第6話:友好な勇者
偶に、ふと思うんだ。今頃、父さんや母さん、学校の友達、そしてあの気弱な兄貴は何をしてるんだろうって。行方不明になった俺たちを心配してるのだろうか、必死に捜索してるんだろうか。
恐らく、一番心配してるのは兄貴だろう。臆病で、気が弱いけど、優しいから。大学の研究も手に付かないほど心配してるかもしれない。
帰りたいと、思わないとは言わない。正直、今すぐにでも帰りたいよ。でも、勝手に拉致まがいな召喚をされても、俺たちは無関係だと切り捨てることは出来なかった。あの縋るような眼、申し訳なさに押し潰されそうな眼。あれを見て無情な言葉を吐き捨てれるほど、俺の心は色褪せてなかった。
そして、あったはずの学校生活にも思いを馳せることがある。だけど、一か月前にこの第一王都大学堂に編入してから学校生活を取り戻したような気がして、少し楽しい。入ったのが高等部三年なだけあって、今年で卒業ということには目を瞑らなければいけないが。
まぁ、実際に王城暮らしは不自由は無いがイマイチ楽しさに欠けていたし、初めの内は魔法だの剣だので興奮しっぱなしだったが、一か月もすると慣れた。少ない期間とは言え学校に通えるなら万々歳ってところだ。
そして俺たち三人はそれぞれ『騎士学部』『魔法学部』に分かれて編入した。魔法学部はその名の通り魔法を中心に学ぶ学部で、俺の編入した騎士学部は剣術などの戦闘学を中心とした学部だ。騎士と名がついているが、別に騎士道を学ぶだとか護衛法を学ぶわけではない。ただの戦闘学部だ。
「では、今日はここまでだ。第一王都の話ではないが、第二王都で行方不明者が多発している事件が発生しているらしい。街同士が離れているからとて油断するなよ?その気になればここから最短六時間ほどで第二王都まで行けるのだからな。じゃあ、皆気を付けて帰るように」
先ほどまで教鞭を振るっていた俺たちのクラスの担任、クルシュア先生は自分の生徒に注意喚起した後教室から出ていった。
この後は竜司と有希の二人と合流し、王城に帰ることになっている。あぁ、因みに俺たち三人は学堂の寮ではなく王城から登下校しているんだ。王城から馬車が送られてきていて、それでいつも行き帰りしているのだが、やはり送迎は気恥ずかしい。ある程度の格式をもつ貴族なら当たり前だそうだが、やはり日本人気質なのだろうか。少し遠慮してしまう。
「じゃあまた明日な~」
クラスの友人に軽く挨拶し、教室から出る。いつもの集合場所は大学堂の玄関口だ。竜司と有希は同じクラスなので、終われば一緒に来るだろう。
帰りや学会のためまばらに生徒が行き交う廊下をするりと抜けて、玄関へと辿り着いた。どうやらまだ二人は来てないらしい。これでは完全に手持ち無沙汰だ。暇だ。
五分ほど待っただろうか、それでも二人がやって来る様子は無く本格的に暇を感じてきてしまった。それこそ無意味に玄関から出ていく生徒たちをボーッと眺めるくらいには。
「おぉい、弱小貴族のぼっちゃんよぉ。何慌ててんだよぉ」
ボーッと行き交う生徒を眺めていると、ふいに少し離れた廊下の隅から人をからかう様な声が聞こえたので、そちらに顔を向けると、一人の男子生徒を囲んでいる男子生徒三人が見えた。囲まれている男子生徒は、両手で本を抱えており、怯え切った表情を浮かべていた。
それに気を良くしたのか、三人のリーダー的な奴の口撃はエスカレートしていく。
「なんだよ、生まれたての赤ん坊みたいにプルプル震えるなよぉ。まるで俺らがイジメてるみてぇじゃねぇかよぉ」
「ひぃぃぃ!」
威圧するかのように時たま壁や床を叩く。その音や勢いにまた囲まれている男子生徒は情けない声を上げて萎縮する。男はそれが楽しいようだ。
そして間髪無く、聞くに堪えない雑言と共にギャハハと下品な笑い声が吐き出される。全く、異世界でもこんなことが起きるんだな。いや、イタズラに子供でも力を持てる世界だ。こんな奴がいてもおかしくはない、か。
もし、こんな場面に遭遇したら、兄貴ならどうするかな。……いや、そんなこと考えても意味は無い。答えなら、一つしかないだろう。
「はぁ……見てられないな……」
面倒ごとには直接関与したくないが、こう目の前でやられて見て見ぬふりをするのは精神衛生上よろしくない。このまま帰ってモヤモヤするのなら、そんな原因は排除するべきだ。
そして、これでも、曲がりなりにも、俺は勇者だ。少しぐらい課せられた役目を果たしておいた方が、気持ちよく明日を迎えれるってモノだよ。それに、結構どこからも見えにくい場所での犯行だ。これも何かの縁……かな?
