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Chip's Cat   作者: 遠夜
7/10

赤い衝撃

『大人』の保護を得られぬ幼い子供が、たった二人きりで路上で生き延びてこられたのには、運以外にも少しばかり理由わけがある。


タマとミケが自分達の感覚器が一般人のそれと比べてかなり鋭敏な代物だと自覚したのは、それなりに育ってからの事だ。


―――結果として言うならば、普通の人間には拾いきれない微かな物音を聴き取る『耳』や、遥か遠くを行き交う人や獣の姿を容易に見分ける『眼』は、無力な子供がいち早く危険を察知して回避するのに大いに役立った。

ただその目立つ容姿がわざわいして柄の悪いやからに執拗に追い回される事も多く、何度か捕らわれて奴隷商に売り払われた経験もある。

勿論その都度隙を見て逃げ出してはきたのだが。


二人がまだ十年とちょっとの短い人生において、自分達と同じものを見聴き出来る人間に出逢ったのはこれが初めての事だ。




「「―――アンタ魔道士なのか!?」」


青紫と黄緑の目がまんまるに見開かれた。


「ちと違うておるが似たようなものよ。どのみちここいらは妾の縄張り、羽虫ごときに好きなように荒らされるのは業腹じゃ。まるっと滅殺してくれるわ!」


フフン、と鼻を鳴らして赤い美女が椅子から立ち上がり、そのまま颯爽と出口に向かう――――かと思いきや女はツカツカと二人に歩み寄り、その腕をむんずと掴み上げた。


「ほれ、行くぞ!」


「ええっ!」


「なんでオレらまでー!?」


「遠慮はいらぬ。妾が華麗な奥義を披露してくれるゆえ、とくと鑑賞するが良い」


「「いらねぇぇぇ―――!!」」


タマとミケの全身全霊を込めた拒否の叫び声も虚しく、女は悠々と二人を小脇に抱えると足取りも軽く店の外に足を向けたのだった。


「ふむ、ちと急ぐか。お主ら、舌を噛まぬよう口は閉じておれよ」


店の外に出た途端視界が揺れ、ぶら下げられた身体にグンと負荷がかかったかと思うと、物凄い勢いで周囲の景色が流れ始める。

なんと女は子供二人を脇にガッチリと捕らえた状態のまま、信じられない速さで疾走を開始していた。

タマとミケなど小荷物程度にも負担に感じていないのが明らかな爆走ぶりに、『荷物』二人はほぼ涙目になった。


((んぎぃやあぁぁぁ――――っ!!ナニこの女っ!恐過ぎぃいぃ――――っ!!))


衣服の裾を蹴立て砂煙を巻き上げながら爆進する女に、他の通行人達は黙って道を道を空けた。

――――そのまま突っ立っていたら間違いなく蹴り倒されてしまうからだ。




「よし!この辺でよかろう」


怒濤の勢いで町中を駆け抜けた女は、人気の少ない町外れに到着するや否や『小荷物』二人をドサリと無造作に草の上に転がした。


「め…目が回るぅ……」


「……うぇっぷ…」


四つん這いの状態でクラクラする頭を振りながらタマとミケは顔を見合わせた。

――――聴こえる虫の羽音はもうかなり間近だ。

ブウンという不快な重低音が大気を震わせ、波となって幾重にも押し寄せて来る。

ついと視線を上に向ければ樹海の上空に生まれた灰色の雨雲の様なものが、既に常人に目視できる濃さになりつつあった。


「うわ…っ、どーすんだアレ…」


「んが―――っ!!早く!早く何とかしてくれよぉぉぉ!!」


タマより虫が苦手なミケは真っ青な顔で女の衣服を掴むと、すがりつかんばかりの勢いでユサユサとその身体をゆさぶった。


「まあ待て、今少し引き付けてからだ。燃えカスが樹海に落ちると厄介な事になるからのぉ」


森林火災の危険があるということなのだろう。

ジグラッド全体が樹海に囲まれているためそれは洒落にならない。


しばらくするとカシルの町でも住民達が異様な気配気に付き始め、人々の間にジワジワと動揺が広がりつつあった。

過去の事例を知る年嵩の者達は、まともに襲撃を喰らった時の被害の大きさを良くも悪くも理解しているため、その表情には絶望の色が濃く表れている。




「……よいかお主ら。けして動いてはならぬぞ」




不敵な笑みを浮かべた女は二人の子供を振り返ると、

足取りも軽く草を踏み鳴らしてそのまま数歩の距離を空け、立ち止まった。


軽い深呼吸の動作の後で、バサリという大きな風切音とともに自分達の視界が一瞬にして深紅に染まるのを、思考が追い付かないタマとミケはただただ呆然と眺め―――――



「「えええええええぇぇ―――――っ!!!!」」



数拍遅れでその喉から絶叫をほとばしらせた。




視界を染める紅が数度の羽ばたきで瞬時に天に駆け昇り、近過ぎて把握しきれなかったその偉容がたちまちあらわになると、子供二人は揃ってカパリと顎を落っことした。


陽光ひかりを弾く深紅の鱗。

そしてその背に耀かがやく巨大な一対の翼。

どこからどう見ても――――――。


「…………どらごん…………」


「…………うわ、…マジかー…」


最早年寄りの昔話の中にしか存在しないと思われている種族だ。

それでも『竜』を見間違う人間などこの世には居ない。


「……てことは」


「あ。―――――火ぃ噴いた」






オオカミキリの大群は待ち構えていた赤い竜の《焔の吐息》でことごとく焼き尽くされ、畑の肥やしとなる運命を辿った。




































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