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完璧な彼の唯一の弱点

作者: 入江 陸

無性に短編が書きたくなりました。

容姿、性格、地位、何もかもが揃っている彼の結婚はたった一つの汚点のせいでとても難しいものだった。


この世界にも嫌われ者のGがいる。嫌われ者なんて可愛い言葉だったかもしれない。この世界では魔物と同等の怖さという確固たる地位を築いている。Gを見て倒れ、打ち所が悪くて亡くなったり、心臓発作で亡くなったりと生死にかかわるのだ。


そして、この世界のGは黒や茶色ではなくショッキングピンク。この世界でただ一つその色を持つ、いや、Gと彼だけが持つ色。そう、彼の唯一の弱点は髪の毛の色だった。


髪の色が出ないようにいっそ丸坊主になってしまえばよかったのだが、この世界の貴族男性は髪を長くするのが暗黙のルールであり、彼もそれに従わざるを得なかった。魔法で髪の毛の色を変えようとしても、何故か全く効果がなかった。なるべく周りの人間を不快にさせないため、最低限の城への出入りで済ませてはいるのだが、同僚とかわす会話も相手は明後日の方向を見て話をする。顔を見ればいやでも髪の毛が目に入ってしまうからだ。


そんな同性からも避けられる髪の色。もちろん女性は言わずもがな。むしろ高確率で気絶してしまう。そんな中、もう何十、いや、なん百回目になるだろう見合いがこれから行われる。



・・・・・


「初めまして、ルシアン・ウィンロイです。」

「初めまして、アリス・マークスです。」


普通、見合いには介添え人がつくのだが、必要以上に失神者を出さないため、直接本人と2人だけで会うようにしている。いつもならルシアンの自宅へ見合い相手を招くのだが、今回は相手の希望があり、アリスの家で行われている。お互い名前だけ名乗り、沈黙が流れた。アリスは気まずいと思っていたが、ルシアンは目線があったことに呆然とし、それから気絶されなかったことに感動した。


彼女が気絶しないのにはわけがある。彼女には前世で日本人だった記憶があり、ショッキングピンクを見てもGよりも、高い声でキャハハハ笑って、写真を撮りまくるご夫婦のイメージの方が強い。初めてこの世界のGを見た時は保護色を纏ってないとか、どれだけ自己主張が激しいの、このG。もしくは絶対に殺されない自信でもあるのかしら。と、見当違いなことを思っていたせいか、それほどおぞましいと感じることもなかった。


まさか、こんな超絶優良物件の彼が自分のような者と見合いをする羽目になるとは、本当にたかが髪の毛の色が原因で可哀想だなとアリスは思っていた。しかし、それはそれとして、この超優秀な人物と会えることなんて今後全くないだろうと思うので、今のチャンスを逃す手はない。


(一応、ほら、身の上話的なことになるし、お互いを知るための見合いの内容としてもきっと間違ってないわよね。)


などと自分にとって非常に都合のいい解釈をしたアリスは話を切り出した。



「あ、あの、わたくしのような貴族とは名ばかりの貧乏人にこのようなお見合いが回ってきたのは何かの間違いだとは思うのですが、ウィンロイ様は大変優秀な方だとお聞きしております。お尋ねしたいことがあるのです。」

「何だろうか。」

「あの、こちらに来ていただけますか。」


そこにはリクライニングのイスと洗面台があった。アリスは前世で美容師をしていた記憶がある。本来貴族の女性は職業など持たないものだが、貧乏なのである。本当に貧乏だからこそ働かなければならない。この美容室セットは魔法で四苦八苦しながら作ったものだが、果たしてこれでお金を稼ぐことができるのか、それを確かめたかった。


「あの、髪に触れても良いでしょうか?」

「え!?あ、ああ、構わないが。」


アリスは言ってから気づいた。どこの紳士、またはチャラ男かと。しかも、彼の耳がほんのり赤くなっているのを見て、もっと事務的な、ウィンロイ様が恥ずかしがらないような別の言い方がなかったのかと後悔した。


「クスッ」


アリスはルシアンの髪の毛を手に取り、思わず笑ってしまったが、ルシアンはビクッと震えた。髪の毛の色を嘲笑されたのだと思ったのだ。


「あ、すみません。その、ウィンロイ様は髪の毛のお手入れは苦手ですか?あまり、髪の状態が良くないようですね。完璧な方だと思っていたのですが、不得手なことがあるなんて、わたくしと変わらないところもありますのね。」

「その、貴女は気持ち悪くないのか、こんな髪・・」

「いいえ?驚きはしますけどそのようには思いませんわ。ウィンロイ様、これからわたくしのすることが商いになるかどうか見極めてくださいます?」

「・・・あ、ああ。」


ルシアンは貴族の女性が働こうとしていることに驚いてはいるのだが、それ以上に自分の髪の毛の色を全く気にしていないアリスに驚いてしまい、肯定することしかできなかった。


