表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/36

第11話:死恋

第一部、最終回です。

 男たちに担がれ、どれほど揺られただろう。

 ただただ、少女の事ばかりが脳裏を駆け巡るばかりのさなか、ドンッと乱暴に投げられ、粗悪な木の床に身を打ち付けた。まるで鉛の様に重い体を、ゆっくりと起き上がらせてキョロキョロと周りを見渡すと、頭上を布のようなもので覆われており、一目で馬車の荷台の中だと気付く。


「おう、てめぇらは大事な商品だ。壊れられたら困る、とっとと寝ろ。出発は明日だ」


 僕を連れてきた男は低く、腹に響くような声でそう言うと、さっさと出て行ってしまう。ふと、周りに人の気配を感じ、目線を彷徨わせると、小さな子供が6人ほど膝を抱えて座っているのが見え、その身なりからはスラムの子供だと読み取れた。

 そうして、段々と意識は暗い夢現から現実へと引き戻されてゆく。


 確か、あの男は出発は明日だ、と言っていましたね。脱出するなら今しか……いえ、止めましょう。それには、もう何の意味もありませんから。


 ゴロンと再び床に転がる。手足が縛られているため、五体投地とはいかないが、気分的にはそれだ。

 そうして薄汚れた天幕を眺めながら、自問する。


 もし、仮に脱出できたとして、それから何をするのです?僕のこの世界での目標は、ユーラシと共にいることでした。しかし、今となってはそのユーラシに裏切られ、こうして売られるのを待つ始末。

 一人の人間に裏切られてそんな思考に陥るのは極端?いえいえ、僕はもう折れてしまったのです。一人ぼっちで、見知らぬ世界に投げ出され、心の拠り所も失って。なら、何かしら生きる意味を与えてくれる、そんな飼い主に売られた方が、何の目標もなく死んだように命を消耗するより、いくらかマシでしょう。

 ユーラシに復讐する?もっとありえません。あぁ、出来るなら、もう一度あなたの笑顔が見たかった……。


 そんなありえぬ幻想を望み、瞼を閉じる。子供たちのすすり泣く声をバックに、心が折れてしまった男は静かに眠りに――――落ちることはなかった。



 なぜなら、思い出したからだ。昼間に、一瞬だけ聞いた会話を。

 そう、”王国最強”が誰を、何を狙って、何のためにこの街へ来ているのか思い出したからだ。


 閉じていた瞼をカッと広げ、強引に起き上がる。その脳裏に浮かびあがる光景は、騎士団により蹂躙され尽くした山賊団の残骸。


 ユーラシが……危ない。

 犯罪者を助ける?だからどうしたというのです。ユーラシを守るためなら悪にだろうと善にだろうと、悪魔にだろうとなってやります。愛とは、身勝手なものなのです。

 そうと決まれば……


「むぐうう!むがぐううう!」


 猿轡をしているため、意味のある言葉は発せないが、このことを知らせるにはまず山賊の誰かに気付いてもらう必要があります。


 それから床に激しく体を打ち付けたり、絶えず呻き声を発していると、苛立ちを隠せない様子の男が荷台の中に入ってきた。


「むぐうう!むぐぐぐう!」

「静かにしろ!」

「むぐ!」


 気付いてもらえた!と喜色ばんだのも束の間、腹を思いっきり蹴り上げられ、僕の体は床に叩きつけられた。背中から落ちたせいか、肺の空気が全て吐き出され、目がチカチカと点滅する。


 でも、ここで諦めるわけにもいきません。


「むぐうう!むぐうううう!」


 必死の呻き声。僕は男の目を真っ直ぐ見据え、訴えかけた。

 しかし、現実は無残なのもで、男は舌打ちし再び僕の腹を蹴る。


「むぐぅ!」

「大人しくしてろ!……ったくこんなイカレタ奴に惚れるなんて、ねぇさんも末期だな……」


 鳩尾に男の足がめり込み、意識が遠のいていく。男がブツブツと言いながら荷台を後にするが、何を言ってるのかは聞こえなかった。


 ダメです……伝えないと……伝えないと……ユーラシ……。


 必死に手を伸ばそうとするが、縛られた手ではそれも満足に行えない。

 そうして、男の姿が遠ざかるとともに、僕の意識も徐々に徐々に、薄れていった。



 ◇


 ガタゴトと揺られる荷馬車の中、手のみを縛られた僕は壁にもたれ、ボーッと虚空を見つめていた。別に、その空間に精霊や幽霊などの、見えざる者がいて、それを見つめているのではない。本当にただ虚空を見つめているのだ。


