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第3話:疑念と生徒

 僕は二人の生徒を見据えながら人差し指をピンッと突立て、言葉を放った。


「この部屋を、好きなだけ調べても構いません。整理整頓は後で僕がしますので、存分に荒らしてくれても大丈夫ですよ。あぁ、出来るだけ動植物は弄らないでくださいね?大事な研究物なので」


 この子たちはかなり優秀な生徒です。ならば、一度『納得』させてしまった方が良いでしょう。

 特にミシェットというこの子……どうやら口では謝って誤解でしたと言っているようなものですが、実際の所は少しも諦めていないようですしね。


「ソ、ソージ先生、良いのですか?」


 か弱そうな雰囲気を醸し出し、恐る恐ると言った様子で確認をとるミシェットさん。しかしそんな態度を取りながらも、その目にはチャンスに巡り合った猟師の如き眼光が、キラリと輝いていた。どうやら、上品な見た目とは違い、かなり強かな女性の様だ。


「ええ、もちろんよろしいですよ。キチンと納得していただけた方が、遺恨もないでしょう?」


 ま、”この”研究室をどれだけ調べても、ここには君たちが望んでいる情報は何もありませんけどね。あぁ、あっても精々が『合成獣(キメラ)学』程度でしょうか。まぁ、マイナーではありますが、誰も使う人がいないわけではありませんし、証拠となりうるような情報ではありません。


「そ、そうですね……。じゃ、ルーク。手分けして探すわよ」


 そう言って、先ほどまでのは演技だったのよ、と言わんばかりに纏っていたか弱そうな雰囲気を霧散させ、まずは壁際に設置された本棚の本を虱潰しに漁り始めた。


 うーん、もう少し上手く演技できないものなのでしょうか……、まぁ優秀といえど所詮は一学生の子供という事なのでしょうか?それとも、僕が彼女の考えを見透かしていることを見越して、無駄な演技は無用……と判断してのものなのか……ま、そんなことはどうでもいいのですがね。


 そんなことを考えながら、僕は二人の生徒を尻目に、腹に青い毛筋が走っている小鳥が中で寛いでいる鳥籠へと近づいた。この小鳥の名前はピックといい、僕が【生物錬成】で生み出した”作品”の一つだ。

 そんなピックがピーピーと鳴き、僕に餌をねだってくる。やれやれ、仕方のない子ですねぇ。


「ふふ、ピックは可愛いですねぇ……」


 葉菜類を細かく千切ったものを掌に乗せ、ピックの目の前に差し出す。それを嬉々としてピックは啄み、大変満足そうに食べている。

 僕はそんなピックを眺めながら、右目に少し力を籠める。


 すると、右目の視界が一度ブラックアウトし、再び視界が戻ると、細かな野菜が乗った大きな掌がドアップで映っていた。その映像の端の方には、くちばしの様なものや、やけに大きな人間の足も見える。

 つまりこれは、ピックの視界だ。


 そして、もう一度先ほどの手順で視界を変更する。次は僕の書いた魔物に関する資料をペラペラと呼んでいる映像が映った。言わずもがな、ミシェットさんの視界である。

 その焦点は時折、少し遠くでピックと戯れている僕に向いており、明らかに意識していることが手に取るように分かる。


 人って何を見つめているかである程度、心境や感情を読み取れるのですよ。ミシェットさんが諦めていないと分かったのも、この(強制)視界共有のお陰なのです。

 あぁ、因みにこれはピックの能力ではありません、この子はあくまでこの部屋の監視カメラのような存在で、視界共有はまた違う作品の能力なのです。そのことは……また後で話すことにして、とりあえず今はこの二人を帰らせることにしましょうか。時間も時間ですしね。


「さて、ミシェットさん、ルーク君。時間も時間ですし、そろそろ終わりましょうか。何か、目ぼしいものは見つかりましたか?」

「い、いえ……」

「俺も何にも見つかってねぇ……」


 何も手がかりになるような物を発見できず、落胆するように肩を落とす彼ら。

 当然です、作品や資料はこの部屋に何も置いていないのですから。

 ふむ、ここで諦めてもらっては少々面白くないですねぇ。特にミシェットさん、この子は僕の”実験体”として、中々に優秀な人材になりうる、と僕の直感が告げています。ここで関わりを断つのは……時期尚早ですね。


「では、こうしましょう。あなた方は僕がこの部屋に居る時のみ、この部屋に訪れ、調べても構わないということにします。ミシェットさんも……まだ満足していないようですしね」


 僕は二人をじっと見つめ、そう宣言する。この甘い誘いに見事に釣られ、ミシェットさんはぜひ!と言わんばかりにコクコクと首を縦に振り、ルーク君はそんな様子のミシェットを見て僅かに息を漏らすと、僕を見据え、ありがとうございますと言い、ペコリと頭を下げた。

 ルーク君はルーク君で、ミシェットさんに無理やり付き合わされてる感が出ていますが、心のどこかでは僕を疑っているようで、視線に懐疑の雰囲気が混じっている。この子も、また優秀ですね。


