第2話:秘事
「止まれ、ソージ」
ユーラシの背後について歩いていると、急に真剣味を帯びた静止の声で一行の歩みを止める。
「ど、どうしたんですかユーラ…」
「しっ!」
僕の言葉に被せるように今度は、静かにと言うジェスチャーをする。これに大人しく従った僕は余計な声を出さぬように口を手で押さえ、ピタリと体を静止させた。
「……木皮を削りながら這いずる音が聞こえた……十中八九、『鱗蛇』だ。見つかると面倒だし慎重に進むぞ」
ぼそぼそと小声で止まった理由を教えてくれるユーラシ。その表情は厄介なものと遭遇してしまったと言わんばかりの苦い顔で、よほどその蛇には見つかりたくないようだ。
うーん、確かに蛇は危険だけど距離もあってナイフもあるのだからそこまで警戒しなくてもいいんじゃ……。
と、楽観的なことを考えてると、頭上の木からガサガサッと一際大きな音が鳴り、その瞬間ユーラシが舌打ちをしながら僕の手を無造作に掴み引っ張り、後方へ飛び下がった。
「くそっ!見つかっちまってたか!」
「そ、そんなにやばい蛇なんで……」
言葉の途中で、何か巨大な影が先ほどまで僕が立っていた場所にボトリと落下する。よく見るとそれは僕の人差し指ほどの細さの蛇だった。
これだけ言うのなら、何の変哲もない蛇なのだが、この蛇は明らかにおかしな部分がいくつもあった。
そう、その体長は目算で、引き延ばせば二階建ての一軒家の高さと同じ位……つまり約13mと、今まで発見されてきた最大種の蛇(990cm)とは比べ物にならないくらい長く、体表にはびっしりと逆立った鱗がついており、極め付けには頭部の20cm程下には二本一対の蟷螂の様なギザギザの鋸チックな鎌が目立つ腕がついていたのだ。見るからに普通の生物ではない。
例えるならそう、悪魔が冗談交じりに造詣したような、そんな狂気すらも感じる。
「あークソ!こうなりゃぶっ殺すしかねぇか、あの蛇は一度見つけた獲物は逃がさねぇからな。ソージ!お前なんか魔法使えないか?」
「ま、魔法!?魔法って何ですか!?」
魔法って…まさかここってやっぱり異世界ですか!?いや、まぁずっとそんな気はしてましたけど!じゃあ……この状況ってもしかしなくても異世界転移!?
「はぁ!?『魔法』のことも分かんねぇのか!?」
僕があたふたしていると鼓膜が響くほどの大きな声を出され、思わずビクッと体が跳ねる。
あ、そうです、記憶喪失ってことになってるんですよね、だから一般常識も……って、あぁ!そんなこと言ってる場合じゃないです!
ユーラシと問答をしている隙に鱗蛇が体をバネのように弾けさせこちらにすっ飛んでくる。ギラつく双眼と鎌はとんでもない迫力で、つい叫んでしまいそうになった。
この世界の生物はみんな人間絶対殺すマンなんですか!?と言いたくなるほど、現在この森でおかしな猛獣としか遭遇していない。
しかし、そんなビビりまくる僕とは反対に、ユーラシは流れるような所作でナイフを抜刀し、冷静に鱗蛇を弾き返す。
「はぁ、ソージが戦えねぇってんなら仕方ねぇ、私が何とかしてやるよ!」
右肩をぐるぐると回し気合を入れるユーラシ。
か、かっこいい……だけど守られてばかりじゃ流石に情けない……僕にも何か出来ることを探さないと……。
「ね、ねぇ!僕に何かできることは!?」
「あぁ?ソージが何できるか分かんねぇし自分の『ステータス』見ろ。まさかステータスのことも分かんねぇなんて言わねぇよな?」
ス、ステータス?どうやって見るんですか?あ、これはあれですね、ラノベによくある感じで……
「ステータス」
発声と心声、どちらがステータスを呼び出すキーワードか分からないので、念のため言葉と共に心の中でも念じる。
すると頭の中に文字が雪崩れ込んできて……って、痛い!めっちゃ頭痛い!なんですかこれ!