 僕が目を覚ましたのは馬車が走り出す瞬間だった。ユーラシが馬車に乗ってるのかと思い探したが、6人ほどの男しか見当たらず、他に追走する馬車も見当たらなかった。


 この少人数で商会の略奪を行えるとは思えないので、恐らく団員はもっといて、その者たちは別行動、もしくはアジトで待機しているのでしょう。そしてその中にユーラシがいる。ならばもう、遅いのです。危険を伝えられる術はもう、残ってないのですから。


 あれだけ暴れていた昨日とは打って変わって、不気味なほど静かな僕に子供たちの視線が集まる。しかし、いつ暴れ出すとも分からない危険な輩に関わりたくないようで、皆次々と視線を外してゆく。

 そんな子供たちを尻目に、面倒な輩に関わらない、それで良いのですよ……などと自虐的な思考で小さく笑う。


 中々どうして、この世界は残酷なんでしょうか……。




 それから、どれほど経っただろう。順調そうに進んでいた馬車は突如その動きを止めた。

 その急な事態に意識を現実へ引き戻して、どうしたのだろうと思い、耳を澄ませると、男たちの妙に大きな悪態が聞こえてきた。


「くそっ!なんでこんなところに王国騎士団がいんだよ!」

「そんなこたぁどうでもいい!囲まれてんぞ!どうすんだ!」


 どうやらついに騎士団が動き始めたようです。でもなぜ、こんなところに?


 そして、囂々と喚いていた男たちは戦うしかねぇと自分を奮い立たせるかのように叫んだあと、鉄と鉄がぶつかるような金属音が響き始めた。

 しかし、そんな戦闘音もわずか数分後には鳴りを潜め、荷台の中に甲冑を着た者が1名入ってきた。


「驚いた……てっきり溜め込んだ窃盗物かと思ったが、奴ら、人身売買をする気だったようだな。……俺たちは王国騎士団一番隊の斥候だ、もう山賊どもは片づけたから、出てきて大丈夫だぞ」


 その騎士の言葉に従い、外に這い出ると、すぐそばに見覚えのある男の遺体が血まみれで横たわっていた。僕を蹴り飛ばした男だ。

 魔物狩りである程度血や死には慣れたつもりだが、やはり人間の遺体を見るのは怖気が走る。たとえそれが自分に害を与えた人物だとしてもだ。


 そして、恐る恐る順々に出てきた少年少女たちは、山賊たちの死屍累々を目撃すると、助かったんだ!と自らの無事を実感し嬉々として喜び始める。僕はその光景に、今更ながらにこの世界の命の軽さを垣間見た。


「あっちの隊から連絡は来たか?」

「はい、向こうの隊も山賊と接敵。無事殲滅したそうです。ですが、団長のガラシャラと、副団長の”ユーラシ”の姿はなかったそうです。ユーラシに至っては街にも姿がないそうで、恐らく、両名ともまだアジトにいるかと」


 ふと風に乗って聞こえてきた騎士の会話に、ユーラシの名が出た瞬間、脳に電撃が走った。


 まだ間に合うかもしれない、と。ならば、ここでぐずぐずしている暇はありません!


「ちょっと待って!君!」


 騎士の静止の声を振り切り、僕は全力で駆けだす。幸い、ギリギリ森は見えているので、道に迷うことはありません。

 ユーラシ!待っててください!


