。手を出さないでくれ」


 ミシェットの文句に対して、ルークはそれだけ言うや否や一気に加速し樹々へ突っ込んでいった。もうこうなったら作戦も何も無い。言うなれば、これはただの意地の張り合いだ。ここまで戦ったからこそ、本来ならばミシェットとミエルの勝敗が付いた時点でもう終わっている勝負だからこそ、男には背を向けてはならない一線がそこにはあった。ミシェットは溜息をつきつつも、ルークの意思を尊重し見守る体勢に入った。


 右左上下正面背後、文字通り四方八方からの攻撃を切って躱して、徐々に数を減らしていく。しかし、その攻撃の密度も速度も精巧さも今までとは段違いであり、数を減らす以上にルークの体力が削られていった。さりとて、ファトムも状態は似ており、限界を超えて使用されている魔力は体にも精神にもかなりの負担を強いており、少しでも気を抜いてしまうと今すぐにでも倒れてしまいそうだった。


 そして、激しい攻防が最高潮に達した頃、決着の時は訪れた。


 己の真の限界が近いのを感じ、ファトムは勝負に出た。全方位からルークを貫かんと最高速度で放たれた樹の刃。絶対に逃げられない刃の牢獄で、完全に仕留めにいったのだ。そしてそれと同時に、ルークは動きを止めた。


「チャージ、完了だぜ」


 ルークの宣言と共に体が燃え上がる(・・・・・)。いや、燃えているというのは些か語弊があり、まるで燃えているかのように見える程、火属性魔力が迸っているのである。これこそがルークの切り札、スキル【蓄積燃焼】だ。

 このスキルは発動中、通常の二倍魔力を消費しながら力を溜めていき、限界まで溜まると燃焼モードへと覚醒する。このモード中も魔力の消費がかなり激しいが、こと戦闘時においては無類の強化を使用者へもたらす。

 火属性魔力の持ち主かつ、前衛型で、使用に耐えうる魔力量が無ければまともに使えない上に蓄積時間も長いが、それらの条件をルークは全てクリアした!


 ルークが全力で踏み込んで前方に突っ込む。樹々は全方位に展開しているため一点一点の防御は薄くなっていたからこそできた特攻だ。それでも通常なら樹々の攻撃速度に追いつかれて正面突破する前に大打撃を受けるのだが、燃焼モードのルークの瞬間速度は……『音』の領域へと追いついていた。


 刹那、瞬きすら許されない一コマの中で、ルークの刃はついにファトムへと届く。


「クソ……勝てると思ったんだけど……な……」


 僅かに残った炎の一閃の残像が消えたころ、ファトムは固い洞窟の地面に倒れた。もう、指を動かす体力も残っておらず、正真正銘魔力も切れた。完全敗北だ。


「さて、プレートは貰ってくぜ」

「ああ、好きにしろ。……文句はねぇからよ」


 燃焼モードが解かれ、通常状態に戻ったルークは、ファトムの胸元からプレートを剥がし、自分の胸へ張り付けた。これで五枚目……予選突破条件達成だ。あとは三日目の正午まで、つまり半日間奪われずに所持しておくだけだ。


「ルーク、やったわね」

「ああ、ところでそっちは大丈夫だったか?」

「ええ、最後にちょっと一発貰っちゃったけどこの程度ならあとで治癒魔法掛ければ大丈夫だわ」


 そんな会話を聞いていたミエルはふっと苦笑いを浮かべる。自分らしくないほど熱くなって放った渾身の一撃をこの程度と言われれば、苦笑いの一つは出てしまうだろう。



 そうして、二人は休息や回復を済ませた後も洞窟に居座り、ある程度回復したファトムらはそのまま洞窟を立ち去り、森の中へ消えていった。

 出ていく際に軽く挨拶していた時点で既に三日目の朝日はかなり頂上近くまで登っており、あと僅かで正午になるだろうというところだった。つまりもうプレートを五枚も集める時間はない。これでファトムとミエルは第一予選敗退決定なのだが、悔しさは表情の中に宿っておらず、逆に清々しそうな笑顔を浮かべていた。


 それから少し経った頃、どこからともなく閃光が上空に上がり、炸裂する。その光と共に鐘の様な音が鳴り響き、魔法で形作られていた自然ステージが魔力へと戻っていった。第一予選終了だ。


「よし!これで第一予選突破だぜ!」

「ええ!この調子で勝ち登っていくわよ!」


 パァンと景気よくハイタッチをする。その音は勝利の余韻と明るい未来を暗示するかのような甲高い音だった。



『ルーク・アルスフィル

 ミシェット・ファチウィード

 ギルセナ・アズドミナ

 マーク・サフィルス

 レージ・ウチミヤ

 バーシ・クルシェド

 ユキ・キクノ

 リュウジ・ツキザキ

 他十名』


 第一予選――――――突破!



 ◇



 土中深くに作られた通路。そこを多数の『何か』の影が蠢きながら静かに進む。その中には巨大な影や小さな影、そして人の様な形の影もある。


 彼らは秘密裏に進行する。主の命令を受けて。


 彼らは思考しない。主の命令があるから。


 彼らは破滅を願う。それが主の願いだから。


 彼らの軍靴の音は無い。しかしその無音の音色は後に崩壊へのカウントダウンとなる。


 ソージは馬車に揺られながら、第一王都を見据える。


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