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第1話:試恋

 ある日目を覚ますと、そこは森の中でした……何を言ってるか分からないと思いますが、僕が一番よく分かってません。

 四方八方どこを見ても森森森。他に表現のしようがない程、木々に囲まれています。


「なんで僕がこんな場所に……?まさか……」


『拉致』その言葉が真っ先に出てくるが、じゃあいったい誰が何の目的があってそんなことを?という結論へ至る。


僕は自分で言うのもなんですが、家は特別裕福じゃないし、凄い能力を持っているわけでもありません。本当に極々ありふれた平凡な人間なのです。


「もしかして僕って実は夢遊病だったり……?って、これを見る限りそんなわけありませんよねぇ……」


 チラリと自分の服装を見るが、地面に直接寝転がっていたためについた土埃が所々見受けられる白衣と、殆ど汚れていない新品同様のスニーカーが視界に映るだけで、とてもじゃないが歩いてこんな場所に来たとは思えない程に綺麗だ。


うーん、こんな森の中で放置されてる原因も理由も分かりませんが、とりあえず人、若しくは人里を探しますか。まぁこんなところで人がいるとはどうしても考えにくいのですけどねぇ。

あと、心配なのは……


「この森……猛獣とか出ませんよね……?」


 と、少しビクビクしながら歩き始た。人に会えるといいな、なんて思いながら……。



 ◇


 森を歩くこと体内時計で約一時間、一向に人も人里も、ましてや森の出口なんかも見当たりません。と言うか、風景が変わらなさ過ぎて進んでいるのかも怪しいのですが……。


「困りましたねぇ、動物すら見当たりませんし……」


 言葉は冷静っぽいが、内心焦りまくりである。


 僕は元々気弱な性格をしていて、こんな水無し、食料無し、知識なし、このまま人に会えないと詰む。なんて言う状況で平常なままでいられるわけがないのです。


「誰かぁ~いませんか~!」


 やけくそ気味に声を荒らげながら、すっかりクタクタになってしまった体に鞭打って当てもなく歩く。


あー、これでは歩くというより彷徨うと言った方が正しいですね……まるでゾンビみたいですです。


「はぁ……いるわけありませんよねぇー……」


 と、今日何回目か分からない溜息をついた瞬間、ガサガサッと背後の茂みが揺れた。音的に風ではない、明らかに何者かの仕業だ。


「ひっ!?」


 突然すぎる音で体が飛び跳ね、反射的に音の正体を確かめようと振り返った。

 もしかしたら人かな、なんてこの期に及んであまりにもマヌケな期待を抱いていたが……


「がぅぁああるううううぅう!!!」


 そんな期待は見事に裏切られ、茂みから姿を現したのは、案の定殺意ビンビンな大型犬並みの体格を誇る狼だった。

 肉食獣特有の堅牢そうな牙をひん剥いて、今にも獲物を食い殺さんとする凄まじい形相は、完全に飢えた野獣そのもの。自然系のドキュメンタリーでしか見ることのない、文字通りの猛獣だ。


そんな獣のあまりの迫力に小心者の僕は肝を潰し、腰が抜けてしまった。


「く、く、くるなああああああ!!」


 と、半ば癖のようになった普段の丁寧口調もすっかり忘れて、精一杯の威勢で叫びながらズルズルと這いずるように後退する。


その行動に殆ど意味がないというのは分かってはいますが、せめてものの抵抗です。


 だが、そんな弱者の虚勢なぞどこ吹く風といった様子で、狼は涎を口元からダラダラと撒き散らしながら飛びかかってくる。

 その瞬間、世界がスローモーションになり、ギラギラと鈍く光る牙が並んだ狼の口腔を視界に収めると同時に、今まで歩んできた過去の人生映像が凄まじいスピードで脳裏を駆け巡った。俗に言う臨死体険というやつだ。


