第五話 いってらっしゃい
9歳。
夏の暑い日だった。
双子の兄のスバルとは余り一緒に行動はしていなかった。
世の中的には双子って仲が良いイメージがあると思う。
でも…俺とスバルは少し違った。
「タスク、タスク。」
玄関先で靴を履く俺にいつもスバルはそう声を掛ける。
「野球行くの?」
「うん、行ってくる。
スバル…外に出たら体辛くなるよ。」
「見送るくらいは大丈夫だよ。」
「…じゃあ、行ってくる。」
スバルは生まれた時から体が弱かった。
いつもスバルに合わせて家で遊んでいたけれど、
年齢を重ねるにつれてもっと走りたい、動きたいという欲が出てきた。
その頃の事は正直ハッキリは覚えていない。
でも、きっと俺は楽しくなさそうな顔をしていたんだと思う。
父親がある日、少年野球を見に連れて行ってくれて入りたいかと聞いてきたので即答で「入る」と答えた。
きっと何でも良かったんだと思う。
サッカーでも同じように答えただろう。
閉鎖された空間で、頼り無さげに笑うスバルの横にずっといる事が辛かった。
今思うとずっと続くなんて事は無いんだろうと解るけど、
9歳の俺には近い未来も遠い未来も想像する事はできなかった。
「いってらっしゃい。」
いってきますも言わずにスバルに背を向けて、
蝉の鳴くジリジリと暑い空気の中を駆け抜けた。
それが最後だと知らずに。