アリスが何をするかと言えば、ヘッドスパである。彼の能力は素晴らしく、各部署から引っ張りだこで大忙しと聞く。また髪の毛のことで苦労もあるのだろうものすごく頭皮が固く、頭も凝っていた。


「力加減はいかがですか?」

「・・ああ。とても気持ちがいい。」


流石完璧な男。ただの感想にすら色気がふんだんに入っている。健全なことをしているのに、いたたまれない気持ちにさせてくれる。アリスは表情には出さなかったが、非常にうろたえた。


しばらくするとルシアンは眠ってしまった。痛んでいる髪にパックをし、髪をすすいで魔法で風を起こし髪を乾かしても彼は起きなかった。疲れているんだなと思い、寝させてあげようとしたが、枝毛が気になる。髪は長くなければいけないが、一定の長さがあればそれ以上長くても短くても評価は変わらない。なら。痛んでいるところを切ってしまっても大丈夫そうだとアリスは勝手に判断して切ってしまった。


「すまない、あまりにも気持ちよくて眠ってしまった。」

「お疲れなのですね。少しでも疲れが取れたのなら良かったですわ。宜しかったら、ハーブティーはいかがですか?」

「いただこう。」


お茶を飲んでいるルシアンは初めて顔を合わせた時とは違い、とてもリラックスしていて、その微笑みにアリスは胸が高鳴った。


「あ、あの。申し訳ございません。わたくし、勝手にウィンロイ様の髪の先を切ってしまいましたの。長さはそんなに変ってはいないのですが、枝毛が気になってしまってウィンロイ様に断りもせずに」

「いや、貴女の好きにしてくれて構わないよ。元々、私の髪の長さなど目に入れる人はいないからね。」


ルシアンは少し寂しそうにそう言うと、ご馳走様、とカップを置いた。ルシアンの瞳がまっすぐにアリスを見つめるので、アリスは自分の仕事の評価を受けるんだと思い、同じく見つめ返して緊張してルシアンの言葉を待つ。


「次はいつ会えるだろうか。」

「へ?ああ、わたくしはいつでも構いませんのでウィンロイ様のご都合の良い時で構いませんわ。」


なるほど、たった一回では評価は下せないということかとアリスは思った。確かにこの世界でヘッドスパなんて初めてのことだろうし、判断がつかないんだなぐらいにしか思ってなかった。見合いということをすっかり忘れていたのである。


・・・・・・・・・・


「これ、良かったら。」


流石できる男。釣書にもちゃんと目を通しているらしく、アリスへ花束を抱えてきた。もちろんその花はすべて食べられるものである。綺麗で食べられる、アリスにとっては最高の贈り物だ。


あれから毎日のようにルシアンはアリスのところへ来るのだが、忙しい身で大丈夫なのだろうかとアリスは心配になった。毎回ヘッドスパをしていくわけではなく、ハーブティーを飲みゆったりと会話をして帰っていくときもある。


ヘッドスパの影響か、リラックスできているせいか、ルシアンの髪の毛の色が少し変化し、ショッキングピンクからだんだんと桜色に近づいてきており、どぎつさがなくなってきている。ただし、本人は鏡を見ないし、周りもルシアンを見ないようにしているため、今のところ気付いているのはアリスのみだ。


「あの、ウィンロイ様、髪のことなのですが。」

「ああ、商いにできるかという質問だったね。」


ルシアンの髪の毛の色の話をしようとしていたのだが、そちらの答えも気になっていたため、アリスは頷いた。


「貴女はすごい才能の持ち主だとは思うが、この国で大抵の人は髪を親しい者にしか触れさせないからね。」

「ええ、ですから、わたくしのしようとしていることは受け入れがたいとは思うのです。」

「だが、髪結いという仕事もある。異性には難しいだろうが、女性になら受け入れられるのではないだろうか。こんなに気持ちが良いものなら、噂で広まり、男性客も現れるかもしれない。」


ルシアンは何か他に言いたいことがあるようで、目線を上げたり下げたり落ち着かなく動かす。だが、一口お茶を飲むと、決心してアリスに問いかけた。


「その、お金に余裕があれば、この商いをしないのだろうか?」

「そうですわね、お金があれば商いにはしないでしょうが、施術は趣味のようなところもありますし、お金は取らずにするかもしれませんわね。」

「ならば、アリス。」


ルシアンは右手をアリスの頬に添え、左手でアリスの髪を一房握って真剣な眼差しでアリスにこう言った。


「私以外の異性に施術をしないと約束をしてほしい。」

「はい、お約束いたします。」


アリスはいきなり名前で呼ばれたことに驚いたが、これほど何度も会っているのである。親しい友と思ってくれているのだろうかと嬉しくなった。きっと男性に施術をしたときに、アリスが好意を持っていると勘違いされる危険性を心配してくれているのだろう。ルシアンが自分を気にかけてくれていることがとても嬉しかった。


