(ある意味)幸せな政略結婚
「凛、お前に縁談の申し込みが来ている」
関東の裏社会でトップを争う程は大きい、藤乃宮家。私はそこの長女として生まれ、家同士の同盟や和平の為に使われる道具。
縁談などと言っているが、私に話しを持ってきた時点でほぼ確定なのだろう。
「お相手はどなたなのですか」
「桐我谷家の長男、龍一さんだ」
なんと。藤ノ宮とトップを争う桐ヶ谷だとは思いもよらなかった。
現代では珍しい、政略結婚の典型……。ふむ、この縁談は政略結婚の割には幸せな部類に入るかもしれない。いや、普通のお嬢さんなら不幸かもしれないが。その理由は追々話そう。
「承知いたしました」
「もう下がってよい。後程詳しい事を連絡させる」
「失礼します」
親子の愛情や家族愛なんて、勿論ありはしない。両親の夫婦間だって、表面上のものに見える。そんな私に結婚を夢見ろなんて、無茶な話しだ。まぁ、不幸だなんて思ったこと一度も無いが。衣食住がしっかりして、経済的にも安定しているのだからこれぐらいの犠牲普通だろう。
「凛、僕以外の人と結婚しちゃうの?」
「うん、するよ」
「……僕の事もう嫌いになった?」
「まさか。世界で一番愛してる」
父の部屋がある母屋から、庭の隅にある離れへ戻る。目に涙を貯め、私に甘えてくるのは私の愛しい彼氏だ。少女漫画のヒロインみたいな性格で、一緒に居てとても癒される。それにまるでお人形の様に美しい容姿を持つ完璧さ。彼、圭は一般人だから結婚する事は出来ない。父の目を逃れて結婚や、駆け落ちなどまずありえないからだ。母からそろそろ別れろ、と圧力が掛かるだろう。その時逃げてしまわない様に、圭には全て話しておかなくては……。
「それ、本当?ほんとにほんと?」
「うん、全部事実。だからお母様の言う事より私を信じてね?」
「勿論‼凛大好き、愛してる」
圭は本当に可愛い。全て話したら上機嫌になった。それにもう夜の方も、私無しでは気持ちよくなれないだろうしね。本当に可愛いんだから困っちゃう。
「凛、凛、ここにおるのでしょう?扉をお開けなさい」
離れの扉や窓は、私が大きく替えた。窓は内側から特殊な鍵じゃないと開かないし、ガラスも割れない丈夫な物。扉は三重ロックだし、全部の鍵は私だけが持っている。圭はこの状況を、幸せだと感じているらしい。とことん可愛い奴め。
「はい、お母様」
ちなみに中から開ける時も、鍵が必要で面倒だけど絶対替えない。
「あら、あんたまだ居たの」
「うぅ、凛~」
「大丈夫、大丈夫。圭 好きよ」
可哀想に、圭は母に怯えてしまっている。そんな時でも私に甘えてくれるのだから、圭ってば可愛い……。
「凛もいい加減になさい。お父様からお聞きになったでしょう?貴方は龍一さんと結婚するのよ」
「奥様、正しくは縁談。お見合いでございます」
「どちらも同じ事よ。凛も分かっているでしょう?拒否権などはないと」
「はい、勿論でございます」
途中口を挟んだのは、何も出来ないお母様の世話をする侍女の恵だ。お母様の中で一番のお気に入りだ。
「だったら何故その様な男を囲っているのです」
「世界で一番愛してるのが圭だからです」
「凛っ、凛っ、僕も愛してる‼」
「凛、何度も言っているでしょう。私だって、好き合っている殿方が居たのです。ですが家の為、渋々その手を離したのですよ」
「私は圭を決して、離しません。この手を離さないで済む方法がございますのに、使わない手は無いですの」
所詮母とその男は、それまでの関係だと言うこと。私と圭は違う。もうお互い無しでは生きられない程に、依存しているの。この手を離したら死んでしまうわ。
「話しになりません。恵、帰りますわよ」
「はい、奥様」
これ以上は無駄だと判断したのだろう。母はせめてもの反抗に、あえて紅茶に触れず母屋に帰っていった。
そうして月日は流れ、ついに縁談の日となった。
「本日はこうしてお日柄も良く……」
お相手さんのお母様が、定番の挨拶をしていく。
「初めまして、桐ヶ谷 龍一と申します」
「こちらこそ初めまして、藤ノ宮 凛と申します」
「さぁさぁ、後はお若い人でどうぞ」
一応外では猫を被る父に流され、挨拶をしただけで互いの両親は去ってしまう。それにしても桐ヶ谷龍一、野性的でこう言うのを美形と言うんだな。圭には負けるけど。いや、圭は可愛いからこの男の方がカッコいいのか?
「確認したいんだけど……」
ほんの小さな静寂。破ったのは、私の方だった。
「え、えぇ、なんでしょう」
砕けた口調の私に一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに通常へと戻してしまう。この程度では奴の猫は剥がれないみたいだ。
「貴方は新見 雪さんをどう思っているの」
「ただの友人ですよ」
ほんの少し微笑むしか出来ない私の表情筋では、語尾に疑問符を付けることすら出来ない。何か表情筋を動かすストレッチをするべきか。
「私は圭を愛してる。でも貴方と結婚する。圭を離さない為に。意味分かる?」
無理に疑問符を付けたので、声が上擦った。恥ずかしいが赤面するほどではない。やろうと思えば疑問符出来たな、私。前言を撤回する。
「なんだ。俺が縁談を申し込んだ理由が分かってるじゃないか。てっきり自分の魅力で申し込まれたのだと、自惚れているのだとばっかり思ってた」
「このまま結婚で良い?新居は一軒家が良いな。二世帯用の」
「あぁ、それが良いな。式には参加するから、後は適当に決めてくれ」
「そうする。これからよろしく、旦那様」
「あぁ、いい友人になれそうだ。奥さん」
そう、かねてからの噂。桐ヶ谷龍一が自宅に女を囲っているらしい、と。調べれば調べるほど自分と同類だった。変な男より、この男の方が圭と幸せに暮らせる。そう考え、私はこの縁談に反抗しなかった。どうせ桐ヶ谷龍一の方も同じ事を考えていたのだろう。この政略結婚は珍しく幸せになれると思う。