 ◇


「久しぶりだな、ガラシャラ。いや、お前は俺のことなど覚えてはいない……か?」

「ふん、覚えているさ。あの時の若造が、ずいぶん出世したなぁ」


 とある洞窟の開けた空間。そこに大柄な男と、初老というには些か老いの進んだ男が向かい合い、今まさに互いの喉元を食い千切らんと睨み合っていた。


「俺は負けず嫌いなんだ……だからガラシャラ、お前がこの街へ現れたと聞いて居ても立っても居られなくなったんだぞ?」

「騎士団団長のくせにずいぶんとフットワークが軽いんだな、年寄りをいじめるなど、騎士としてどうなんだか」


 問答に比例してドンドンと高鳴ってゆく気迫は、まさに龍と虎の戦いを彷彿とさせるものだった。


「お前に刻まれた屈辱、今ここで払わせてもらう!」

「腕くらいは覚悟しな、小僧」


 誰が合図したわけでもない、だがそれぞれの言葉が戦いの幕開けとなり、互いの刃が衝突する。

 岩陰にで身を隠し様子を窺う少女には、これから強者と強者の激しい殺し合いが始まると、そんな確信があった。


「大丈夫だ……親父が、負けるわけぇねぇ……」

『だが、そんな確信は……あっさりと裏切られ……』


 大柄な男―――ガーミナル・アズドミナ―――はその肉体から生み出される圧倒的なパワーで叩き潰さんと、身の丈ほどの巨大な大剣を振るい、ガラシャラへ叩きつける。

 しかし、その大振りの斬撃をガラシャラは自らの得物である刃渡りの長いナイフで受け流し、ガーミナルの手首目がけて鋭い一閃を放った。


「甘いなガラシャラ。俺はもう弱くない」


 ガーミナルは見切っていたさと言わんばかりに、その剛腕で振り切った大剣を、慣性の力など容易く振りほどきながら切り返し、ナイフの剣閃ごとガラシャラを弾き飛ばす。


「かっは…!」


 ガーミナルに比べて重量の少ないガラシャラは、想定外のカウンターであることも作用し、いとも簡単に岩壁に叩きつけられ僅かながらに呼吸と立て直しの隙が生まれた。そして、そんな隙を王国最強の男が見逃すわけもなく……


「勝負ありだ。老いたな、じじい」


 その巨体からは想像できないほどの速度で間合いを詰め、その相棒たる巨大な刃でガラシャラの体を


 岩壁ごと一直線に貫いた。

『僅か数秒で決着はついた』


「ぐほっ……!若造がぁ……こ、ここまで強くなっているとは……」

「お前のお陰だ、ガラシャラ」


 2人にしか聞こえない一瞬の対話の後、老人の首が宙を舞う。その首から、一拍遅れて噴き出した血飛沫は、まるで枝垂桜が咲き誇ったかのようにも見える。

 そんな光景を、少女は、ユーラシは……


「おや……じ……?」


 俄かに信じることが出来なかった。

 ソージの身売り、王国最強の見参によって悲しみと不安に彩られ今にも潰れてしまいそうなユーラシの心に、親の死が止めと言わんばかりに突き刺さり、ユーラシの中から思考というものを奪い去った。


「う、うああああああああっっ!!!」


 気付けば、ユーラシは駆けだしていた。その瞳に涙と憎しみを滾らせながら、育ての親をあっさりと殺した男を目がけて。

 そこに勝算など、何もない。ただただ、憎き男の喉笛を掻っ切ろうと、その一心で飛び出したのだ。


「ん?あぁ、もう一人いたんだったな」


 王国最強は迫りくる少女を見据え、ポツリと呟いた。



 ◇


 駆ける、ひたすら駆ける。ガサガサと鋭利な葉や枝で身を傷つけるのも厭わず、ただひたすらに森を一直線に駆ける。


「ビーグル!」


 僕がそう叫ぶと、太陽を背に大型の鷹の様な魔物が急降下して、僕の真横に並び、追随するように飛翔する。


「ビーグル、あの洞窟まで案内してください」


 その命令にビーグルはクエーと嘶き、道標の様に僕の前方を低空飛行を開始した。

 僕はそれに置いて行かれないように必死に駆けるが、腕が縛られっぱなしなので、如何せん走りにくい。


 失敗しましたね、せめてこの縄を切ってから向かえば……いえ、今更そんなことを気にしても仕方ありませんね。


 少しばかりの後悔を払うように軽く頭を振ると、視界の端で細長い何か見覚えのある影が今まさにこちらへ飛びかからんと、体を縮めているのを捉えた。


 あれは……鱗蛇……!