・・・・・・


「なぜかルシアン様と結婚することに」

「いや、普通、気付くわよ。お見合いをしてお付き合いを重ねて結婚って言う正規な手順じゃないの。」

「そう、私、お見合いしてたのよね、すっかり忘れてたわ。」

「まあ、結婚式まであと1ヶ月ってとこでそんな話をされるとは思ってもみなかったけれど。」


アリスは親友のミランダを自宅に招き、おしゃべりをしている。急激に事態が進展しすぎてミランダに話すことでちょっと落ち着きたかったのだ。


「いくら髪の毛の色を私が受け入れたからって、何も私なんかで手を打たなくても良かったと思うのよ。私じゃなくたって髪の毛なんか気にしない人はいたと思うわ。」

「いないでしょ。言っておくけど、そんな変わり者あなたくらいだから。」

「少数派なのは認めるけど、唯一ではないと思うの。」

「唯一でしょ。まあ、平民や近隣諸国まで手を伸ばせば奇跡的に見つかったかも、いや、見つからなかったと思うけど。どのみち平民では身分の差があるし、自国の女性と結婚するように国王様から命ぜられていたそうだし。」

「貴族とは名ばかりなのよ、うち。知ってるでしょ。」

「でも貴族で間違いないのよ。」

「それに、もう髪の毛は問題なくなったわ。」


魔法でも変わらなかった彼の髪の毛は、ショッキングピンクから落ち着いた紺色へと変化していた。何故そう変わったのかは全く分からないのだけれど、いずれにせよ、もう彼に弱点はないのだ。


「まあ、そのせいで今更ながら世のお嬢様方に大人気らしいけど、遅すぎるわよね。」

「大人気なら、その中からルシアン様にふさわしい方を選べば」

「そんなこと言ったらウィンロイ様に怒られるわよ。それに、あなた自身の気持ちを否定してどうするの。」


未だに自分が彼の結婚相手としてふさわしくないと考えている彼女にミランダは言う。


「会うべくして会ったのよ。アリスとウィンロイ様は。まあ、私が会わせたのだけれど。」

「・・・どういうこと?」

「もともと、ウィンロイ様の次のお見合いの相手は私だったの。」


彼女のところに見合いの話がいったのなら納得できる。ミランダの家はアリスの家と違って裕福だし、階級も上だ。


「でもね、私は生理的に無理だから会う前に断ったの。」

「断った!?断れたの!?身分が上の人からのお見合いよ?」

「会ったらきっと卒倒するもの。だから手紙を書いたの。申し訳ないけれど、私ではお相手としては不足でしかない。ただ、私はウィンロイ様の弱点を全く気にしない人物を知っている。その子に会ってみたらどうかって。」

「その子って私?」

「そう。で、うまくいったら私にウィンロイ様のご友人のディーン・クロスフォード様を紹介してねって。」

「それじゃつまり、私、親友に売られた!?」

「売ってないわよ。代わってもらっただけ。で、親友想いなあなたならきっと私とディーン様を応援してくれるだろうと見越した話。」

「なんか、釈然としないわ。」

「あら、結果よければすべて良しという言葉があるのよ。私はディーン様と結婚することになったし、あなたは好きになったウィンロイ様と結婚できて、お金の心配もしなくてよくなったでしょ?ヘッドスパっていう施術も趣味で同性のお友達にならしても良いと許可してくださってるなんて、お心が広いじゃない。」

「う、うーん。」

「ねえ、アリス。ウィンロイ様にあなたを選んだことを後悔させるつもりなの?」

「もう。ミランダにはかなわないわ。そうね、ルシアン様が私でよいとおっしゃってくださるんですもの。自信はまだないけれど、ルシアン様が私が隣にいても不快な思いをしないように頑張るわ。」

「ねえ、目標が低すぎない?普通、そこはふさわしくあるように頑張るって言うでしょ。」


彼の唯一の弱点は髪の毛の色ではなく、ほんのちょっぴり鈍感な奥様へと変わるのはもう少し先の話。



お読みいただきありがとうございました。


活動報告にちょっとした小話を置いてありますが、想像力の豊かな方は読まないことをお勧めします(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 癒し系スキーとしてはヘッドスパの描写を詳しく!もっと詳しくと所望するところですが、アリスもルシアンも嫌味が無くて好感の持てるカップルでした。 ぜひヘアケアの重要性を広めていただきたい! (髪…
[良い点] 読めて何より。軽くさらりと読めました。 体調はいかがでしょうか?腰はどうですか? さてこんなところで爆弾発言しますが、 今月で仕事を辞めます。黙って辞めるように 言われていますがどうして…
[一言] 毛色は容姿に含まれません…?
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