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第番外:ささやかな祝い

「ほら、ソージ。いつまで眠ってるんだい?」

「ん……はぁい。起きますです……」


 窓に取り付けられた日光を和らげるカーテンのような薄い布が勢いよく取り払われ、暖かな日差しが僕の顔に降りそそがれました。とても暖かいです。

 いつもなら、薬師さんに起こされる前に自然と目を覚ますのですが、今日は日差しが心地よい日だったので、ついついお寝坊さんしてしまいましたね。


 欠伸を一つすると、傍に置いておいたメガネを手探りで見つけ、装着する。と、同時に少々乱れている髪の毛を軽く手櫛で整えると、かけ布団が取っ払われ、朝の診断が始まった。


「ふ……む、中々順調に回復してるようだねぇ」


 薬師さんのところに転がり込んでから早一週間。ウィグアジドの襲撃によって負った傷も少しずつではありますが、治ってきているようです。

 そうして、診断を終えた薬師さんは僕の右足に新しい包帯を巻き、かけ布団をかけなおしてくれました。

 はて、そう言えば、今日はユーラシは来てないのでしょうか?


「薬師さん、ユーラシは来てないのですか?」

「いんや、今朝早くに一度来たよ。今はちょっとした買い出しを頼んでてねぇ。ま、昼頃には帰ってくるんじゃないかい?」

「そうでしたか……」


 ならばユーラシが帰ってくるのを楽しみに本を読んで時間を潰しましょうかね。今日は……ん?『世界の歴史』……ですか、これは面白そうですね。異世界人の僕にこう言った詳しい世界の歴史どころか、誰でも知ってるような歴史すら知りませんし、これからこの世界で生きていくには歴史を知っておいて損はないでしょう。


 あ、そう言えば地球に帰る……と言うのはあまり考えたことありませんねぇ。単にまだこの世界に来て日が浅いから、と言うのもあるかもしれませんが、やはり一番の理由は……ユーラシ、ですかねぇ。

 ま、このことはまたいつか考えましょうか、そもそも帰る方法があるのかどうかも分からないのですから。



 ◇


「おーう、ばあちゃーん!ソージー!帰ったぜー」


 おや、読み耽っている内にユーラシが帰ってきましたね。買い出しと言ってましたが何を買って来たんでしょう?


「おやおや、ずいぶんと買って来たんだねぇ」

「今年はソージもいるからな。でも大丈夫だぜ、預かった金は超えてねぇ」

「そうかい、じゃあパッパと始めようかねぇ」


 そんな話声が部屋の外の廊下から聞こえてくる。そして、そんな短い会話が終わるや、そのままこの部屋の隣にある台所へ行ったようで、野菜を切る音、肉を焼く音が壁一枚向こうから流れてきて、食欲を刺激された。

 ふむ、どうやら買い出しと言うのは何か食材を買いに行っていたようですね。でも何故でしょう?これまでの食事と言えば肉と野菜の出汁スープとパンが主で、そんな2人がかりで調理する品などありませんでした。何か祝い事でもあるのでしょうか?今日は。


 と、そんなことを考えつつ読書を続行。音や聞こえてくる会話の様子からまだ調理に時間はかかりそうなので、考えても仕方のないことは思考を止め、目の前の文章に集中する。

 ふむふむ、ガルベザン帝国は約百年前の戦争で領土を巨大化させ小国から一気に大国へと至り、その後帝王は一貫した血筋である皇族を定め、軍事主義、実力主義へと国のスタンスを定めた、と。

 なんでも、帝国では実力や才能さえあれば移民でも流民でも、それこそ貧民でも奴隷でも軍には入れ、成り上がれるそうです。そして、この世界で言う帝国主義(軍事及び実力に価値の重きを置く思想のこと)により、貴族ですら、いや、貴族だからこそ並以上の力を求められ、価値が無くなれば当然没落。逆に並以上の実力と武勲を携えるものには惜しみなく貴族の位をくれてやる。そうして出来上がったのは国家上層部の腐敗もなく、忠実に国を支える大勢の国民、とまさに歴史稀に見る『完成された国家』と言うわけですね。

 いやはや興味深い。足が治り、この世界で生きるための力を身に着けたら旅に出ようかと思っていましたが、この国に訪れてみるのも良さそうですね。よし、モチベーションが上がってきましたよぉ!



 ◇


「よう、待たせたなソージ。今日はご馳走だぜ~?」


 青かった空が赤くなり始めた頃、ユーラシと薬師さんが部屋に入ってきました。

 ユーラシの手にはおぼんが持たれていて、その上にはこんがりと焼きあがった兎の丸焼きが大皿の中央に鎮座しており、周りに色鮮やかな野菜が綺麗に並べられていました。見るからに美味しそうですが、漂ってくる香ばしい肉の匂いがさらに期待感を膨張させ、自然にゴクリと唾を飲み込んでしまいました。

 そして、ユーラシの後ろには薬師さんがいて、ユーラシと同じようにおぼんを持っており、その上には大ぶりの肉とごろごろとした野菜が浮いているスープが入った器が人数分乗せられていました。見るからに豪勢な料理、まさにご馳走と言うに間違いはないですね。


「ハハッ!ビックリしたか?」

「え、えぇ、ホントにびっくりですよこれは……」


 イタズラな笑みを浮かべたユーラシは実に楽しそうで愉快そうです。別に何かの勝負をしているわけではありませんが、これは僕の負けですね。

 もし今手元に鏡があり、僕の顔が写されているのならばきっと、大好きな料理を目の前にした子供の様に目を輝かせていることでしょうから。料理がまるで宝石の如く輝いて見えるのだからきっとそうに違いありません。


「でも、どうしてこんなご馳走を?」


 この世界では、肉を手に入れると言うのはそれなりに難しい。森で狩るか店で高い金を出して買うかだ。それでも兎一匹丸ごとと言うのはかなりの高級品だ。それこそ何かの祝い事でもない限り買わないだろう。例えるなら、地球で何かめでたいことがない限り高い料亭に決して訪れないという事と一緒だ。


「カカッやっぱりソージは知らなかったようだねぇ。いいかい?今日は旧暦の年明けの日なんだよ。今歴の正月はもう少し先だけどねぇ、この国では旧暦の年明けであるこの日は、普段食べないご馳走を食べて、ちょっとしたお祝いをするんだよ。ま、ささやかなお祝いさね」

「って、ことだからよ。ほら、さっさと食べようぜ!冷めたら勿体ねぇからな!」

「……そうでしたか、ではいただきましょうか」


 昨年一年に感謝し、今年一年に挨拶を言う。今日は旧暦での年明けですが、昔からの祝い日を大事にすると言うのは大切なことなのでしょう。

 そんなことを思いつつ、薬師さんの微笑みとユーラシの花の様な笑顔を眺めながら兎肉を食べた。


新年あけましておめでとうございます。

皆様の感想やブックマーク、評価などは大変大きな励ましになっています。いつもいつもありがとうございます。

さて、新年を迎え2017年。今年もぜひ『冒涜的錬成術~気弱な僕もマッドに墜ちる~』、そして私『深蒼鉄鋼』をよろしくお願いします。

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