 スローになった世界で、自分に死が刻一刻と迫ってくるのを肌で感じながら、映像に最も多く登場する人物へと届かないメッセージを念じる。


あぁ、お母さん……どこ知れず遭難した挙句、死にゆく僕を許してください……そして、無理にとは言いませんがこんな事をしでかした犯人がいるのなら、その方にそれ相応の報いをお願いします……。


 そうして半ば諦めたようにぎゅっと目を閉じ、来るべき痛みに身を構えた。


 が、5秒ほど経っても痛みも衝撃もやってくることはなかった。妙に思いつつ僕は恐る恐るうっすらとまぶたを開くと、眼前に見えたのは凶暴な狼ではなく、肩から僅かに血を流している身軽そうな恰好をした金髪ショートの女の子だった。

呆然としつつ、さっきの狼は?と思いキョロキョロと辺りを見渡すと、少女の体の向こう側に首から血を大量に流してピクリとも動かない狼が一匹倒れ臥しているのが見えた。


 な、なんとも現実味の無い不思議な光景です。


「おい、にーさん、怪我はねーか?」


 両手に持っているのは、血に濡れた刃渡りの長いナイフ。少女はそれらを腰の剣帯に収めると、こちらに振り返りながら僕の安否を訊ねる。


 危うく死ぬかと思いました……と未だにバクンバクンと喧しい胸を押さえながら、大丈夫です、危ないところを助けていただき、ありがとうございました……と言葉を発するよりも数舜早く、目に飛び込んできた少女に僕は、つい返事を忘れて見惚れてしまった。

 

 年齢は15,6くらいでしょうか、意志の強さを感じる少し吊り上がった目に、ニッと屈託のない笑み、正直凄く可愛いです。

 あ、やばい、またドキドキしてきた。


「ん?なにぼーっとしてんだよ。怪我はねーかってきいてんだよ!」


 ずいっとジト目な顔を近づけられ、大きな声を出される。ちょっと、いや、かなり狼狽えながらもすぐに返事をしようとしたが、顔が近いということは、当然体も近いということで、ふわりとフルーティな良い香りが彼女から漂ってきた。


「あ……あ……」

「あ?」


 僕の小心者ハートは評論会に対する耐性はあっても、女の子に対する耐性がない。そのためかどうかは分からないが、狼に襲われた時の脈動など余裕で超え、どんどん勢いは衰えずに心拍数が上がっていく。


きっと、僕の顔は今茹でられたタコのように耳まで真っ赤でしょう。


「ありがとう、ございます……!」

「ちょっ!おい!」


 二重に意味が込められた言葉を絞り出すとともに、僕の心と心臓はついに限界に達し、そのまま仰向けにぶっ倒れてしまった。



 ◇


「おい、大丈夫か?」


 小鳥の様な、可愛い声で目を覚まし瞼を開くと、これまた可愛らしい顔が間近に……。あー、ここがヘブンですか……。あ、やばいまた心臓が。


「いい加減起きろ!」

「ごめんなさい!」


 ◇


「ふーん……気付いたらこの森に、ねぇ……」

「そうなのですよ……起きたらいつの間にかこの場所にいて……あいたたた」


 ポカリと殴られてズキズキ痛む頭を摩りながら事情を話す。


一応近くの街まで案内してくれることにはなったのですが、とりあえず、家へ帰るにはここがどこなのかを知らなきゃいけませんね。

見たところ、とても鬱蒼とした密林ですが、富士の樹海とかでしょうか?あ、いや、でも富士の樹海にあんな狼がいるということは聞いたことありませんよねぇ……。


そもそも、ここが本当にどこかの樹海なら、この少女もこんな格好で来ているというのもおかしな話なんですがね……。うーん謎だらけです、聞くしかありませんね。


「そういえば、ここはいったいどの辺なんですか?ずいぶんと原始的な密林の様ですが……」

「あぁ?そんなことも分かんねぇのか?ここはリズナールって街の近くにある森だよ。お前まさか、よその国の人間か?」


 リズナール…?聞いたことのない名前の街ですねぇ。まぁ地理に疎いからそれも仕方ありませんが、どうやら日本ではないというのは分かりましたね。パスポートとか持ってないのですが、帰れるんでしょうか。


ん?あれ?じゃあ何で言葉が通じているのでしょう?おかしいですね……ま、まさかここってネット小説やラノベによくある異世界!?だ、なーんて、そんな非現実的なことあり得るわけありません……か……?


