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第1話:異質な教師

はい、長らくお待たせしました。

本日より第二部スタートです!

一人称と三人称が入り混じるのでご注意ください。

 

 ここは、アドルグ王国第二王都、その中心部に設立された第二王都大学堂。貴族や商人、才能ある平民の子らがこぞって集まり、切磋琢磨し、大人へと成長してゆく学びの場である。


 今日も、いざ勉学に励まんとする者、疲労に体蝕まれ鬱屈とした表情の者、特に何も感じずただ日々の慣習として学舎へと向かう者、と子供たちの思いや意気込みはバラバラだが、学ぶという一つの目的のために学堂へと集う。


 そして、授業を終える鐘の音の三回目が鳴り響いた時、その少年は眠気眼を擦りながら、隣の席に座っているよく見知った顔の女子に声をかけた。


「なぁ、ミシェット。次の授業なんだっけ」


『ミシェット』と呼ぶ声に反応し、彼女は字を綴っていた手を止め、声をかけた少年の方へ顔を向ける。その表情は凛とした知的な雰囲気を醸し出していたが、どこか、やれやれ全くコイツは……という呆れを滲ましていた。


「ルーク、アンタ先生が朝言ってたこと忘れたの?今日の四時間目は『魔物学』よ」

「ん?『魔物学』なんて授業あったか?」


 そんな、燃え滾る炎を連想するような真っ赤な髪の毛をもつ少年……ルークのアホな言葉を聞いたミシェットはさらにため息を深く漏らし、頭が痛くなるわとでも言わんばかりに眉間を抑えながら、言葉を続ける。


「はぁ……今日から新しく『魔物学』っていう教科が増えるって前々から先生が言ってたじゃない……」

「あ、あぁ~~~そういえばそうだったな!」


『魔物学』……というのは、魔物の生態についての解説や実演が主な内容になっており、アドルグ王国の教育宰相が騎士や一流冒険者を目指す生徒らに必要だと判断し、つい最近カリキュラムに追加された教科だ。

 因みに、なぜ、今まで魔物学が授業として行われていなかったというと、ただ魔物について詳しく説明できる者や調教師(テイマー)の数が少なかったから、と言うのが原因なのだ。

 そんな状況に光明を射した男がいるのだが……それはまたいずれ語られるであろう。


「あ、ほら、魔物学の先生が来たわよ」


 噂をすればなんとやら、件の教師が教室の壇上へと姿を現した。クラスメイトたちの中には、初めて姿を見る生徒が多いのか、その妙な服装(・・・・・・)に目を奪われ戸惑いの声を口々に小さく言い合う。

 もちろん、ルークもその生徒の一人で、見たことのない真っ白な服にずいぶんと目が惹かれた。


「おいおい、あんな変な格好してるけど、あれが本当に先生なのか?」


 ルークはボソボソと決して壇上の教師には聞こえぬ小声で、ミシェットへ尋ねた。一見何を聞いてるんだと思うような質問だが、その疑問はごもっともなのである。


 なぜなら、この第二王都大学堂に限らず、他の大学堂でもそうだが、教師と言うのは皆基本的に、ピシッとした貴族然とした服を纏っているからだ。もちろん、着崩している無精な教師もいないでもないが、少なくとも今壇上に堂々と立っている、真っ白なコートの様なものを羽織っている教師など一人もいない。


「ええ、なんでも先月くらいに就任した先生で、確か名前は……」

「はい、静かにしてください」


 その教師が手を叩き、パンパンという乾いた音が教室に響くと、ミシェットの言葉と、ザワザワしていた生徒たちは一斉に口を閉ざす。

 そうして、教師はサッと教室を見渡し、全員がこちらに集中していることを確認すると、一つ頷き、ニコリと穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「初めまして、今日から皆さんと一緒に『魔物学』の授業を行っていく、魔物学者のソージ(・・・)と申します。以前は調教師(テイマー)をしていました。よろしくお願いします」


