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第11話:友人と勇者

 

「『大覇天祭』まで……あと少し、ですわね」


 眼下に広がる第一王都の街並みを眺めながら、煌びやかなドレスを纏った女性はポツリと呟いた。彼女が立っている場所が高所故か、常に吹いている風がオレンジに近い色をした髪を揺らす。

 彼女の名前はユラミス・ウィ・アドルグ。アドルグ王国の第一王女にして、レージたち勇者をこの世界に召喚した張本人だ。


 今、彼女の目には目前に迫った祭りの準備に勤しむ街の光景が映っている。一年に一度、この第一王都で開かれる祭典は国にとっても重要な行事だ。職人たちや商人、住人たちもその日を楽しみにしており、高揚感は街全体を包んでいた。


 そして、例年よりもこの祭りは国にとって重要な祭りになるだろう。『大覇天闘技会』にて勇者の存在をついに公開する。御伽噺の存在である勇者を、その実物を広く浸透させるのだ。そして、迫りくるバラシェラの予言の日のことも。

 王族として、まだレージ達と同じほどにしか年を重ねていない彼女にとって、それはひどく緊張させるものだった。不安なのだ、勇者の存在、そして予言の存在。それらを民が受け止め、認識してくれるのか、と。


「よう、ユラ。なんだ?そんならしくない顔して」


 そんな不安の中、突然肩を叩かれ、声をかけられた。王国最高権力者の一族……しかもその中でもかなり上位の発言力をもつ第一王女を愛称で呼び、且つそんな口を利けるのはこの王城の中では極限られている。国王と王妃、そして……


「レージですの、何でもありませんわ。それよりも、大覇天祭中に王城を抜け出して城下をお忍びする準備は出来てますの?」


 勇者だ。そしてユラミスとここまで対等に話せるのはレージのみだった。


「うへぇ、お転婆な王女様だこと。大丈夫だぜ、竜司と有希にも協力してもらうから抜かりはない」


 ユラミス・ウィ・アドルグは見た目こそふんわりとしていて物腰柔らかそうな雰囲気を纏っているが、その正体はかなりのお転婆王女だったのだ。レージは出会った当初、そのギャップに仰天したが、そのお転婆が功を奏したのか、それなりに仲良くなった。


「そ、リュウジとユキもいてくれるなら安心ですわね。レージ一人じゃ不安ですもの」

「こっ……この王女はぁ……!」


 サラリと吐き掛けられた毒にレージはブルリと怒りに震えそうになったが、これはもういつもの事なので、一々気にしていても無駄という結論に至っている。

 そして、日を追うごとに増す毒も、不安の表れだという事をレージは知っていた。


「はぁ、大丈夫だって」

「何がですの?」


 レージは不安を拭ってやろうとちょっとした励ましの言葉をかけてみるが、ユラミスは何の意地か平静を装う。ユラミスは幼いころから自分より遥かに年を重ねた大人と触れ合っていたせいで、同じ年の、対等な友人との付き合い方を知らないのだ。心では素直に接せばいいのにと思っているが、どうしてもツンケンなことを言ってしまうのが彼女の最近の悩みだ。


「俺がバシッと優勝して、勇者の名を国中に轟かしてやるよ!」

「……それはせめて予選を突破してから言ってくださいまし」


 ユラミスは満面の笑みを浮かべてそう言うレージをジッと見ていると何故だか気恥ずかしくなり、プイッと顔を逸らし、ポツリと呟いた。鳥籠の中の彼女にとって、この時感じた顔が熱くなるような感覚も、胸がドキリと一瞬高鳴る感覚も、何一つ知らないモノだった。



 ◇

 その日の夜、ユラミスはユキを自室に呼び、密やかな女子会を開いていた。この感情の正体を知るために、同じ年の唯一の友人であるユキに相談しようと思ったのだ。


「へぇ~そんなことがあったんですねぇ」

「そうですの、でもそれがなんなのか分からなくて……」


 二人で大きなベットに腰かけていたユキは少し考える仕草をしたのち、ポンと拳の側面で掌を叩く。そしてそのままイタズラな笑みを浮かべると身をユラミスの方へ乗り出しながら口を開いた。