『【来訪者】所持者を確認。特記事項に伴い、ユニークスキルの作成を行います―――――作成。ユニークスキル【生物操作*1】を作成しました。称号ポイントの精査を行います――――完了。称号【研究者】を付与します。それに伴いスキル【観察*1】を付与しました。これによりすべての工程が終了しました。ステータスを表示します』
そんな機械的な音声が頭に鳴り響くと、激しい頭痛も収まり、ステータスと思わしきパソコンのウィンドウの様なものが視界に展開された。
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名前:ソージ・ウチミヤ
種族:人族
LⅤ:1
スキル
【観察*1】
ユニークスキル
【生物操作*1】0/10
称号
【来訪者】【研究者】
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「こ、これがステータスですか…」
クイッと痛みで悶絶してずれてしまったメガネを直し、己のステータスを眺める。この【生物操作*1】というのはどんなスキルなんでしょうか……と考えた瞬間、ステータスの画面にパソコンのポップアップメニューの様に新たな画面が表示された。
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【生物操作*1】……その名の通り生物の行動や意思を操作するスキル。ただし人種と植物は操作できない。10レベルまでの生物を操れる。合計LⅤが10以下なら同時に多数の生物を操作できる。(例)LⅤ:5の生物を2体等。
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なるほど……これが僕の力ですか……。ならこの【観察】いうのは……?
今度は【観察*1】に注目し知りたいと念じると、先ほどと同じように新たな画面が表示された。
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【観察*1】…対象に注目するとその対象の名称と特徴、その物が持つ効果、生物ならLⅤを知ることができる。対象が人種なら何も情報を得ることが出来ない。
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うぅーむ、なるほど。僕にできるのは【観察】で相手のLⅤを知り、10以下なら【生物操作】で操作ってコンボですね。人種には効かず、相手にもよりますが、ハマればそれなりに強い能力ですねぇ……。この0/10と言うのは現在の操作生物のレベル合計でしょうか。ゲーム風に言えばコストですね。
「うわぁ!」
そこまで思考を纏めていると不意にユーラシの悲鳴が聞こえ、バッと考え込むように俯いていた目線を前に上げると、ユーラシが尻餅をついておりその隙を逃さんとばかりに鱗蛇が両鎌を高くかざし、飛びかかる寸前だった。
ユーラシが危ない!
「止まれええええええ!!!」
その瞬間の事はイマイチ覚えていない、恐らくユーラシを守らなきゃという思いで無我夢中だったのだろう。
全力で放ったその叫びに【生物操作】の力が重なったのか、鱗蛇は鎌を高く振り上げたままの体勢で固まり、ユーラシの足元に墜落した。鱗蛇は墜落した後も体勢を変えず、硬直したままだった。
場にしばしの静寂が訪れる。それも当然だ、何が起きたかなんて僕にしか理解できていないのだから。
「はぁ…はぁ……ユーラシ!大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ大丈夫だけど……これはソージがやったのか……?」
「は、はい……これが僕のユニークスキルだそうです……」
ユーラシはバッと立ち上がり、僕の元へ下がってきた。
どうやら見た感じ怪我はないようで安心です。
「た、助かったぜ……で、ユニークスキル……か、一体何ができるんだ?見たところ金縛りの様に見えるけど……」
「い、いえ、【生物操作】といって、金縛りではなく操作だそうです。先ほど止まれと叫んだために止まったままなのでしょう。自然に帰ってください!」
僕がそう言うや、鱗蛇は上げっぱなしだった鎌を下げ、森の奥へと消えていった。どうやらキチンと操作できていたようだ。ふと、ステータスを覗くとコストの部分が0/10になっていて、もう操作対象から外れていた。
一定範囲を離れると操作から脱するのでしょうか……自分の能力ですが、分からないことだらけです。
「ソージ」
うーんと自分の能力について考えていると、不意にユーラシに呼びかけられる。その声はいつもの柔らかい声ではなく、硬質なものだ。
「どうしました?」
「そのスキルのこと、絶対に、何があっても、誰にも言うんじゃねーぞ」
「へ?」
ユーラシの目は、鱗蛇の存在に気付いた時とは比べ物にならないほど真剣なものだった。
「いいか?【観察】ってスキルはありふれてるようなもんだが、問題は【生物操作】の方だ。元々ユニークスキルってのはめちゃくちゃ希少性の高いスキルなんだよ。それだけでも良からぬことを考えてお前を捕まえて売ろうと考える連中は五万といる。それに加えそのスキルの内容だ。ソージはそのスキルの強さがキチンと分かってないみたいだけど、本来魔物の調教には時間も手間もかかる、もちろん金もな。それをノータイムで完璧に従わせちまうと知られりゃ……」
「し、知られたら……?」
「確実に狙われる。お前ひょろっちぃしな」
ええええ!やっぱり異世界って危険じゃないですか!!人を狙うって何!?売るって何!?そんなことがまかり通るタイプの世界なんですか!?