 と、その教師……ソージはペコリと深く頭を下げた。



 ◇


 その後行われた授業は何の変哲もなく、地球で言うならば生物の授業をするかの如く、魔物の種類、簡単な生態、生息域などを説明して終了した。

 ルークも含め、生徒たちは簡単だなと感じたが、これはソージがわざと、未知の教科の感覚を早く掴めるように簡単な内容にしただけで、これからどんどん難しくなっていくというのは、もちろん誰も知らない。


「魔物学って、案外簡単だったな」

「そうね、本に書いてることばかりだし、このまま(・・・・)なら簡単ね」


 現在、学堂内は昼休み中だ。皆、友人たちと思い思いに昼ご飯を食べ、昼の授業に向けて英気を養っている。

 そんな中、二人は校内にある食堂にて食事をとっていた。ミシェットは野菜を中心とした控えめなメニューで、ルークは肉を中心にガッツリ系のメニューだ。

 その他にも、メニューはデザートやスープ、はたまたフルコースまがいのものまであり、一学校の食堂には似つかわしくない好評判度合を叩き出しているのがここの特徴だ。


 さらに家に使用人や料理人がいるとは言え、貴族でもたまには食堂で食べようと考える者も少なくないほど美味だ。故に、食堂内は大変賑わっておりあちらこちらから、友人の交友関係、学業の成績、将来の夢、噂話、はたまた家庭の情事など聞きたくもないような話まで風に乗って聞こえてくるのだ。


「また、行方不明者が出たんだってさ。今度は花屋の奥さんがいなくなったそうよ」


 ふと、最近第二王都を騒がせている”事件”について話してるのが聞こえてきた。


「へぇ……また起きたんだな」


 聞こえてきた話に反応し、ポツリと呟く。


 その事件は、通称『大通りの捕食(ロード・イーター)事件』と呼ばれており、約三週間前から第二王都の中心から広がる十字の大通りにて、行方不明者が度々発生するという事件で、まるで大通りに食べられてしまったかのように行方不明者の痕跡、行方の全てがなくなるところからその名がついた。

 王国憲兵団や騎士団もその事件の解決に向けて動いているが、依然何の手がかりも得れていない。


「物騒な話よね、これで五人目よ。それに夜間の警備もしっかり行われてる大通りで、これは異常だわ」


 葉菜類のサラダをフォークで突いていたのを中断し、フォーク片手に思案顔を作るミシェット。しかし、何も情報や手がかりのない現状で出てくる答えなどあるはずもなく、手段に至っては全くの謎ね、とため息をつきながら首を振った。

 しかし、彼女はこう続けた。


「でも、この人が犯人かもって人はいるわ。理由は凄い、無理やりなこじ付けだけどね」

「えぇ!誰だよ!」


 ルークは思わず声を張り上げてしまい、近くに座っている人や机の傍を歩いていた人たちの視線を一身に浴びた。普段活発に振る舞うルークもこれは流石に恥ずかしかったのか、赤面しながらしおらしく椅子に深く座る。そんなルークをミシェットは出来の悪い弟を見る姉の様な感覚で眺め、はぁ……と本日何回目かも分からないため息を漏らした。


 そうして、ミシェットはある程度視線が散らばったのを見計らい、グイッと机に身を乗り出しながら、ヒソヒソと先ほどの続きを話した。


「で、さっきの続きね、確証はもちろんないんだけど、犯人は恐らくソージ先生だわ」

「ソ、ソージ先生?」


 ルークの脳内に浮かぶのは、先ほど終始穏やかな表情と口調で授業を進めていたソージの映像だ。恰好自体は確かに変だが、とてもじゃないが誘拐や拉致を行うような人には見えない。見た目で判断するのは良くないが、雰囲気から言っても、犯人だとは到底思えないのだ。普通ならそれは突拍子がなさすぎるとバッサリ切り捨てるような意見だろう。