「王女様ぁ、もしかしてレージに恋しちゃったんじゃないですかぁ?」

「恋……ってなんですの?」


 どんな可愛い反応が見れるやらと内心でニシシシとほくそ笑みながら言ったユキにとって、ユラミスの素っ頓狂な表情は予想外だった。そして放った言葉も予想外だった。


「こ、恋を知らない……だと……?」

「あ、あの……ユキ……?」


 ユキはワナワナと体を小刻みに震わせてベットに崩れ落ちる。


 恋をしたことが無いのならまだ分かるよ。王女様は一国の姫として自由恋愛は難しいだろうし経験が無いのも頷けるけど……。だけど……だけど……!


「ダメ!ダメだよ!」

「ひぇっ!?」


 突如大きな声を出されたユラミスは飛び上がり、びっくり仰天と言った様子でユキを見つめた。ユキの眼は何らかの決意が灯っているようにも見える。


「ダメだよ王女様!こんな……こんなめちゃくちゃ可愛いくて私たちと同じ年の女子が恋を知らずに生きるなんて!それに王女様は自覚してないだけでレージに恋してるの!勇者と王女……何の問題は無いよね!?」

「と、言われましても……」


 ユキは猛然とユラミスをまくし立てる。

 しかし、恋を知らぬユラミスにとって、そんなことを言われてもただ困惑するばかりで、どうしたらいいのかなんて皆目見当もつかなかった。


「大覇天祭中にお忍びで街に行くんでしょ?レージと一緒に。だったらそこで猛烈アタックしなきゃ!」

「は、はぁ……」


 その後、二時間に亘りユキの恋愛セミナーを受けたユラミスは、恋が何たるかを教え込まれた。しかしそれはほとんどユキの経験談に過ぎず、結局ぼんやりとしたイメージしか掴めなかった。

 だが、ユラミスは人生で初めて経験した『恋バナ』にちょっとした楽しさを抱いたのは、鳥籠の中の令嬢にとって、いい刺激だったのかもしれない。



 ◇


「なぁバーシ。お前は闘技会参加するのか?」


 時は放課後、レージはあの件以来すっかり仲良くなり、行動を共にするようになったバーシと談笑している時、ポツリとそんなことを尋ねてみた。


「い、いえ、僕は参加しません」

「ん?なんでだ?」

「僕……弱いですし……出たって恥をかくだけですよ、ハハッ」


 バーシは俯きながら乾いた笑い声をあげて答える。

 彼はもう高等部三年だ、出場するチャンスは今年が最後。闘技会は日々の努力を発揮する舞台でもあるのだが、自信のない彼はその舞台に立ちたくないらしい。


「でもよ、バーシ結構努力してんじゃねーか。魔法学部の成績だって上位に入ってんだろ?勿体ねーぜ」

「でも……自信が……」


 尚も拒むように首をふるバーシ。レージはその姿に自身の兄である創慈を重ねた。確かに、自分に自信のない人は五万といる。しかしそんな自分を変えれずにいると、ずっとそのままだ。特にこんな世界では、苦労することになるだろうと。

 要するにレージはバーシに自信をつけさせてやりたかったのだ。元々、レージは熱い性格の人間ではないが、バーシの努力を知ってるが故に放っておきたくなかったのだ。


「よーし、じゃあ自信がつけばいいんだな?ちょっとついて来い!」

「え、えぇ!?ちょっとレージ君!」


 強引に手を引かれてどこかに連れていかれるバーシ。その表情は困惑に満ちており、どこに向かおうとしているのか、レージが何を考えているのか分からなかった。


 ここで、バーシ・クルシェドという青年の事を説明しよう。

 彼は大学堂では魔道具学を専攻し、考古魔法学を研究している高等部三年生で、下流貴族の末っ子として生まれた。姉が二人に兄が一人、兄姉の三人は魔法の才能があり、優秀で、大学堂時代の評価も高かった。だが、バーシはそんな兄姉とは違い、神は彼に卓越した魔法の才能は与えなかった。あまりにも違う自分と周りの差。彼はどんどん自分に自信を失っていった。