 と、正体に思い至ると同時に、その鋭利な鎌を高く振りかざしながら飛びかかってくる鱗蛇を見て、僕が思ったのは、こんな時に、でも、面倒な、でもなく、”丁度いい”だった。


「鱗蛇!この縄を切ってください!」

『ピコン♪対象を確認しました。鱗蛇一体の操作が可能です。16/20』


 鱗蛇は飛びかかってきた体勢のまま、腕に巻き付き、その己の自慢の鎌で縄を切ろうと試み始める。

 僕はその様子を確認すると、再び前を向き走り出した。鱗蛇の逆立った鱗が肌に食い込んで、走っていると段々血が滲み始めるが、そんなことはお構いなしに走る。


 そうして、走って走って、ついに洞窟へと辿り着いた。

 僕はビーグルと鱗蛇にはその場で待機するように命じて、一人で洞窟へと入っていく。


「ユーラシ……ユーラシ……」


 心臓がドクドクと脈打ち、脳が燃え滾るように熱くなってゆく。

 この洞窟はそこまで広くないらしく、開けた空間が見え始めたのは侵入してすぐの事だった。


「ユーラシ……ユーラ……シ……?」


 そこで見たものは……見てしまったものは……首を失った老人の遺体と……


「なんですか……これは……」


 真っ赤な血の海に沈む、愛しい少女の姿だった。


「ユーラシ……」


 まるで糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、震える声でその愛しい名を呼びながらユーラシの体を抱き寄せる。

 そのユーラシの顔は、まるで眠っているかのように見えるほど、綺麗だった。


 そんなユーラシを見て、僕はふと、本当は生きていて、ただ眠っているだけなのでは?と、思い至った。


「ユーラシ、起きてください……」

『ピコン♪対象の確認に失敗しました。”死体”は操作できません』


 触れる少女の体からは、まだ仄かに温もりを感じる。やっぱり生きてるんだ。 


「ねぇ……起きて……くださいよぉ……」

『ピコン♪対象の確認に失敗しました。”死体”は操作できません』


 嘘ばかりつかないでください。ユーラシは死んでません……眠っているだけなので……す……。


「起きて……くださいよ……」

『ピコン♪対象の確認に失敗しました。”死体”は操作できません』


「ねぇ……ユーラシぃ……」

『ピコン♪対象の確認に失敗しました』


『”死体”は操作できません』


 ……死は覆らない、そう思わせるのに、なんと世界は容赦がないんでしょう……。


 そこでふと、ユーラシの顔の右半分に髪の毛が掛かって隠れていることに気付き、綺麗な金の髪を梳くように払う。すると、


「……っ!ユーラシぃ……!」


 ユーラシにプレゼントするはずだった、キラキラと輝く赤い花の髪飾りが僕の目に飛び込んできた。

 その瞬間、止めどなく涙が溢れだす。それでも僕は無理やり笑顔を作り、物言わぬユーラシに語りかけた。


「思った……通りです……とても似合っていますよっ……!」


 と……。


 それは、僕の心に悪鬼が住み着いた瞬間でもあった。




 その後、どれだけ時間が経っただろう。どれほど、思考を巡らしただろう。数日過ぎたようにも、一瞬だったようにも感じるが、そんな無駄な考えは無視し、ユーラシの体をお姫様だっこで抱き上げ、ゆっくりと来た道を引き返す。


 洞窟の外に出ると、まだ日は高く、その光の下にはビーグルと鱗蛇が僕の命令通り静かに待機しているのを発見し、そんな”従順な手下”達に満足を覚え、僕は口元を”吊り上げる”様に薄く笑った。


 それから、手下から目線をずらすと共にスッと笑みを消し、王国騎士団がいるであろうリズナールの街がある方向を見据える。


「許しませんよ、王国騎士団……そして、アドルグ王国」


 裏切られても、売られかけても、やはりユーラシは僕の全てなのだ……。


「ビーグル、鱗蛇、あなた達は僕の手駒として、付いてきなさい」


 踵を返し、街の方向とは真逆に森の中へと入っていく僕に、是非も無く、ただ命に従って追従する様に二匹は動き出す。


「復讐を……王を、貴族を、民を……全て奪い去ってあげましょう」


 ユーラシを奪った罪は、重い。











『称号【狂人】を入手しました。称号【研究者】に結合されますーーーー完了。称号【狂研究者】を入手しました。条件を満たしたので、ユニークスキル』



『”【生物錬成】”が解放されました』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