「も、もし……捕まって売られたらどうなるんですか…?」
「ま、国に引き取られて実験動物みたいに扱われるか、人材コレクターとかいう悪趣味な富豪に買われて監禁暮らし……奴隷生活……良くても国に買われてその力利用して人間兵器……ってところだな。どれにせよ、ろくなもんじゃないだろ?だから隠しとけ」
「は、はいぃ……」
背筋がすぅーっと冷えるような感覚が通り過ぎ、僕は思った。
普通に恐ろしすぎます……異世界……。
◇
そうして森を歩いていると、だんだんと周りを囲んでいる木の本数が減り始め道が開けてきた。ようやく森を抜けれたようだ。
無事に森を抜けれた喜びを一人で噛みしめながらユーラシの隣を歩いていると、遠くの方に大きな石壁の様な物が建っているのが見えてきた。ユーラシによると、あの壁の内側に街が広がっているそうだ。
地球の街じゃとても考えられない風貌ですが、まぁあんな化け物と普通にエンカウントするような世界ですし、街には壁が建てられているのは当然と言えば当然ですね。
「よぅし、見えてきたな。あれがリズナールって街だ。そろそろつくぜ!」
「あぁ、やっとですかぁ~」
あの鱗蛇の他に魔物と遭遇はしなかったのだが、基本インドアな僕に獣道を歩き続けるのは流石に堪えた。
しかし、僕に比べユーラシはピンピンしていてまだまだ元気そうです。むむぅ…これが僕とユーラシの差ですか……まず体力をつけないといけませんかねぇ。
「あ、そういやよ、ソージお前『ギルドカード』持ってるか?」
ギルドカード?街を目前に、まさかの新ワードが出てきましたぞ?
言葉の響き的に冒険者ギルドの会員証兼身分証みたいな物でしょうか?もしかしたら、それがないと街の外に出れない……っていう可能性もありますね。
でもここでギルドカードって何?と聞くとまたおかしな人扱いされる、今更感満載ですが、ちょっと嫌です!ですので、持ってない方向で話を進めましょう。
「ギルドカード……持ってないですねぇ」
「ギルドカードもねぇのかよ……お前、逆に何を持ってんだ?」
「この身一つです」
ユーラシも呆れてはいますが、そこまで慌てているわけでもないので、多分なくてもペナルティはそこまで重くないのでしょう。
「……まぁいいや。魔物に襲われて落としたって事にしときゃ言及はされねぇだろ。そんな奴はたまにいるからな」
「だ、大丈夫なのでしょうかぁ……」
それでも一抹の不安を感じずにはいられないとは、僕も筋金入りの小心者ですねぇ、今更ですが。
と、そんなことを考えながらもう目前まで来ている街へと歩を進めるのであった。
◇
街の門の目前まで近づくと、西洋の兵士が着ている様な鎧を身に纏った男が槍で行く手を阻む。
居住まいからして、この人は門番さんでしょうか?
「身分を証明できるものを」
声は穏やかなものですが、その目は真剣そのもので、絶対に不審者はこの街に入れない……と言った思いが垣間見えます。ちょ、ちょっと眼光が鋭すぎて怖いです……。
「ほい、ギルドカードだ」
ユーラシは慣れているのか、背中のポーチからカードの様な物を取り出し門番さんに手渡す。そのカードにさっと目を通した門番さんはあっさりとユーラシにカードを返した。この間、僅か5秒だ。
「そっちの人は……?」
「え……!あ……!僕は……!」
鋭い眼光が今度は僕を射抜く。
あぁ、めっちゃ怖い、怖すぎて声が上擦っちゃいました……。
と、若干プルプル震えてどもる僕を見て、ユーラシは溜息交じりに助け船を出してくれた。
「はぁ……こいつは魔物に襲われて森の奥で倒れてたんだ、魔物から逃げる時にギルドカードは落としちまったみてぇだがな」
あ、ありがとうございますユーラシ……。
「そうか……ではギルドカードを再発行するまではユーラシと共に行動するように、わかったな?」
「はい!わかりました!」
ビシッと気を付けをして門番さんに敬礼する僕、傍から見たらかなり滑稽でしょう。門番さんはあまりの切り替えに若干たじろいでいますが。でもそんなのは些細なことなのです。
そう、もう少しユーラシと一緒にいれるなら、ね。これはラッキーですねぇ。
「よ、よし、じゃあもう通っていいぞ」
これまで道を遮っていた槍をすっと上げ、道を作ってくれた。
さてさて、異世界の街並みは一体どんなものなのでしょうか……これはワクワクが止まりませんねぇ!