似た者同士?
「たのーもーう!」
開店に向けて準備に追われる『火竜のカマド亭』の店内に、張りのある若い女の声が響き渡った。
掃除の仕上げに布巾でテーブルを拭いていた女将は手を止めると、顔見知りの客である女の姿を見て陽気に笑った。
「あらまぁ!今朝はお早いお越しですねディード。…と、昨日のお客の坊や達?」
「何やら扉の前でショボくれていたのでな!一緒に連れて入った」
「まぁまぁ…、強引にお誘いになったんじゃないでしょうね?」
「オレ達ここで他の連れと待ち合わせしてんだ」
「おっちゃんの用事が終るまで昨日の店で待ってろって言われてさー」
「そうだったの。じゃあ少し早いけど席に着いて待ってるといいわ」
どうやら女は店の常連客だったらしく、ついでの子供二人も至って気軽に開店前の店内に招き入れられた。
まだ誰もいない店の中はガラリとしているが、奥の厨房からは仕込み中の料理の良い匂いが漂ってきて、食欲旺盛な子供の胃袋をたちまち刺激し始める。
ぎゅるるる~。
「なんじゃお主ら、それだけ食い物を抱えておってまだ腹が空いとるのか」
赤毛の女は二人の両手いっぱいの屋台の戦利品を眺めて面白そうに笑った。
「これはオヤツ。昨日の夜と今朝のメシ食いっぱぐれてっからさ~。これじゃ足んないぜ」
タマが口を尖らせると女は益々面白そうに目を細め、二人の姿をじっくりと観察するように眺め回して何やら考え込むような仕草になる。
「うーん。いや、なるほどなぁ…。だがしかし―――」
「ディード、入り口で突っ立ってないで席に座って下さいな。坊や達も一緒にどうぞ?」
「おお、スマンな」
女将に促され、たまたま居合わせただけの三人は何故か成り行きで同じテーブルに着くことになった。
案内されたのは窓際の明るい席で、表通りが良く見える位置にある。
「その腕輪、お主ら新規登録者か。ちびっこいのに中々やるのー。傭兵志願の大人が他国から流れて来るのは珍しくもないが、子供は滅多におらんぞ」
腕輪は身分証代わりでもあるため、目立つように手首に着けろと言われている。
薄着の季節であるだけに何かと視線が行き易いようだ。
「オレら連れのおっちゃんに雇われて来たんだ。宿屋の従業員やるんだぜ」
「ほう。して、場所はどこじゃ?」
「シャナルとか言ったよな、ミケ」
「あー、そんな地名だった」
「………………ほうほう」
そしてそこで何故か女の目がキラリと光った、ような気がした。
「……それはそうと、お主ら注文はせんのか?ちなみにミートパイが一番人気かのー。妾も好物なのだが、なにせいつもあっという間に売り切れてしまうでな、今日は開店前を狙って来たんじゃ」
「「ミートパイふたつ!!」」
「ふっふっふ。女将、妾も同じものをな。それから火酒をグラスで、子供らにはシトロン水を頼む」
「はい、承りました」
ひとしきり待つと石窯から取り出されたばかりの焼きたてのミートパイが大きな皿の上に乗せられて目の前に運ばれて来た。
どうやら客の目の前で切り分けてくれるサービスらしい。
「いつ見ても旨そうじゃな!大きめに切ってくれ」
「「オレも、オレも!」」
「はいはい」
サクリと小気味良い音を立ててナイフがパイに沈むと、肉汁と共に香ばしい香りが辺りに広がる。
火竜のカマド亭の秘伝のレシピは代々厨房を預かる者にのみ伝えられるのだとかで、現在は女将の連れ合いである当主がそれを受け継いでいるらしい。
「ウマー!!」
「何これスンゲー旨い!」
「ムフフ、そうであろそうであろ。妾もこれを食したいばっかりに、いつもつい下に降り来てしまうのじゃ」
絵的には眼福ものの美女と美童の組合わせなのだが、全員色気よりも食い気の質が如実に見てとれる。