 しかし、彼には魔法の才能は無いが、ある才能があった。それは、研究と応用、そして物作りの才能だった。

 応用力を十二分に活かす才能を持つ彼は本来は強いのだ。しかし自分に自信が無いが故にその才能は埋もれてしまっているのだ。



 そうして、レージがバーシを引き連れて到着したのは、大学堂内にある訓練場。普段は魔法や実戦の実技用の広場として使われているこの場は、大覇天祭が迫った今、生徒たちが模擬試合を行うために開かれているのだ。

 そして、そんな場所に連れてこられたバーシは嫌な予感をひしひしと感じていた。


「えーっと、いたいた」


 レージがキョロキョロ誰かを探していたのも束の間、その目的の人物を見つけたようで、視線がその先に固定された。バーシもその視線を追ってみると、その先に居たのはなんと、レージに出会うまで常習的に自分に絡んできたアビラ・マミライだったのだ。


「レ、レージ君!?まさかとは思うけど、あのアビラ・マミライと戦えって言うんじゃないですよね!?」

「おう、そのまさかだ」


 ニヤリと口角を上げたレージの顔を見て、バーシは顔面が蒼白になっていくのを感じた。アビラはこの前レージにあっさりやられたが、実は騎士学部でもそれなりに上位に食い込む実力者なのだ。


「そんな……勝てるわけないじゃないですかぁ~!」

「いや、大丈夫さ。絶対に勝てる。俺が保証するよ」

「な、何を根拠に……って、あ!」


 必死にバーシが無理だと訴える中、レージはそれを無視し、口笛を吹きながらアビラへと歩み寄っていく。

 そして、バーシが引き留めようとするも虚しく、あっさりとレージはアビラのもとへ辿り着いてしまった。


「よぉ、この前ぶりだな。アビラ・マミライ」

「お、お前は!何しにきた!」


 突如現れたレージにアビラは二歩下がって気勢を発する。以前簡単にやられた相手だ、警戒するのも無理はない。その端整な顔も少し引き攣っているようにも見える。


「そんな警戒すんなって、大会出る前にバーシがお前を叩きのめしたいって言ってるぜ?」

「な、何言ってるんですか!?僕はそんなこと言ってませんし思ってもませんよ!?」


 レージに追いついた矢先、そんな爆弾発言を聞いてしまったバーシは必死に撤回させようとするが、それを邪魔したのはアビラだった。


「なぁに?バーシの野郎がこの俺を?」

「だ、だから……っ」

「いい度胸だ!そんなクソ生意気な口を二度と利けなくしてやる!」


 沸点が低いのがこの上流貴族アビラ・マミライの最大の特徴だ。もはやバーシの弁明は一切耳に入っていない。


 そうしてあれよあれよと展開はバーシを置き去りにし、否が応でもアビラと模擬試合をせざるを得ない状況になってしまった。

 何故か周りで模擬試合していた生徒や個人練習に打ち込んでいた生徒までギャラリーの様に集まってきており、逃げ場は存在しなくなった。


「ルールは魔法ありの一本勝負だ。先に決定打となる魔法を当てるか、首に木剣を当てた方が勝ちだ」


 ノリノリで進行を務めているレージ。周りの生徒も興味津々と言った様子で見ており、相手であるアビラはボロ雑巾にしてやると息巻いている。

 バーシは、恨みますよレージ君と内心で呟き、アビラと向き合う。どうやら覚悟を決めたようだ。それが戦う覚悟なのか、それともやられる覚悟なのかは分からないが。


「よーし、準備は出来たな?始めるぞ!」


 そして、レージは右腕を高らかに掲げ、宣言した。


「んじゃ、模擬試合!開始!」




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