「では、二人とも気を付けて帰ってくださいね」


 にっこりと笑顔を浮かべ、帰宅を促すと、二人は良家の子らしく失礼しますと言いながら部屋を出ていった。

 これから帰り道で色々と議論をするのでしょうが……ま、僕には関係のない話ですね。


「さて、さてさてさて」


 二人が去ったのをしっかり確認し、ガチャリと部屋の鍵を閉める。そして、締め切った部屋の中でニヤリと笑みを浮かべ、両手の指先を擦り合わせながら何の変哲もないように見える壁に近づいた。


「”祭り”は半年後……最高のショーにしてあげますよ……さぁ開いてください」


 ニヤニヤと笑い、呟きつつ壁に触れる。すると、ズブブブブブと壁がまるで溶けだしているかのように流動的に動き、下へ続く階段が現れた。その階段の両壁には等間隔にロウソクが埋めこまれており、明かりも確保されている。


 この壁の正体は、僕が生み出した魔物の一種で、『ウィグウォール』という作品です。僕の命令がない限り、壁としてそこに存在し続ける素直な良い子なのです。

 この子は、石や木から作られるゴーレム等とは違い、スライムの様な流動的な身体構造を持っているので、狭い隙間はもちろん歪な形の壁にもなれる特徴があります。あぁ、それともちろん短所も存在していて、半液体から固体へと常温のまま変質する性質なため、硬度はそれほどまで高くはありません。普通の壁と同じかそれより少し脆い程度で、何らかの魔法攻撃や打撃を与えられると、あっさりと砕け散ってしまいます。まぁ、一応半液体に戻れるのでバラバラになってもすぐに復活できますけどね。


 コンコンとしばらく階段を降りる音が暗闇に響き渡る。そうして、最下部まで到達すると、そこにはいつもと変わらない薄暗い一室が広がっているのが見える。

 そう、ここが僕の本当の研究室だ。因みに、ここは主に研究成果の資料などを纏める事務的な部屋で、他にもアリの巣の様に研究施設が枝分かれしており、この部屋の右隣の部屋には、僕の傑作とも言える魔物が鎮座している。

 さて、ひとまずその部屋を覗いていきましょうか。


 部屋と部屋を繋ぐ洞窟状の廊下を抜け、その部屋へと足を踏み入れる。そうしてまず初めに目に着くのは、僕の腰ほどもある、肉感的でフジツボの様にも見える物体だ。

 そのフジツボの頂上部には、人の頭部ほどの大きさを誇る魔石が埋まっており、見慣れない者が見れば、思わず顔を顰めてしまうだろうと推測できる容姿である。

 これは『フジメ』という魔物で、視界共有の力を司っています。この子は言わば、現時点での最重要作品であり、巨大な魔石を用いるという生産法故、とても貴重な作品なのです。


 まぁそれはともかく、簡単に『視界共有』のメカニズムについて説明しておきましょうか。

『視界共有』はこのフジメだけでは行えません。まず、『子フジメ』という小さな小さな寄生型の魔物を対象の脳に寄生させる必要があります。

 その子フジメが視覚情報を魔力波(電波の様なもの)に乗せてこの場にある親フジメに送信します。そして、子フジメから送られてきた視覚情報を処理し、僕の脳に寄生させている孫フジメに送って視界に映す……というモノなのです。

 一見隙が無さそうですが、欠点は当然あります。魔力波は距離や障害物による減衰はありませんが、照射速度が音速の三倍と、距離が離れれば離れる程その視界にラグが生まれてしまうのです。まぁ戦闘でもない限りラグは気にすることないんですけどね。

 因みに子フジメはどこから侵入しても最終的には脳に辿り着けるので、仕込み方は何でも構いません。それこそ”紅茶”に仕込んでいてもね。


「フジメに異常はありませんね。さて、今日の実験に移りましょうか」



 ◇


 そこから部屋を移動し、薬品臭と血臭が漂う部屋へと入る。その部屋には鎖に繋がれた女性がボロボロの状態で吊るされており、その周りの机には生物の死骸の様な物や部位の様な物が並べられていた。そして、女性の目には光が灯っておらず、弱々しく漏れるうめき声は明らかに消耗し切っていることが分かる。

 ……ただ消耗しているだけなら、まだマシだっただろう。しかし、その体の所々に違和感が垣間見える部分が存在していた。


「さぁ、リーカルさん。今日の実験を始めましょうか」

「やめて……やめてください……」


 醜悪な歪んだ笑みを浮かべる男に向けて、弱々しく縋るように言葉を放つその姿は、かつて花屋を営んでいた時の可憐さなど片鱗も無くなっている。ただただ狂人に肉体を改造される恐怖と不快感に曝される日々に、女性の心はとっくに限界を迎えていたのだ。


「やめてやめてやめてやめてやめてやめて…………」

「今日はこんなものを用意してみました。これが成功すると、改造の幅も広がりますねぇ」


 ソージは壊れたラジオの様に”やめて”と繰り返す女性に対して、一切の情け容赦なく言葉を返し、ある物を取り出した。


「あなたは僕の作品になりえますか……?」


 ―――――地下に響くその甲高い女性の悲鳴は、地上の誰にも届かない。

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