三人とも実に幸せそうな表情で、モグモグと忙しく口を動かしてはゴクリ、という作業をただひたすら繰り返していればそれも一目瞭然だ。
そして食事の合間に他愛もない会話はポツポツと続いていた。
「お主らは兄弟なのか?」
「多分違うと思う」
「―――多分とは?」
「オレら二人とも孤児だからさ、ハッキリしたことは何もわかんねーんだ」
「そーそー。何だか知らんけどオレとタマは良い値で売れるらしいぜ?」
「………なんと。お主ら幼いのに苦労をしておるのぅ」
「世の中似たよーな境遇のヤツなんか掃いて捨てるほどいるけどな!」
「むぅ…、世知辛い世の中じゃ」
おかしな成り行きで相席する事になったものの、意外にもこの風変わりな言葉遣いをする女は、タマとミケにとって話しやすい相手だった。
口調がカラリとしている上、何とも言えないざっくりしたまとめ感というか適当さ加減が、自分達に通じるモノを感じさせたからかもしれない。
「……うーむ。年齢は十一、十二あたりかのぅ。そっちの童、ミケというたか?その派手な髪色―――」
と、会話を弾ませていたその時。
――――ザワリ。
タマとミケの二人は、揃って全身が総毛立つような悪寒を感じ取った。
(………またかっ!)
(今度はなんなんだよっ…)
何度も身に覚えのあるこの感覚。
その度に幾度となく追い立てられるようにして、住処を逃げ出してきた。
いきなり表情を消し、彫像のように固まった二人の子供を見た女は不思議そうな声をあげた。
「…なんじゃ、どうしたお主ら。まるで針ネズミのようではないか。なんぞ気にかかる事でもあったのかや」
「…………………なんか来る、スッゲー嫌な感じのもんが…。ミケ、聴こえてっか…?」
「……チッ、どうなってんだ。いきなり音が湧いたぞ!――――羽虫の大群みてーなヤツだ」
「……何っ!!それは確かなのか、妾にはまだ何も聴こえんが――――、、、これはっ…」
子供の言葉に直ぐ様反応を示した女は、僅かに遅れて“それ”に気付いたようだった。
常人であれば感じ取れる筈もないその音を、女の耳もまた拾い上げたようだ。
「なんだか知らねーけど、かなりヤバくね?」
「だよなぁ。うなじの辺りがチリチリするぜ……なんだこれ」
「………恐らくオオカミキリじゃ。時折樹海で大発生する虫で、手当たり次第なんでも食らう悪食なヤツよ。人間の育てる果樹や穀物が特に好物でアレが通り過ぎた後には麦一本残らん」
「げっ…、大打撃じゃんか!」
「どーすんだよ…、誰に言えば…」
今までなら真っ先に逃げ出している場面だが、苦労しながらやっと辿り着いた居場所をアッサリみかぎる訳にもいかない。
「そうだ、タマ!さっきのにーちゃん達探して教えれば!」
「そっか、あのにーちゃん達守護隊だって言ってたよな!」
二人は先程自分達を呼び止めた青年兵を思い出した。
それにたとえあの二人組でなくとも、守護隊という組織があるなら誰かしら捕まえられる筈だと、そう考えたのだが、女はそれに否定的な見解を示した。
「―――『敵』が目視出来んうちは誰も信じぬだろうよ。しかもあやつら脳筋部隊の剣や弓は役に立たぬ!住民の避難誘導が精々じゃ。虫の大群というヤツは一息で焼き払うしか有効な手立は無いものじゃ」
「はぁ!?―――そんなん魔道士でもなきゃ無理だろ!!」
「そんな器用な真似出来るヤツがドコにいるってんだよ!!」
二人同時に叫んだ。
すると女はニヤリと目を細め、実に不敵な顔でこう言い放った。
「―――――此処にいるとも」
タマとミケの会話。どっちがどっちの台詞か分かりにくくてスミマセン。
重要な台詞以外はどっちととらえてもOKなようにしてます。テメーきちんと書き分けろや!という話なのですが、たいした内容の無い会話が殆どなのでサラッと読み流していただけると助かりますですー。