 よくよく考えてみると、僕の顎ほどしかない女の子が獰猛な狼をナイフで仕留めるというのも非現実的な話ですよねぇ。うーん、異世界じゃないと断言しにくいところが悩ましいですね。というか異世界だったってことの方がしっくり来てしまいます……。


 ま、その辺はもう少し決定的な情報を得てから判断するとしましょう。


「いやぁ、目覚める前の記憶がないのでなんとも……」


 何はともあれ、こんな子に嘘をつくのは心もとないのですが、とりあえず分からないことだらけなので暫くは記憶喪失ということで押し切ることにしますか。そちらの方が自然に聞けそうですし。


 あー、それにしてもこの子に会えたのは本当に幸運ですねぇ。じゃなきゃ今頃あの狼にガブムシャァされて……って、あ……そういえばまだこの子の名前聞いてなかったですね。


 聞けるのか……!?この僕に!?この小心者でヘタレなこの僕に!?女の子の名前を!?無理ですよ!!


 そんな情けない自問自答に見かねた……かどうかは分からないが、少女は思い出したかのように話題を振った。


「そーいや聞いてなかったけどよ、お前の名前なんて言うんだ?あ、ちなみに私の名前はユーラシってんだ、よろしくな」


 き、きたああああああ!何という幸運!神は僕に味方した!ありがとうございます神様!!


 ガッツポーズと礼拝の雨あられである。もちろん心の中での話だが。


「ぼ、僕の名前は創慈といいます!よろしくお願いします!ユーラシさん!」

「さんだなんていらねぇよ堅苦しい、ユーラシでいいぜ、ソージ」


 ユーラシはそんな軽く興奮気味に名乗る僕をニシシといたずらっぽい笑顔で受け止めてくれました。

 ユーラシか……可愛い名前だなぁ、今生の幸せはここにあったのか……。ん?


「ユーラシさ……ユーラシ、その肩の傷……」


 僕はふとユーラシの肩の真新しい傷に目が行った。恐らくこれは僕を助けた時についてしまった傷だろう。

 ……僕の中に罪悪感の様なやるせない何かが沸々と湧いてくるのを感じた。僕を助けなければこの傷は存在しなかった、つまりこの傷は僕がつけてしまったのと同義だ。


「ん?ああこれか、別に気にすることねーぜ?大した怪我じゃないさ」

「で、でもそれは僕のせいで……」

「あー!うじうじうるせぇなぁ!こんな傷一つで人の命救えたんだ!安いもんだろ!それに、元々あれは私が取り逃がしちまった獲物だから、私の自業自得だ」


 ユーラシはうじうじと悩み言を言う僕をバッサリと切り捨てると、足早に歩を進め始めた。


 なんて……強く、美しい人なんだでしょう……。


 僕はその後ろ姿を見つめることしかできなかった。


「あー、ほら、ソージ!ぼさっとしてると置いてくぞ!」

「は、はい!」


 声を掛けられ、手なずけられた子犬さながらユーラシに走って追いつく。


 さっきから止まらない胸の高まりも体温の上昇も、多分ユーラシに恋をしてしまったからなのでしょう。我ながら情けなくなんとも乙女チック……だけど、きっといつか、ユーラシに相応しい男になりたいですね……なんて。


 そんなことを考えながら、森を進んでゆくユーラシの背中を追いかけるのであった。

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