「おい、止めろよみっともない」
「あぁ?……なんだお前は」
リーダーっぽい男の肩を掴むと、愉快爽快な気分に水を差されたと言わんばかりに、青筋を浮かべて俺を睨みつけてくる。近くで見るとそれなりに顔は整っているように見えるが、今は怒りに歪んでいて、大変醜い顔だ。ゴブリンかな?
「お前……見たことない奴だな……少なくとも貴族会じゃ見たことは無い……。つまり、庶民か……」
何やらブツブツと呟いた後、歪んだ顔を柔らかくし、フッと鼻で笑った後、嘲るような目線をぶつけてきてから顔を俯かせた。それと共に段々と拳が固く強く握られていくのが見える。
「この……この王国屈指の上級貴族であるこの……!こぉのアビラ・マミライ様にぃ!糞庶民がそんな口を利いていいと思っているのかぁ!!」
バッと跳ねるように顔を上げて、顔を真っ赤にし、唾を撒き散らしながら怒鳴った。その形相は先ほどよりもより酷く歪んでおり、より一層醜くなっている。取り巻きであろう他の二人はこの事態についていけてないらしく、オロオロしていた。
あー、出たよこういう奴。親の権力を自分の権力と勘違いしちゃった系男子ね。それに学堂じゃ権力振りかざしたら手ひどい罰が課されるのを知らないのか?
「誰だよ知らねぇよ。えーっと、油まみれ君?」
「……っ!ぶち殺してやるクソカス野郎がああ!!」
我ながらヒドイ挑発だ。しかしそんな挑発も冷静でない今は効果覿面だったのか、さらに顔を赤くして殴りかかってきた。
しかし、そんな中咄嗟に動いたのは取り巻きの二人だった。流石に暴力沙汰はマズイと思ったのだろうか。
「お、落ち着いて!アビラ君!流石に暴力はマズイよ!」
「そうだよ!ただでさえバーシの奴をからかうのだってマズいんだから!」
二人がかりで押さえつけ、宥めようとしている。意外と取り巻き君たちは常識人なんだな。何というか、嫌々引き連れられてる感がすごい。
「うるせぇぇ!!こんなにコケにされて黙ってられるほど俺のプライドは安くねぇ!!」
しかしそんな言葉はこの怒れるアビラ君の耳には入らないらしく、取り巻き二人はあっけなく振りほどかれてしまい、俺に突進をゆるしてしまう。
「うーん、団長に比べたら遅すぎるな」
怒りに任せて一直線。動きも雑で鋭くない。団長直々の訓練がそうさせるのか、それとも勇者スペックのおかげか。まぁなんにせよ目で追えてしまう拳に恐れを抱く人は、いないだろう?
「な?にぃ??」
アビラの(恐らく)渾身の右拳は闘気を纏った俺の左掌に包まれ、がっしりと掴まれている。さっきは強者ぶってかっこつけたけど、やっぱり生身の体で鍛えてる人のパンチを受け止めるのは痛い。なので容赦なく闘気を使わせてもらった。それともう一つ、
「なんだ?その腑抜けた拳は」
これが言いたかっただけだ。ほら、最高にカッコよく決まったんじゃないか?