 しかし、そんな突拍子のない発言の主は他ならぬミシェットだ。幼い頃より付き合いのあるルークは、普通の人よりミシェットの頭が優れていることをよく知っている。

 故に、容易にその意見を切り捨てようとは思わなかった。


「なんで、ミシェットはそう思うんだ?」

「……これは単なる状況からの推測だけどね?まず、ソージ先生がここに就任した時期と事件が発生し始めた時期が、妙に近いのよ。そして、ソージ先生は以前調教師(テイマー)をしてたそうじゃない、なら大型の鳥型の魔物……夜目が効いて羽ばたき音がほとんど鳴らないフクロウ系の魔物を使えば、闇夜に紛れて誘拐を行うのは不可能じゃないわ、王都の大通りは広いし」


 ここまではいい?とルークに理解しているか尋ねる。それに対しルークは、もちろんと頷いた。決してルークはバカではないのだ。もう一度言う、バカではないのだ。


「で、なによりも……」

「なによりも……?」

「あの雰囲気よ」

「雰囲気?」


 今一度ソージを思い浮かべてみる。しかしその姿は先ほどと変わらぬ温厚な笑顔で魔物の説明を行うソージだ。その雰囲気は悪人どころか、善良な穏やかな人間にしか感じない。


「いやいや、それはねぇって。どっからどう見ても良い人じゃん」

「んー、どうにも怪しく感じるのよねぇ……女の勘ってやつよ」

「当てにならねぇなぁ……」


 今度はルークがため息をつく番だった。しかしそれにしても、最後の勘は別として、途中までの二点は成程と思えるモノだったのは確かだ。

 そう言われてみれば、確かにソージが犯人だという可能性は無くもない。


 だが……


「これだけじゃ、とても憲兵には通報できないなぁ」


 証拠と言えるようなものは何一つない。ただの推測群だ。こんなもので通報されればソージも堪ったものではないだろう。


「だから、見つけるわよ。確たる証拠を」


 ミシェットはスッと立ち上がり、ルークに向けて右手を差し出す。その目には炎が灯っているかのようにランランと輝いている。

 それを見たルークは、あぁ、これは断れないヤツだな、と確信に似たものが走り抜ける。

 そう、昔からミシェットは分からないことがあれば分かるまで調べるし、正しいのか間違っているのか、曖昧な問題があれば絶対に白黒つけたがる(たち)なのだ。もちろん、その殆どにルークは巻き込まれていた。それ故の確信である。


「わかったよ、でもその前に……」


 ルークが人差し指を突立てた瞬間、五時間目の授業の予鈴がゴーンゴーンと鳴り響いた。


「まずは五時間目の授業だな」

「……そうね」


 ミシェットは意気込みが空回り、誰も掴んでくれなかった右手を少しだけ頬を赤くしながら引っ込め、そそくさとルークと共に食堂を後にした。



 ◇


 二人の男女が先ほどまで座っていた席の、ちょっとした仕切りを挟んだ反対側の席。そこに大きな丸メガネをかけた男が静かにスープを啜っていた。

 言わずもがな、ソージである。しかし、その服装はいつもの白衣ではなく、普通の教師が着ているような標準的な教員服だ。


「大正解……ですねぇ」


 と、スープを啜りながら独りごちる。その瞳は何も映していない。いや、強いて言うならばスープから立ち上る湯気と水面に映る自分の顔をじっと見つめていた。


 ソージはミシェットの訝し気な目に気付いていた。だからこそ、ちょっとした好奇心でコッソリ食堂まで付いてきたのだが、思いのほかミシェットに対する認識を上方修正する話を聞いてしまった。

 

「中々偶然に、良い人材を……発見してしまいましたぁ」


 一人、ニヤニヤクツクツと笑うその姿に、穏やかな雰囲気は一切ない。

 それはまさに、新たな玩具を見つけた、狂人そのものだった。

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