「くそぉぉ!!はぁなぁせぇ!!」
今度は空いている左拳で俺の顔を狙ってくる。フン、甘いわぁ!!
拳が俺の顔面を捉えるよりも早く、アビラの懐に入り込みそのままアビラ自身の勢いに乗せて床に叩きつけた。そう、背負い投げ(のようなもの)だ。
「かっはぁっ!!」
床に叩きつけられたアビラは苦しそうに喘ぎ、呻いている。まぁこの程度なら怪我はしないだろう。何気にこの世界の人間頑丈だから。
そうして未だに転がっているアビラの顔の近くにしゃがみ込み、目を合わせる。アビラの目は憎悪に燃えており、危険な感情を醸し出していた。しかしもうここから何かをすることは出来ないだろう。それはアビラも十分分かっているらしく、クソッと叫びながらサッと起き上がり足早に立ち去って行った。
取り巻き二人も、俺に対し軽く頭を下げてからアビラの後を追った。
「さて、と。大丈夫か?君」
丸く蹲った状態でぽかんと一連の事を見続けていた男子生徒に手を差し伸べる。しかしその手を取ろうと言う仕草は見せない。未だに何が起こったのか分かってないのかもしれないな。
ならば少し違うアプローチで落ち着かしてみよう。
「コホン……君の名前は?」
「バーシ……バーシ・クルシェド」
出来るだけ穏やかな表情を作り、尋ねてみる。すると、ポツリとだが名乗ってくれた。
「バーシか。もう心配はいらねえぜ。あの……えーっと、油まみれ君?はどこかに行ったよ」
イカン、油まみれのインパクトが強くて本名を忘れてしまった。
「ぷっ……!ハハハッ!アハハハハハ!」
バーシはいきなり吹き出したかと思うと、涙を浮かべて大声で笑い出した。そんなに面白かったのだろうか。
「君は凄い人だな!アハハハハ!あのマミライ家の一人息子にあんなことするなんて!ハハハハハッ」
「マ、マズかったかな?」
バーシはまだ笑いの波が引いていかないらしく、ずっと笑っている。でも涙がにじんでるから、恐怖の反動とかそんなんだろう。
だけど、そう言われると段々マズイことをしたんじゃないかと言う気になってきたぞ。確かに何の権力も持たないドラ息子っぽいけど、実家は間違いなく大物貴族なんだろう。自分で上流貴族って言ってたし。
うーん、確かに王城で寝泊まりしているが俺たち三人には正式な身分は無い。まだ世間に勇者の存在を隠しているからな。地球の中世時代なら不敬罪だのなんだので粛清されそうな事案だ。
あー、帰ったら団長辺りから説教が飛んできそうだ。
「大丈夫だと思うよ?こう言う事で親まで権力振りかざして文句言ってきたら、逆に向こうの家族に罪が行くから」
「なんだ、なら安心だな」
「おーい、レージー何してんの~?帰ろ~?」
思ったより学堂の権限は強いようでホッと胸を撫で下ろしていると、玄関口の方から有希の声が聞こえてきた。どうやらあのマミライ君と戯れている内に来たようだ。
「おー、すぐ行くよー。じゃ、バーシ。またな」
座り込んでいたバーシの手を掴み浮き上がらせると、そのまま有希たちの方へと体を向けた。さぁ帰ろうか。
「ま、待ってください!名前を教えていただけませんか!?」
「内宮……レージ・ウチミヤ。レージ・ウチミヤだ!よろしくな!」
歩の速度を緩めることなく上半身だけねじって後ろを向き言い切ると、そのまま再び玄関の方を向き直した。
さぁ、また明日が一つ楽しみになったな。
第二部は二話ごとに視点が変わっていきます。
ややこしくならないよう気をつけますのでよろしくお願いします。